ポリゴン | ナノ



  
環っち



「おー。ここか誠凛。さすが新設校、キレーっスねー」
「でしょでしょ?バスケ部も創部二年目!まだピッカピカだよーん」
「…………」
「あれれ。どーしたスか環っち?元気ないっスねー」
「ホントだー。だいじょーぶ?チュッパあげよっか?あ、涼もいる?」
「あ!プリン味の欲しーっス!」
「…………はぁ」

溜め息。を吐いたのを見て、隣とそのまた隣の男達は「溜め息つくと幸せ逃げるっスよー」とハモり、ハモったことの何がそんなに嬉しいのかギャハギャハと楽しそうに笑い合っている。わたしはといえば、ここ10分ちょいの間に『キセキの世代』黄瀬涼太の凄まじさをまざまざと見せつけられたため、そして現在進行形でも見せつけられているために、少々といわず、まあ、それなりに疲れているのである。『ソレ』を言わずもがな理解している黄瀬くんは「ごめんっスわー」と苦笑する。それ、本気で謝ってる?と言いたくなるくらい軽い謝罪だった。わたしは道行く女子生徒片っ端からピリピリとした視線を向けられ進んでいく。まあ、井原先輩と一緒にバスケってだけでも、実はそれなりに羨ましがられているのだけれど。というのを牧江ちゃんから聞いた。っていうか、まず根本的な質問をしてもいいだろうか。

「『環っち』って何?」
「え?環っち、環って名前じゃないっスか?」
「いや、環だけど……」
「じゃあ、環っちじゃないっスか」
「いや、だから……」
「オレ、好きな人はあだ名で呼ぶんスよね」
「は?」
「だから環っちは環っちだし、黒子っちは黒子っち!基本先輩は呼ばないんスけど、井原っちはバスケ部じゃないみたいだしー」
「おー。いーよ井原っちで」
「……あだ名、バリエーション少ないね。もしかしてアホの子なの?」
「ヒドッ!!」
「涼。慣れたらこのテンションがクセになるぜ。オレは出会って3分で慣れた」
「マジスか。てか早!」
「…………」

疲れる。一体何なんだろう、このアホの子は。と先輩からもらったチュッパを口にほうり込む。歩いていくうちに体育館が見えて来て、さっさと別れるつもりだったけれど「ちょっとビックリさせてやろ〜」と悪戯に笑う黄瀬くんの手招きによって、わたし達は外側から舞台方向へ回り、外の階段を使ってギャラリーへと上がる。見つからないようにこっそりとバスケ部を見てみると、火神くんが1on1をしている。「環っち。そっからじゃ丸見えっスよ」と言うので、わたし達は舞台裏、つまり放送室に隠れて窓からこっそりと練習を覗くことになった。相変わらず力任せというか、柔軟性に欠けるけれど、観ていて気持ちのいいバスケをする。もしかすると2年生の人でも1on1じゃ誰も彼に勝てないのではないかとすら思う。黄瀬くんはわたしの頭に顎を乗せて火神くんをじぃっと見る。なぜ顎に乗せる。井原先輩は「いーなー仲良し」と言い隣にひっついた。……暑苦し。

「黒子っちどこスかねー。探さないと見つかんないのは相変わらずっスねぇ」
「黒子くん?あそこにいるじゃん」
「え、どこ?」
「ほら、あそこ」
「へぇん。あーれが相田ちゃんの言ってた『シックスマン』ねぇ……」
「環っち〜、どこっスか〜?」
「だから、あそこだってば」

と。そんな感じで話しながら練習を見学していたその時。「あ、あのー……」と、控えめな可愛らしい声がかかる。3人して振り返ると、そこには顔を赤らめた見覚えのない女子生徒数人が、色紙を手にして立っていた。一人は片手にマジックを持っている。黄瀬くんは「見つかっちゃったっスね」と苦笑い。そりゃあ忍んでいたのは体育館に入ってからだから、それまでにあれだけ目立っていれば探されるわけだ。

