ポリゴン | ナノ



  
間違えたら言い直しましょう



帰り際も黄瀬くんはうるさく、先輩は騒がしかった。いや、どっちもうるさくて騒がしかったのだけれど、どちらかというと黄瀬くんの方が相手をするのがしんどかった。

「環っち!メアド交換しよ!」
「いやだ」
「何でー!?」
「連絡しないし」
「すればいいじゃん!!メールしようよ!井原っちともしてるしさぁ」
「先輩とはすればいいじゃない。わたしはしないから」
「環っちー!!」
「ばいばい」
「またなー涼!」

すっかり暗くなった帰り道。歩きながら先輩が「メアド、涼に教えてい?」と聞いてくる。首を傾げると、先輩が携帯を目の前に提示する。メール画面だった。日時はおととい。送り主は黄瀬くん。

「『環っちのアド知ってるっスか?』……なんですかこれ」
「オレは知ってるって返したけど、勝手に教えちゃマズイしね。今日会うのは元々決まってたし、出来れば本人に聞いてって言っといたの」
「はぁ。て、昨日友情出演を頼まれたからここに来たんじゃあ……」
「元々スタジオ見学させてくれる約束だったんだよ」
「はぁ……」
「水無ちゃんがあんなキッパリ断るからさー、涼ヘコんでんじゃん。いーじゃんメアドぐらい。いー奴だしさ。1on1の相手も確保だ」
「…………。だめです」
「あ、ダメ?」
「……こっちから連絡取ります。黄瀬くんのメアド、教えて下さい」
「お」

赤外線で受信して、『黄瀬涼太』を確認する。……わたしだって別に、ヘコませたくてヘコませているわけではないのだ。ただ、あまりにも黄瀬くんがうざいのと、黄瀬くんが『キセキ』のメンバーであるのと、恐らくは彼にとても近しい人であることが、わたしを加虐にさせるのだ。しばらく画面を見つめて、電源ボタンを軽く押した。携帯をポケットに戻す。さりげなく車道側を歩く先輩はたまーにジェントルマンだよなぁと思いながら、黙って帰りを送られていた。

「とりあえず、夜にでも送ってみます」
「喜ぶぞーアイツ」
「はぁ。それは何より」


くあ、とあくびをする5限目。お昼ご飯を食べて数十分経っているというスリープジャンキーな時間である。しかも、教科は英語。これは一体何の拷問だというくらいに単調な喋り方の先生が、これまた淡々と吐き出す英語文にあくびが出てしまう。眠いし。寝ちゃおうかな……と机に覆いかぶさるようにして腕枕を作り頭を置く。置いて、そのまま隣を見た。隣の席の黒子くんは今日も見事に影が薄く、今にも消えてしまいそうな儚さがあるように感じられなくはない。つまりあるようでないような。ぼんやりとした不確かでひどくあいまいな、どっちつかずの。そんな感じ。多分、性格が寡黙な方で何を考えているのかがいまいち掴めないからなんだと思う。

「……。水無さん。何ですか?」
「んー……黒子くんはどうしてそんなにわけわかんないのかなーと思って」
「ボクは水無さんの方が掴めないと思ってますが」
「そう?それは気のせいじゃないかな」
「なら、水無さんのもそうでしょう」
「そっかな」
「そうです」
「…………」
「…………」
「阿呆──火神くん、爆睡してるね」
「水無さんって、本人に聞こえてないととことん辛辣ですよね」
「バスケ部、練習厳しい?」
「そうですね。先輩達も相当強いですし……ボクは体力ないんで余計に」
「そっか」
「水無さんは?ストバス」
「ああ、うん。井原先輩はやかましいけど優しいし。田原はかなりうっとおしいけど強いし」
「楽しいですか?」
「多分ね」
「そうですか。今日はこっち来るんですか?」
「ううん。今ね、週一で田原と勝負してんの。今週は今日がその日」
「そうですか」
「火神くん……いや、阿呆はどう?黄瀬くんに勝てそう?」
「……なんで言い直したんです」
「黒子くんはツッコミもゆるいね」
「勝ちますよ。冗談苦手ですし」
「ふぅん」
「心配ですか?」
「なにが?」
「黄瀬くん。知り合いなんですよね?」
「ああ、──うん。メル友だし。でも別に心配はしてないかな」
「それは、負けないってことですか?」
「ううん。どっちが勝とうが負けようがわたしには一切関係ないってこと」
「…………」
「なあに?」
「水無さんは、冷たいですね」
「クールってこと?」
「いいえ」
「ふぅん。まあいいけど。──でも、まあ、どうして黒子くんがもっと強いところに行かなかったのかってところには、少し興味があるかな」
「あるんですか」
「だってさ。そんな誰にもマネできない特技があって、認められていて、バスケだって好きなんでしょ?」
「評価されるのは嬉しいです。けど、バスケを楽しめなくなったら意味がない」
「うん?」
「それが理由です。帝光は確かに強かった。……帝光には絶対唯一の理念がありました。それは、『勝つことが全て』」
「……勝つことが」
「実際ボクがこのプレイスタイルを身につけるまで、ボクは二軍でしたし、一軍に上がってからも二軍の試合に加わることがありました。万が一にも、二軍であろうとも、負けることなど許されないから」
「…………」
「それでも勝てば嬉しかったし、『キセキの世代』の彼らも始めはまだ他より少しうまいだけの選手でした。能力面も、精神面でも」
「……けど、開花した」
「それからは、チームというのは名ばかりのものになりました。そうしてボクは、帝光の理念にも疑問を抱くようになって──3年の夏が終わると、部をやめました」
「ふぅん」
「それだけですか」
「もっとエンターテイメント的なものを期待してたからかな」
「何ですか?それ」
「阿呆の『キセキ』倒しとか」
「ああ……。でも、倒しますよ。火神くんの影として、二人で、彼らを」
「…………。ふぅん。倒しちゃうんだ。『キセキ』」
「ええ」
「あっそ」
「……やっぱり黄瀬くんのこと」
「ちがう」
「試合、観に行くんですか?」
「来てとは言われたけどね」
「来るんですか?」
「たぶん、行かない」
「どうして」
「日曜日だから。面倒くさいし」
「そうですか」
「ところで黒子くん」
「なんですか?」
「これだけおしゃべりしてるのに、どうして先生は何も言って来ないんだろう」

わかりきったことをあえて聞いてみた。これが会話を長引かせるコツであり、ひいては暇を潰すコツなのである。

「さあ。ボクにはわかりません」

チャイムの音に紛れて、そんな答えが返ってきた。




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