中間テストの返却も終わり、本格的に生徒の興味が６月の体育祭へと移り変わっていく。体育祭までは体育の時間がリレーの練習になることも増えるし、5・6時間目は全体練習や応援団、パネルで集まって活動するために時間をとるようになることもしばしば。嫌が応でも体育祭一色になる校内だけれど、男バスにそんなことはないらしく、今日も元気に彼らは、公欠でパネル係の集まりを休み、試合へ赴いている。そりゃあ２年生だとか他のクラスの子だとかはわたしには関係ないけれど、黒子くんと火神くんに限って言えば、同じ団であり同じパネル係であり、そして重要な人手である。体育会系はこぞって応援団に志願しているため貴重な体育会系男子が２人も抜けている穴は中々埋まらない。わたしは息を吐いた。 「残り一秒で、隕石とか落ちればいい。──男バスに」 「こわっ!!!」 「ちょっと誰か牧江呼んで来てーっ!!」 「あ、あの、オレら非力だけど、３年だし、頑張るから……」 「とりあえず買い出しは行ってきたんだし、作業しよ作業！」 わたし達は青団なので、パネルも青からイメージできるものになる。加えて応援団のダンスと関連のあるものにするということで、わたし達パネル係が作るのは必然的に、イルカをモチーフにしたものということになった。材料は何にするだとか大きさはとかあーだこーだ議論するだけして、皆でホームセンターまで買い出しに行ったのは一昨日のことである。それぞれの団のパネル係に配られた大きなパネルに模造紙を張り付ける作業を終えると、シャーペンで大体の構図を下書きする。ちなみに下絵は美術部の安田先輩というらしい男子が描いてくれた。彼は自分を非力だと言ったけれどどうしてそんなに自虐的なのだろうか、田原もいっそ見習って少しは謙虚になればいい、と思ったり。思わなかったり。 「そりゃーね、バスケ部は忙しいさ。もう予選始まってんだもんなぁ」 「水無さん、何回戦か知ってる？」 「ていうか運動部は皆夏に向けて忙しいからねぇ。応援団の練習も部活終わった後に夜練とか」 「多分、３……？」 「夜!?うわーすごーい。やる気じゃん」 「ウロ覚えなんだ……。火神と仲良いんじゃなかったっけ？」 「ウチのガッコはイベント燃えるらしいよ。先輩がそうだし、中でも応援団長なんかもう……去年は毎日朝と夜に集まったんだって」 「別に、良くない」 「毎日!?……俺パネルで良かった……」 「ちょっとぉ。うちらだって、作業終わんなきゃ居残りなんだからねー」 「テキパキやろ！テキパキ！」 喋りながら、わたし達は新聞紙を破いて丸める。美術部の、何先輩だっけ。男子のアイデアでは、立体のイルカの中身にするのだとか何とか。背景の海を作るために、よく裂いてポンポンにしている色つきのビニールテープを袋から出して、ブラシを使って細かく裂くという任務を言い付けられたわたしは、シュッシュッという音を醸しながらじぃっと手元のテープを見下ろしている。 「…………」 「な、何か水無さん、真剣だね……？」 「一撃一撃に、わたしの想いを込めてるからね」 「撃!?ビニールテープを裂く時の助数詞って『撃』だったの!?」 「そうだよ？」 「うわあ！『え、知らなかったの？』とでも言いたげだ！」 「え、じゃーオレが新聞紙を破く時の助数詞は？」 「…………『戦』」 「戦してんの!?」 とかなんとか。 そんなこんなでなんだかんだ、言いながらも結構な数集まった新聞紙のくしゃくしゃ玉達は置いておくにもかさばるため、さっそくみんなで、イルカのスペースに貼付ける。少しずつ玉を重ねて立体にしていき、模造紙をかぶせて張り、色を塗るらしい。わたしのビニールテープはそんなにかさばらないし、イルカが完成してから周りに使うらしいので、細かく裂けたものは元々テープが入れてあった紙袋にしまう。「ちょい。こっち手伝ってー」と３年の先輩に手招きされたので、わたしもイルカ作業に合流する。 「…………」 「うわ！すごい勢いで張り付けてる！まるで殴っているかのよう！」 「え！ちょっと１年！壊さないでよ!?」 「ちなみに、玉を張り付ける時の助数詞は？」 「…………『発』」 「完全に殴ってんじゃん！」 「よしっ。環っち、もう一本！」 「……だからさあ」 疲れてるんだって。体のいい断り文句も、相手によっては繰り返しても効果はないことをわたしは知った。ダムダムと、ボールの跳ねる音を聞くのは確かに心地よくて癒しになるのだけれど。いかんせんわたしが動かなければならないというのならば身体の疲労は消えない。わたしの話、聞いてた？と問いかければ「もちろんスよ」と笑う。元気だなあ、とわたしはフェンスを背にして座り込んだまま、思った。 「……ていうか黄瀬くん、何でコッチにいるの？」 「環っちこそオレの話聞いてないじゃないスか」 「うん」 「うん!?」 「うん」 「今日は仕事。スタジオがこっちだったんスよ」 「ふぅん。それじゃあ黄瀬くんだってお疲れじゃん。よく動けるね」 「何か最近、一日のどっかでバスケしてないと落ち着かなくて。でも今日は前から決まってた撮影だったんで外せなかったんスよね〜」 「……バスケ馬鹿」 小さく、呟いてみた。相手には聞こえなかったみたいで「え？何スか？」と聞き返されたけれど答えず、ただボールの音に耳を澄ませる。本当にいい音だ。うっとりとしているわたしに気付いている黄瀬くんはずっとボールをついてくれている。本当に疲れてんスねぇ、と苦笑していた。 「海常は体育祭あるの？」 「あーっと……いつだっけ……」 「そうだね。知ってるわけないよね。無意味だったね。ごめんね」 「環っち！諦めないで！」 「はー……何でウチはこんなに熱血してるんだろう。お勉強学校行っとけば良かったかな」 「ああ……。でも環っち、ソッチ行ってたら、オレ達出会ってなかったっスよ」 「それは──そうだろうね」 …………。 黄瀬くんの元チームメイトである黒子くんがいるという縁がなくなるという以前に、私立へ行っていたら、というか井原先輩に出会っていなかったら、わたしはバスケ自体をやめてしまっていただろうから。そんなことを思いながら頷くと、黄瀬くんはダム、とボールを跳ねさせた。 「だーかーら！環っちは、誠凛で良かったんスよ」 「……そう、かもしれないね」 「そーなのっ！」 「そっか」 「そっスよ！」 「黄瀬くん、うるさい」 「あれ!?今その流れ!?」 あの時のわたしが、 大馬鹿者でなければいい。 ← → |