「あ、あの!ファンなんです」
「サイン下さい!」
「え、オレ?もしかしてオレ?ファン?もうファン?いやーまいったなー」
「え?あの、黄瀬くんに……、あ、でも井原くんも良かったら!」
「あ!黄瀬くんいたっ!」
「本物カッコイイ〜!」
「井原くんもいるよ!」
「今日もカッコつけてるー」
「あっココ、ココ!」
「ちょっと押さないでよー」
「ちゃんと並びなよー!」

うわ、なんかどんどん増えてきた。わらわらと沸き出す女子生徒は一列に並ぶと入り口から出てしまう。それでも密度が増えていき、黄瀬くんもドンドン舞台へ押し出されていく。わお。すごい。これが芸能人パワーってやつだろうか。

「ちょっ、環っち!」
「ついでに黒子くんに挨拶でもしてきたらどう?」
「いやそんな!助けて!」
「先輩、トルネードなんですけどコツはスピンの時の足と手の回転を合わせることです。手は遠心力に任せたら勝手にタイミングが合うので、軽く持って──」
「どーしても意識が手に行っちゃうのがダメなんだね。じゃあオレはまずボールに指を──」
「現実逃避っス!?」

先輩と息を合わせてみた。
あーれー……、と言いながら、黄瀬くんは表舞台に消えていった。黒子くん驚かせると言っていたけれど、この騒ぎでもうバレちゃってるんじゃないかな、と思い、再び二人して窓から覗いてみる。「──海常高校と練習試合!?」どうやら気付いていないようだ。練習は一時中断して、今は相田先輩を中心に集まっている。会話を聞くところによると、海常高校は全国区でも強豪校で、バスケ部は毎年IHには顔を出しているのだそうだ。黄瀬くんはそんな学校でレギュラーを勝ち取ったのか……。先輩と顔を見合わせて、すごいねー、と目で言い合った。

「しかも黄瀬ってモデルもやってるんじゃなかった?」
「マジ!?」
「すげー!!」
「カッコよくてバスケ上手いとか、ヒドくね!?」
「もうアレだな……妬みしかねえ……」
「ヒクツだな!」
「アホ……。──……!?ちょ……え?何!?なんでこんなギャラリーできてんの!?」

あ。
バレた。

「あーもー……。こんなつもりじゃなかったんだけど……」

先輩と二人、窓から離れて、舞台の脇まで行き、暗幕の裾からこっそりと舞台を覗く。ついでに体育館全体を見ると、長蛇の列。女子の山。何かもう諦めたらしく舞台に座って大人しくサインを書いている黄瀬くん。片手を挙げて、「スイマセン、マジであの……、てゆーか5分待ってもらっていいスか?」再び女子生徒に向き合う。サインし、スマイルを見せ、時には握手をする。……どうやら彼は5分でこの山を捌くつもりらしい。無理だろう。と思ったけれど、そのスピードの速いこと速いこと。これが芸能人パワー?「オレもサインの練習しとかなきゃなー」とか真面目に考えている先輩はさておく。

そして5分が経つと、
本当に捌ききった黄瀬くんは壇上から飛び降りる。5分待ってと言われて律儀にフリーズしていたらしいバスケ部面々の反応も、何事もなかったかのように再起動し出した。

「……なっ、なんでここに!?」
「いやー。次の相手誠凛って聞いて、黒子っちが入ったの思い出したんで挨拶に来たんスよ。中学の時、一番仲良かったしね!」
「フツーでしたけど」
「ヒドッ!!!」
「……どっち?」

「あのシックスマンも水無ちゃんといい勝負だよねぇ」と、隣の先輩はニヤニヤしている。クール、と一言付け足した。そんなに言われるほど、わたしはクールなのだろうか。と思うけれどどうなのだろう。「黒子くんがクールなのは当たってますけど」と呟く。今も黄瀬くんが「よくイビられたよー、な〜っ」と話を振ると「ボクは別になかったです」と即座に否定する。おいおい黒子くん。黄瀬くん泣いてるじゃないか。「水無ちゃんも初対面で相当泣かしてるけどね」という隣からの合いの手はスルーしておく。けれど、わざわざこうして神奈川から挨拶に来て、『黒子っち』と呼ぶからには充分好意を持っているらしい。元チームメートなんだし、本当は仲が良いのかもしれないな。

