ポリゴン | ナノ



  
自然発火



「お。決勝リーグの予想出てる」
「何です、それ?」
「んー、月バスの」
「月バスってウチで買ってました?」
「にゃ。これは家から持ってきたー」
「バックナンバーもあんぞ」
「はあ」
「つうか、東京はもう大体予想つくだろうが。意味ねえよ」
「そうなんですか?」
「ここ10年くらいはな。王者ってモンが確立しちまって、容易にゃ崩せなくなってんだよ」
「そんなもんですか」

なるほど、との意で頷いて、顔を先輩と田原から月ストに戻した。どこからどう見ても美しいとしか形容の仕様がないレイアップのスナップをまじまじと見つめる。試合の展開や経緯が記事には恐らく克明に描かれているのだろうけれど、わたしは特に興味はなかった。映っている外国人のカオにだってこれといった感想はなく、というよりもむしろわたしには雑誌に取り上げられている個人をそれとして認識する気はなかった。ただ、綺麗なフォームや動きの一瞬を捕らえた写真を観て、それをイメージするだけである。わたしたちが普段部室としているこの多目的教室には、『月刊ストバス』や『月刊ダンクシュート』など雑誌が豊富に取り揃えられている。部費(正確には会費)も、遠征の交通費やお菓子代以外に、こういった雑誌を購入するのにもあてられているのである。

「ま、オレらも順ちゃんらと友達じゃなかったら知らなかったかもだけど。インハイに出れる東京の三校、10年間ずっと同じなんだよー」
「ふうん」
「『東の王者』秀徳、『西の王者』泉真館、『北の王者』正邦ってね」
「南は?」
「だぁから、三つだけだっつってんだろ」
「あ、そういえば去年は……」
「そ。順ちゃん達が東京都のベスト4なのでーす。ぱんぱかぱーん」
「ふぅん……」

2年生チームも、やっぱりかなり強いんだ。と雑誌を見つめたまま思う。確かに日向先輩は優秀なシューターだし、水戸部先輩は何気にうまいし、伊月先輩はパスワークや全体の動きをよく観てプレイしている。相田先輩の練習メニューの質や量は飛び抜けているし、インハイの常連だという海常レギュラーにも勝利を収め、今だって順調に快勝しているのだというから、頷けはする話である。

「──けど、なあ」
「ん?」
「荒くないですか?今のスタイルは」
「荒い?」
「突破口だらけっていうか、何て言うか。黒子くんと火神くんがいない去年の誠凛のチームで決勝まで行ったっていうのが、納得できません」

バスケ部には田原と少しは友好的に接するようになった今だって何度もお邪魔して、先輩たちともそれなりに会話をしたり練習相手になったりすることもあるわけだけれど。今のチームのスターターは日向先輩と伊月先輩と水戸部先輩と火神くんと黒子くんで大概が固定されている。練習試合や公式戦でももちろんそうなので、先輩たちだけのチームスタイルが、いまいちピンと来ないのだ。それも、創部一年目にしてベスト4にまで上り詰めることの出来た、他に見ないだろう特色のあるバスケットスタイルを。

「イメージ出来ない、て言った方がいいのかな。」
「…………」
「先輩?」
「そうかあ。やっぱわかっちゃうか」
「広輔」
「いーじゃん別に。水無ちゃんだって、全くの他人ってわけじゃない付き合いなんだしさ。それにほら、もうじきじゃん?」
「…………」
「……先輩?」
「水無ちゃん。いい?今からする話は、まだ誰にも言っちゃ駄目だからね」

少し、様子がおかしかった。井原先輩も、田原も。その様子を何となく肌で感じ取り顔を上げると、ひどく優しげに微笑む先輩がいた。田原はロッカーの上に座り、壁にもたれたまま目を閉じている。雑誌から目を離したわたしに先輩は「黒子ちゃんや火神ちゃん、その他の1年の子にもだよ」と続けた。そして机に放置されていた軽そうなカバンからいつものチュッパチャップスを取り出して、ちょいちょい、と手招きをしてきた。わたしはしばらく考えて、そして頷いた。腰を上げる。

「……水無ちゃん、いつもこー素直だったら、100倍可愛いのになぁ」
「可愛くなくていいですから。で」
「ん。話だったね。……水無ちゃんが去年のチームをイメージ出来ないのも、無理ないことなんだよ。だって、メンバーの一人が欠けているんだから」
「え」
「簡単な話。今の誠凛には、エースがいないんだ」

先輩の隣に腰かけて、チュッパの包み紙を剥ぎ取り、くわえた。ポンポン、と頭を軽く叩きながら、先輩は子供に語りかけるような、物語を読みきかせるような優しい声で、それを話した。

「欠けた、って……」
「今は入院してる。夏ごろには退院出来ると思うんだけどね」「…………」
「そしたら、きっと水無ちゃんも納得出来ると思う。『アイツがいるチーム』ってのをね」
「……そう、ですか」

アイツ。
が、チームの要だったのか。
今のチームは、エースがいないのだと先輩は言う。膝に乗っけていた、開いたままだったページをこちらに寄せてくるので覗き込めば、先に出た決勝リーグの予想だというページ。去年の決勝リーグの出場校も載っていて、そこには当然誠凛の名前もあったけれど、そこに書かれていたコメントに、わたしは眉を寄せた。

「とりぷるすこあ……」
「──相変わらずカタカナ苦手な水無ちゃんがどうしようもなく愛しい!」
「ちょ、くっつかないで下さい。あと別にカタカナ苦手じゃないですよ」
「発音センスの問題だろ」
「あんたに言われたかないですが。──けど、これは……、ああ、その『エースさん』がいなくて?」
「うん。去年は凄かったなあ。急造チームの快進撃。バスケ部作ろって言い出したのもソイツでね。今の2年メンバー集めて、で相田ちゃんに監督頼んで。オレらも誘われたんだけどね。屋上で宣言かましたのも見物だったなぁ。……とにかく、楽しそうだったよ。キラキラしてた」
「キラキラ」
「アイツがいたチームは凄かった。呼吸ピッタリのランガン、てかもートップガンみたいな」
「はあ」
「アイツ戻って来たら、どーなんのかなー……。火神ちゃんや黒子ちゃんとも、どーゆー科学変化引き起こすのかも、オレ的には見所かな」
「夏には間に合うんですか?」
「インハイ頃には帰って来るかも。すぐ復帰はさすがに無理だけど。だから順ちゃんらは余計気合い入ってるわけだよ」
「ですか」
「うん。だから、こんな雑誌の予想なんか、ポイッ!」

「あ」と声を出すころには、雑誌は床とキスをしていた。途端に声の調子が元通りおちゃらけた、へらへらした、あいまいであやふやな、つかみどころのないものになったので、話は終わったのだと悟る。わたしは「何だっていいんですけどね」今の話に対しての感想を述べ、先輩から離れて元の位置に向かう。そして雑誌に目を視線をやってすぐ、独り言を言ってみた。言って、ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。5時になったことを二人に告げれば、「練習しよっか」と雑誌を置いた。お菓子の袋を片し、雑誌をしまい、机を並べ直すと、わたし達は教室を出る。

「けど、あの二人は燃えそうですよね」




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