ポリゴン | ナノ



  
授業中はお静かに



「なんでオマエが黄瀬と帰んだよ!」

──来た。
月曜日、HRが終わってから教室に入ったわたしに開口一番で火神くんはそう尋ねてきた。いや、尋ねるというよりは問い詰めると表現した方が的確な口調と体制である。あまりの迫力にわたしは教室の窓側すみっこに追い詰められてしまい、それでも逃げようともがけばいつの間にか着席していた黒子くんに首根っこを掴まれた。毎度ながらこの『いつの間にか』は日常生活においては反則技だと思う。ファウルとまではいかなくともヴァイオレーションにはなるはずである。と内心愚痴る。

「知り合いの『キセキ』って黄瀬君だったんですね」
「え?あー……。あ、牧江ちゃんおはよ」
「おはよー」
「話を逸らさないで下さい」
「別に逸らしてないよ」

濁しただけである。と心の中で反駁をして、「試合するんだって?海常と」火神くんに向き直れば「アイツぜってーブチのめしてやる!!」と意気込む。その意気込みは評価するし是非ともブチのめしてほしいところではあるけれど、「だから詳しく話せ!」と問い詰めてくるのは勘弁してほしい。「あ!火神のアホー。環ちゃんに何してんねんなー」牧江ちゃんが鞄を机に置いて、隅に追い詰められているわたしを助けてくれた。彼女は勇者である。

「ほら、もうすぐ授業が始まるよ。しかも国語だよ。帰国子女はちゃんと聞いておかなくちゃ。ほらほら席に戻りなさい。ハウス」
「犬じゃぁねぇよ!!」
「黒子くん。どうしてこんなうるせーヤツの近くに座ったの?」
「目立つ人の近くにいると逆に目立ちませんしね」
「そっかなるほど大変だね。わたしは先にここに座っていたから火神くんが来てやむを得ずなんだよ」
「大変ですね」
「オマエら2人共表出ろ!」
「何ー?サボリの計画か何かー?」

牧江ちゃんは、細かいことをあまり気にしないおおらかな子だということがここ数日で判明した。うむ。仲良くなれそうである。


…………。
………………。

『バスケ、してこーよ』

キセキと呼ばれた5人の一人、黄瀬涼太。金髪にピアス、軽佻浮薄な雰囲気、体格のいい長身、モデルとプレイヤーの掛け持ち、人当たりのいい性格、少しだけアホの子、人懐っこい笑顔、ごく自然体で人を慕う、親しみやすいキャラクター。スピードもパワーもキレもカンもスペシャルなオールラウンダープレイヤー。黄瀬くんは笑顔でそう言ってきた。だからわたしは表情を変えないままこう言ったのだ。『いやだ』

『なっ!なんっ……なんでっスか!?やろーよ!バスケ!せっかく仲良くなったんだしさぁ!』
『いやだ。面倒くさい。疲れる。早く家に帰りたい。別に仲良くなってない』
『井原っちっ……!オ、オレ、まだ慣れらんないっス……!も、もう少し時間を下さいっ……!』
『井原っちはあなたからバイバイしたんでしょうが。時間なんて貴重なもん、黄瀬くんなんかにあげるもんか』
『井原っちー!』
『はいはい。それじゃあね』
『──っ、オレ見てたっスよ!井原っちが声かけてくれる前、環っちの3P!』

黄瀬くんが言う。声がでかい。と思った。どうしてそんなに声を荒げるのか。何をそんなに必死になっているのか。わたしにはわからない。けれど黄瀬くんがそう言うのならばわたしの3P練習は見られていたのだろう。あれだけコートの周りをウロウロしていれば、わたし達からも目についたように、目に入るのもまあ自然なことだろう。わたしは既に反対側へ歩き出していた足を止めて振り返る。

『あっそう。それが何』
『キレーだったっス!すげえ高いしすげえ入るし!』
『へえ』
『なんでそんな冷めてんスか!』
『わたしはなんで黄瀬くんがそんなに必死なのかがわからないけど』
『オレのプレー見たでしょ?これでも結構強いんスよ。燃えないスか?バスケしてみたいって思わないんスか?オレは環っちの練習見ただけで、今すっげー勝負したくなったっスよ』
『…………』

思わなかったわけじゃないけれど。
それでもわたしは、その欲求をかき消すことが出来る。ストバスを再開して、まだ間もない。真剣勝負はこの間の田原との一戦と、井原先輩と初日にやった一度きり。それまではずっと、わたしはバスケをしなかった。