────と。

「────っと!?」

黄瀬くん目掛けてボールが飛ぶ。何とか手の平で受けたみたいだけれど、あれは痛そうだ。何たって、阿呆のバカ力だ。

「った〜……。ちょ……何!?」
「せっかくの再会中ワリーな。けどせっかく来てアイサツだけもねーだろ。──ちょっと相手してくれよ、イケメン君」
「え〜、そんな急に言われても……、あー、でもキミさっき……。よし、やろっか!いいもん見せてくれたお礼」

あれ、乗っちゃった。と、思わず呟てしまった。けれど意外に感じたのは本当だ。黄瀬くんのあのゆっるーい性格ならば、バスケバカの火神くんなんか軽く受け流すことが出来るだろうと踏んでいたからである。そんなわたしを見て先輩が「ちっちっち。わかってないなー水無ちゃんは」と笑った。

「涼はねー、多分、誠凛を測るつもりなんだよ」
「測る?何ですかそれ」
「だっからー。『一番仲良かった黒子っち』にとって、ココがふさわしいチームなのかどうかってこと」
「…………。何ですかそれ」

先輩の言ったことの意味はわかった。
わかったけれどやはり、
そう返さずにはいられなかった。


「おー。もーさすがに暗いっスねー」
「…………」
「環っちー。もっとゆっくり歩こーよー」
「…………」
「あ、ちょうちょっスよ!環っちちょうちょ!」
「…………」
「もー、もっと楽しそうなカオしてくださいよ。せっかくのデートなんスから」
「誰と、誰が、デートだ」
「コワッ!!」

帰り道。
なぜか黄瀬くんと歩いていた。なぜか、というのはあまり正鵠ではなく、理由としては「じゃー今日のところは帰るっスわ。また試合で」と片手を挙げた黄瀬くんが舞台裏へと歩いて来て、わたしの腕を掴んで放送室から引っ張り出し、「環っち借りまーす!帰り道忘れちゃったんスよね」とバスケ部の面前で宣言し、呆気にとられる周囲の人々をスルーして「ばいばい黒子っち!井原っち!」手を振りさよならしてきたからというのが正確ではある。しかし、わたしはこの事実をあまり認めたくなくて先程まで現実逃避活動に勤しんでいたわけなのである。黄瀬くんのせいで色々ぶち壊しだけれど。

「あうー……なんで環っち、そんなに冷たいんスかー。何か怒ってる?」
「別に」
「あ、もしかして黒子っちと友達だった?それか、えーと、アレ……誰だっけ?彼?あっちとっスか?吹っ飛ばしちゃったから、怒った?」
「火神くんね。別にどっちとも友達じゃないよ。クラスメートなだけ」
「そっスか」
「黄瀬くん」
「うん」
「『キセキの世代』って、みんなそんななの?」
「……何が?」
「みんな──、…………」
「環っち?」
「ごめん。なんでもない」
「…………」
「うまく、言葉に出来ない」

足を止める。黄瀬くんも立ち止まった。訝しげに顔を覗き込んでくる。こんな時、日頃クールと言われるポーカーフェイスでよかったと、心底思うのだ。「何を聞こうとしたんだろうね、わたしは」この妙な空気を切るようにそう呟いて、何か言いたそうにしている黄瀬くんを無視して指を差す。もう、わたし達が出会ったコートの前まで来ていた。通常は駅まで送って行くのが親切というのであっても、わたしは限界だった。もうこれ以上、この人とはいたくなかったのだ。

「ここからは、わかるでしょ?行く前に教えたし」
「環っち」
「それじゃ、さよなら」
「環っち!」
「…………」
「環っち」
「……何」

これ以上この人と。
キセキと呼ばれたこの人と。
自分と同じあの人に憧れた、この人と。

「バスケ、してこーよ」

これ以上。




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