こんな贅沢な部活練があっていいのか、と、聞いた時は一瞬思ったけれど。 「ラスト!ウサキで100Mね!」 「…………」 「環ちゃん?何?」 「……いえ」 笛をくわえて輝く笑顔の相田先輩は中々オニだった。カントクという肩書きは女子高生でも伊達ではなく、誠凛男バスの練習量は都内でも恐らく相当なものであるのだろう。去年だって都内ベスト4に入ったわけだし。と、飛び込み台の上で三角座りをして、水の中必死こいてピョンピョンしてる部員を眺める。わたしの凝視に首を傾げた先輩に「中々いい眺めだなと思いまして」適当に答えると、「環ちゃんてS?」と尋ねられた。 「いえ。エムですが」 「えぇ!?」 「サイズが」 「……あ、そう」 「ところで相田先輩。わたしは筋トレしなくていいんですか?先輩と田原はあそこに混じってピョンピョンしてますけど」 「あー、環ちゃん家でもトレーニングしてるでしょ?視たとこ、今日もしてきたみたいだし。やりすぎは禁物」 「はあ。毎度、よく視えますね」 「環ちゃんの観るには敵わないけどね」 「ていうか、ジャンルが違いますしね。比較にならないですよ」 「それもそっか」 そんな会話を続けて(先輩が)笑っていると、「そこ女子──!!休み時間みたいな空気を出すな!!男子は死んでんだぞー!!!」日向先輩が遠くから叫んできた。ゼーハー言いながら後ろ手の両足揃えでピョンピョンと、水の抵抗に負けずに進んでいる。 「あらなに日向クン。ちょっと雑談に花咲かしただけじゃない」 「水着なんてもん着てオレらを軽く殺しながら雑談に花咲かすな!!コワイわ!!」 「日向先輩。喋ってるとスピード落ちますよ。水戸部先輩が追い付きます。あと前見て下さい」 「…………」 「うお!やっべ」 「3分切ったら人はシュート練のノルマ上げるわよー。ちなみに達成出来なかったら全裸で」 「みんな急げ────!!!!」 扱いがえらい上手いな、と思った。え、相田先輩同級生だよね?と確認したくなる。一斉に全体的のスピードの上がったそれを見下ろして感心する。黒子くんは30Mを切ったところで力尽き、さっきから同じところで浮かんでいるけれど。黒子くんを見ていると、すぐ下でザパッと大きな水の音がして、見ると火神くんが手をついていた。「一番だよ」と告げて手を伸ばす。すぐ横では周遅れの降旗くん(遅いわけでなく火神くんが速いだけである)達が来るためである。火神くんは笑顔でわたしの手を掴み、そして、 「わ」 そのまま引っ張った。 ぐん、と重力に従って一瞬宙に放り出され、次に頭から水面に突っ込んだ。瞬間息を止め、数秒水泡が身体に纏わり付くも、しばらくすると波もなくなったので静かに顔を出した。目の前にはとてもよく鍛えられた身体としたり顔の火神くん。 「……びっくりした」 「したのかよ!それで!」 「したよ。いきなり何するの」 「オマエな。こんな時ぐれーちょっとはカオ変えろよな」 「相田先輩。火神くんがふざけます」 「よーし火神。あと100行ってこい」 「は!?」 「朝練でイチャつく一年にくれてやる優しさなどないわ!!」とハリセンではたかれた火神くんは再びピョンピョンし出した。ていうか、イチャついてなんかいない。落とされたレーンで突っ立っていると後ろから日向先輩が壁に手をついた。そのすぐ後で隣のレーンで水戸部先輩がゴールする。 「大丈夫か?」 「あ、はい。ちょっと驚きましたけど」 「はよ上がろう。また火神来るし」 先に上がった日向先輩が伸ばしてくれた手に捕まって上がる。ちょっと水に浸かっただけなのに、上がるとき異様にしんどい。相田先輩からタオルを受け取り、髪を拭いた。続いて上がってきた田原が「おい、タオル」と踏ん反り返るので、田原のタオルを掴むと大人しく(投げ)渡した。プールサイドでは日向先輩が「寝るな黒子ー!!」とエールを送っている。 「ポチてめえ、何すんだオレの美顔に」 「あ。小金井先輩。お疲れさまです」 「ん?お、サンキュー」 「伊月先輩もどうぞ」 「あ!タオルを持って倒れる!」 「井原センパーイ」 ──息が、弾む。バッシュが床を滑り、ボールがバウンドする。火神くんが進路を遮ると『脚』が左を軸にしてプッシュバックで揺さぶりをかける。釣られずに踏み込んでくる火神くんを見るともう『身体』は右から抜いていた。と、ボールが『手』まで上げられて、それを受け取るとリングに目掛けて放る。瞬間、立て直してきた火神くんが跳んで遮ってくるけれど、こちらもモーションの直前に床を蹴っている。まっすぐに伸ばした『腕』から離れたボールは、静かにネットをくぐった。地に『足』をつける。「っだー!!」火神くんが悔しそうに吠えた。 「ゆー&水無ちゃんコンビが今んとこ全勝ー。火神ちゃん、もーちょいガンバ」 「わかってんだ!……っすよ!」 「火神。そろそろ休むぞ」 「え、オレはまだ──」 「明日またやってやっから、今日は水戸部とやっとけ。それまでに掴んどけよ」 「…………ウス」 「田原、喉かわいた。早くベンチ行って下さい」 「落とすぞテメ」 練習の前よりも多少フラつく『身体』はわたしを揺らしながらもタオルが放ってあるベンチまで行くとドカッと座り込みあぐらをかく。わたしは急に低くなった視界から『手』を伸ばし目当てのペットボトルを掴むと、田原の手が下から伸びてきてそれを奪う。下の男はキャップを開けて当然のように飲もうとするので、わたしも当然取り返し、キャップがもう開いているのでそのまま口をつけた。「あっ!!」という声は無視をする。ゴクゴクと喉を鳴らして、アクエリが身体を潤していくのがほてった身体に気持ち良かった。 「オイコラ、オレのが疲れてんだからオレが飲むのが道理だろーが」 「いやですね、わたしとあなたは今や嫌々ながらも二心同体、というか共同体。わたしの身体がアクエリで潤うことによってあなたの身体も潤っている。わたしはそう信じています」 「ふ・ざ・け・ん・な」 「お前がふざけんなですよ」 「…………」 「なに、火神くん」 「や、何か、仲良くなった?」 「なって」 「ねーよ」 「……あと水無、いっこ聞いていいか」 「どうぞ?」 「なんで降りねぇの?」 火神くんは自然にとても不思議そうなカオをして、ごくごく当たり前の疑問を口にした。 「一言で言えば、コンビネーションの習得のためだね」 「コンビネーション?」 「うん。わたし達はものすごく仲悪いからね。なんかもういっそ田原の上で生活してみることにしたの」 「へ、へえ」 「始めは不快極まりなかったけどね、慣れると視野が広まって案外いい気分だということに気付いたよ」 「オレは重しで身体が重いけどな」 「このチュッパおいしーですね」 「でっしょ!?マジバ味いけるっしょ!?」 「マジバ味!?」 「ちょ、それくれ!」 とまあ、大体そんな感じの経緯で。ドリブルは姿勢を低くして行うがいいに決まっているし、シュートは高さがあるに越したことはない。というかシキはそうだ。ということで、ドリブルは田原が行いシュートする、あるいはシュートのフェイクを入れる時のみわたしがするという形に落ち着いた。田原は瞬時に上にパスしてわたしは田原の考えていることを実行するという、なんだか気持ち悪い以心伝心型が完成している。これもひとえにわたしの苦労と努力がなしえたものであると言うと太ももをつままれた。ので、胴を蹴った。井原先輩からマジバ味のチュッパを貰って嬉しそうにしている火神くんは、柄を持ってくるくる回している。昼休憩で食べるらしい。 「……はあ。それでか。『手』もドリブルとシュートで交代して、なんか進化してるし」 「それはわたしの類稀なる明晰で捻り出した進化形態だよね」 「はあ?オレのちひつによって導き出された名案だろうが」 「ちひつ?遅い筆と書く?」 「知識のちに悉くだ!」 「それは『ちしつ』ですよバカめ」 「降りろ。イマスグ降りろ」 「話戻すけどさ。火神くんってDFちょう苦手だよね」 「オレ、攻める方が好きなんだ」 「けど今は置いとこうね。休憩終わったら水戸部先輩と練習でしょ?」 「っだー!!ストレスたまる!!早くOF練はじまんねーかなぁ」 「それってわたし達にちょう失礼」 「誰のためにやってると思ってんだ」 しかもコイツと手を組んでまで。 と、思っているんだろうな。 と、なんとなく感じる。 なんとなく、 わかるようになってきた。 「ポチ。アクエリよこせ」 シャクだけど。 ← → |