『ね。しよーよ、バスケ』

それでも。
真摯な目を拒めなかったのは、
恐らくはわたしの甘さだった。


『う、──お!?』

息が切れる──息を、『切らす』。乱れる呼吸と心音と、手足の速度。相手を惑わせて迷わせてさ迷わせる。それでも黄瀬くんの切り返しは強く、ボールは取ったり取られたり。田原よりも10センチ近く高い身長で1on1、これで跳び合ったらどうあっても勝ち目などなく、完全に抜くか3Pを決めるかの限られた選択肢の中、わたしはシュートを打つ。リングにぶち込む。息が切れる。──息を『切らす』。再び抜いたとき、手を伸ばされる。リーチが長い。大きな手の平で奪われるボール。踏み込まれる。ハーフコートでのプレイ、すぐにダンクの体勢に移る。大人しく決めさせるわけにはいかず、わたしも跳んだ。タイミングは合っていた。手を伸ばす。ボールに触れる。手の勝負。押し負けた。わたしの手をものともせずに、振り払い、肘ごとリングに突っ込んだ。やられた。──と、ふと空中で身体がぶつかる。小さい方の、リングにぶら下がっていない方であるわたしは、地面に落ちた。どたっ、と音がして背中から落ち、落ちたからフッと首を支える力が抜け、ごちんと頭を打ち付けた。

『──っ、わ』
『──環っち!!』

少し痛い。背中はまあ大丈夫だろう。頭はこれ以上バカにならなければそれでいいのだけれど。外コートだからやっぱ痛いなと、倒れたまま打ったところをさすっていると、息を切らした黄瀬くんが屈み込んで、背中を持って起こしてくれた。

『大丈夫スか!?』
『うん。大丈夫』
『ごめん、オレ、つい、加減なくて……女の子なのに。ごめん』
『……プレイヤー冥利に尽きるよ』
『え?』
『女だって忘れてくれて、ありがとう』
『…………』

まあ、結果として負けたわけだけれど。身体を起こして、髪についた砂をはらう。まだ心配する黄瀬くんに再度大丈夫を繰り返すと、やっと笑ってくれた。泣きそうなカオは、あまり見たくないものだ。

『あー、そろそろ終わろっか。……そうだ、そういえば得点数えてなかったっスね』
『黄瀬くんの勝ちだよ。24対19で』
『数えてたスか!?』
『数えるまでもなく知ってるよ。何度抜かれたかなんて』
『……そっスか。にしても、環っちのドリブル、なんか変っスよね』
『黄瀬くんは一度見たプレイをすぐマネっこするんだよね。これはどう?』
『あー。今んとこ環っちが何やってんのかわかんないスから。難しいっスか?』
『マネ出来ないことはないかもしれないけど……黄瀬くんには無理かもね。頭使うし。アホの子だし』
『ヒドッ!──でも井原っちの言ってた通り、慣れてきたかもっス。そのうちクセになりそう』
『Mなの?』
『違っス!!』

持参したバスケットボールを持ち上げて、何気なくボールをつく。さっきよりも息が調ってきたかな、と思い、センターサークルからリングめがけて放ってみた。高いループを描いて、スパッと通る。

『やぁっぱキレーっスねー……緑間っちのシュートみたい』
『緑間っち?』
『『キセキの世代』のSGっスよ。3Pがヤバイくらい上手くって、おは朝占いオタク』
『人格が全くイメージ出来ないけど。『キセキ』と並べられるほど、わたし上手くないよ』
『いやいや!オレけっこー本気でやったっスよ!』
『けっこー、でしょ。……ほら。本当にそろそろ、帰れば?』
『ああ。そっスね。じゃ、環っち。色々ありがと!』
『さようなら』
『……せめてバイバイとかにしてもらえないスか?一生の別れじゃないんだし』
『さようなら』
『聞いてた!?』
『聞いてたよ』

聞いていた上でのさようならだよ。と返せば黄瀬くんは泣いた。今日一日で一体何回泣かせたことだろうか。はいはい。ごめんね。ばいばい。とぞんざいに手を振れば、パッと表情が変わり『バイバーイ!またねー!』と明るく帰って行った。結構大きな台風が停滞して、去っていった。

…………。
………………。

まあ、
やたら騒がしい人だったけれど、
バスケは中々燃えたかな。

「……強かったなぁ」

『キセキ』はみんなあんなに強いのだろうか。小評論を読み上げる先生の声をBGMに、ぽつりと呟いてみる。斜め前の火神くんは今まで爆睡していたくせに耳聡くそれを拾ったのかもしれない。「黄瀬とはやんのかよ!!」と大声でわたしに言う。教室は静まり返り、わたしは極力他人のフリをして、近付いてくる先生から目を逸らした。

「火神。立っとけ」
「違っ!……水無!覚えとけよ!」

わたしは何もしていない。




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -