「──なんか環っちと田原っち、仲良くなってない?」 ひどく、遺憾である。 しかし遺憾であるのはわたし(と田原)であるというのに、目の前の黄瀬くんもまたひどく遺憾げに、というか不満げに唇をつき出している。わたしは今ではすっかり安定した座りごこちの肩の持ち主をちらりと見下ろし、それから黄瀬くんに戻す。 「黄瀬くんは眼球を移植するべきだ」 「移植!?もうそんな手遅れなの!?手術で治る確率は!?」 「ぜろ」 「ああっひどい!!」 「今わたし達がチュッパの取り合いをしているのが、目に入っていないようだったから」 「や。それは見てたけど」 「それならどうしてそんな意見が出てくるのかな」 「えー。でも、仲良くないスか?」 「なってない」「なってない」 「ホラ!ハモったっスよ今!」 「…………」「…………」 ひどく心外だった。 ぶーたれる黄瀬くんはすっかりテンションを落としてその場に座り込む。ので、わたし(というか田原)もそのままあぐらをかいた。さっきまで審判をしてくれていた井原先輩が空いたコートへ入ってきて、置き去りになっていたボールを拾っている。「相田ちゃんは半分くらいソレ狙ったんだろーねぇ」一番格好いいレイアップの魅せ方というのを熱心に研究しているらしい先輩は練習しながらも会話に入ってくる。 「え?」 「だから、いい加減ウザったくなっちゃったんじゃないの?二人の不仲に。あの子ちょっと短気なトコあるしサ」 「はぁ」 「何にしろ、オレとしてはちょーっとジェラシーっスねぇ」 「じぇらしー」 「やきもちっスよ」 「ああ、もちのことか」 「…………」 「うそだよ。ていうか、なんでジェラシー?どのあたりが」 「環っち、田原っちと密着じゃないスか。なんかそれが、なんか、こう……モヤモヤと」 「モヤモヤと」 「モヤモヤモヤっと」 「安心しろ。オレはポチに肉欲は感じん。リスだから」 「それもフクザツ!」 「黄瀬くん意味わかんない」 「てか田原っち、そんならオレと代わってよ!したらもっとうまくいくかも!オレと環っちのゴールデンペア!オプションで環っちとくっついてイチャラブ!ラブが芽生えるお約束っスよ!ねっ!どスか環っち!」 「うん。死ね」 「ついに命令!?」 「あ、先輩今のちょっとかっこいい」 「ホント!?」 「角度でそんな違うんスか?オレもやるっスー!井原っち教えて!」 黄瀬くんが立ち上がって、先輩に駆け寄る。元気な子だなあ、と思うと同時に「バカ元気だな」と下から呟きが聞こえてきた。すっきりした、けれど汗で湿る黒髪に腕を乗せて、少し屈むように田原を覗き込んだ。 「田原は疲れましたか」 「あ?んなもん、ヨユーだよ。まだ3時間しかやってねえし」 「この練習で、大分足腰鍛えられましたね」 「わかるか」 「安定が違うから」 「オメーも腕の筋力ついたんじゃね。あとバランス感覚」 「まあ」 「……ま、苦労して自分より弱いヤツに化けなきゃなんねーのはヤだけどな。あのノートのためなら仕方ねえ」 「どんだけすごいんですか、相田先輩のノート……」 テスト前とか、教えてくれるだろうか。明日聞いてみよう。 「これどおっスか!」 「うお!何今の!すっげーセクシー!」 「セクシーって!!環っちー!見て見てー!」 日も落ちてきたことだし、そろそろ帰った方がいいよ。そう言うと黄瀬くんはキョトンとする。わたしと田原がまだ居残って練習するつもりなことを嗅ぎ取った上での、キョトンらしい。 「え?折角ここまで来たんだから、最後まで付き合うっスよ」 「一応、気を遣ったつもりなんだけど」 「なに言ってんスか。今さら仲間外れなんて、オレ淋しいじゃんか」 黄瀬くんには、田原とのコンビネーションがうまくいくまで、ずっと付き合ってもらっていた。といっても部活や仕事の合間にだけれど、休みなく動かしてしまっているのには違いない。黄瀬くんも何だか部活楽しそうだし、とても忙しいだろうに。それでも変わらず人懐っこくて明るい笑顔でいられるというのは、スゴイことだと思っている。それに、マネっこのコツまでアドバイスしてくれて。それが自分のスタイルのタネ明かしになってしまう危惧すらあるというのに、結構な親切と自信だ、とも感じている。のだ。決して、本人には言わないけれど。 「仲間外れとかないから。せっかくの休みなんだし、夜ぐらい身体休めて。わたしが言うのもアレなんだけどね」 「や、嬉しっスよ。心配してくれてんでしょ?」 「まあ」 「……ホントに仲間外れない?帰りに3人だけでカラオケ行ったり遊んだり」 「しないから」 「ホント?」 「うん。疲れてるし」 ていうか仲間外れって何だ。その発想がすごい。というかそもそもわたしたちって仲間なのだろうか。じゃー帰るっスけど、と名残惜しそうにする黄瀬くんは、バスケが大好きなのだろう。あと井原先輩のことも。「水無ちゃーん。ワンワンやっとくねー」と先輩が声を上げる。頷いて、わたしは置いてあった黄瀬くんのカバンを肩にかけた。 「あ、環っち。ありがと……」 「出口まで持つよ。息切れてるし」 「ハハ。どもっス」 「黄瀬くん」 「ん?」 「ありがとうね」 お礼を言うのはこっちだよ。と言うと、さっきよりも目を真ん丸にした黄瀬くんはしばらく黙った。コートに入らないように端っこをノロノロと移動しながら、ずり落ちそうなカバンを再びかける。その間何も発さずにいた黄瀬くんは、出口に着いてカバンを手渡そうとしたところでやっと口を開いた。 「環っち、ホントのところ、あの二人のどっちかと付き合ってたりしないんスか?」 「はあ?なに、いきなり。まさか」 「彼氏はいない?」 「まさか」 「好きな人は?」 息を、呑んだ。 「まさか」 「そこは可愛い声で黄瀬くんって言ってほしかったなあ」 「黄瀬くん、死んで?」 「可愛いけど……ッ!!」 「じゃあ死んでよ」 「井原っちー!!!」 「…………」 いない、はずだ。 「じゃ、そろそろ行くっスわ」 「うん。ありがと」 「礼なんて、──あ。じゃあ環っち」 「うん」 「環っちもいつか、オレに付き合って?そんならおあいこっスよ」 「……そうだね」 「うん。ハハ、じゃ」 「ばいばい」 「──バイバイ」 手を振って別れた。 和やかな春の夕暮れだった。 ← → |