ポリゴン | ナノ



  
よろしくしてもらう



「ちーっス。……え?」
「おはようございます」
「あれ?キミえーっと、一昨日の……」
「水無環です」
「そう、水無さん。はよ……、え、なんで?結局マネになんの?」
「ならないです。なりませんが……」
「が?」
「今日はマネージャーなんです」

朝6時50分。体育館に現れたのは一昨日田原と仲良さ気に話をしていた順平さんだった。一番乗り。とりあえず荷物を置いて座り、バッシュを履き始める順平さんに、今までひたすら体育館の床を磨いていたモップの手を止めて、小休止だと順平さんの側に座った。

「なんで?田原には勝ったじゃん」
「それがですね……。勝って、ストバス同好会のメンバーとして認められたはいいんですけれど、問題が一つあって」
「問題」
「わたしと田原はうまが合わない」
「はあ?」

バスケはお互い実力はそこそこある。決して弱くはない。それは認めよう。しかしそれではいざプレイヤーとしてではなく一人の人間として見てお付き合いを始めようとなった昨日の活動で、わたしと井原先輩と田原が3人揃って行動してみたところ、わたしは、『あ、こいつムカつくわ』という感情が拭えなかった。つまり田原は、とてもムカつくのだ。バスケの腕は認めてくれたけれど、認めるしかなかったらしいけれど、相変わらずわたしのことをオカッパだのチビガッパだのチビだの、揚げ句にはポチだのと呼ぶ。口は悪いし粗野だし、性格も悪い。

「昨日一日一緒にいてわかりました。ほんっとうに合わないんです。わたし、これでも多少なりとも奇人変人についての耐性はついているつもりでしたが、田原に関しては本当にムカついてイライラするんです」
「まーアイツは評価分かれるよな」
「それにわたしも、一度ムカついたらとことん生意気な口ききますし。わたしに嫌われたら、その人はわたしを大嫌いになると思います」
「おお、自覚はあんだ」
「…………。それで、それは向こうも同じらしく。大口論の末に、喧嘩別れ。お互い顔を見たくない感じです。で、それならと話を聞いたらしい相田先輩から夜に電話がありまして、田原が来る日だけ男バスのマネをしてないかと」
「アイツ……」
「井原先輩とはいつでも出来ますし、どうせ田原がいればコート使えないし、マネがいれば仕事も楽になるって言われて、とりあえず今日朝練あるって聞いたので見に来ました」

いきなり携帯にかかってきた時は驚いた。相田先輩に番号を教えたのは井原先輩らしく、井原先輩に聞けと言ったのは田原らしい。相田先輩によると、田原が休んでいた間のプリントやら課題やら連絡事項やらを、成績が良くて優秀らしいクラスメートの相田先輩が伝えていたらしい。それで雑談からわたしへの愚痴、もとい悪口にスライドしていったということだ。経緯を聞き終えた順平さんは、ふーんと相槌を打ちながらも苦笑する。相田先輩はやり手だなぁ、と思っているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。どちらでもいいことだ。バスケ以外のことで、わたしは人を読むつもりはない。それでも順平さんは「ま。じゃあ一日よろしくな」と頭をポンとしてくれた。一昨日の印象と変わらなく、イイヒトっぽい。

「挨拶忘れてたな。オレは日向順平。田原のクラスメートでダチだ。バスケ部では主将やってる。よろしく」
「わたしは水無環です。ここの……黒子くんと火神くんと同じクラスです。よろしくお願いします」

握手。
うん、仲良く出来そう。
バッシュの紐を結び終えた順平さんが立ち上がる。「そろそろみんな来る頃だな」というので、まあモップがけは終わったし片付けようかなとわたしも立つ。「日向先輩って呼んでもいいですか?」と聞くと快く了承してもらえたけれど、今までは心中順平さんと呼んでいたことを話すと「なんで後退してんの?え、印象悪かった?」ツッコまれた。いや、だって、苗字知らなかったし。

「はよーっス!」
「ちわー」
「あれ?一昨日の子!」
「水無さん?」
「おはようございます」
「おーお前ら!一日マネージャーだ!よろしくしてもらえ!」
「オレらがしてもらうのね」
「水無!勝負しろ!」
「やだよ。疲れるし」
「まずロードだボケ!!」
「みんなオハヨー!あっ環ちゃん!今日はよろしく!」

日向先輩の一喝で騒いでいた声達は立派な掛け声と化す。おお、なんかすごい。ベンチに座る相田先輩に「こちらこそ」とお辞儀をすればニッコリと笑った。「じゃあ早速だけど、用具出して貰っていい?」と言われたので、用具室に向かい、ボールの詰まったキャスターを押して運び、スコアボードも持って行く。何度か繰り返して一通り揃えると、ちょうどボールを使った練習に入るところらしい。相田先輩のところに戻って、クリップされた紙に何かを記録しているのを覗き込む。

「レイアップ30本!7分!」

ピピーッ、と笛を吹く先輩。途端に部員さん達は両リングの両サイドあたりにサッと並ぶ。わたしが慌ててボールを2つずつ渡すと、それから流れるようなレイアップの嵐が始まった。2年生の人達なんかもう、ムダがない。ボールを手渡されると同時に走り出していて、きっちりと決める。リバウンドボールを列に戻ろうと駆けるのと同時に他の部員に渡す。「環ちゃん、どうかした?」声をかけられて、相田先輩を見る。

「ボーッとしてるから。眠い?」
「いえ。……部活って、すごいんだなーと思って。すごいテキパキ動いてるし」
「環ちゃん、部活経験は?」
「あ、はい。のほほん帰宅部でした」
「バスケ部じゃなかったのね」
「はい。運動は苦手だったんですよね」
「じゃあなんでバスケ……ストリート?やろうと思ったの?」
「楽しそうだったから」

ほんとに綺麗な動きだな、2年生は。と2年の列をぼうっと見つめてしまう。1年の列に目をやると、ちょうど黒子くんがシュートを外したところだった。さっきから黒子くん、シュート率は半々ってところかな。リバウンドを拾って次の次の人にパスする。既に走り出していた火神くんが見事なレイアップを決めた。相田先輩が見て「飛びすぎね」と呟く。部員さん達とは少し距離を置いているので全体を見れているらしい。しかもそれを把握出来ているのが、この人のすごいところだと思う。さっきから手、休む間もなくシュート成功率とフォームチェックを記録しているのだ。それでいて、こうしてわたしとお喋りしている。

「ストバスってスゲーかっこいいよね。私も田原くんと井原くん、遊んでるのたまに見るけど」
「『魅せる』ための技ですしね。そう言って頂けて何よりです。でもバスケットも、見ててムダがないっていうか、綺麗ですよね」
「うん。あ、そうだ環ちゃん。黒子くんに聞いたんだけど、環ちゃんって『キセキの世代』の一人と知り合いなんだってね」

先輩に言われ、意味もなく、ぎくりとしてしまった。表情には現れなかったし、先輩は相変わらず手元を見ずに記録をとっていたけれど。

「もし良かったら教えてくれないかな?ほら、月曜にウチのバカガミが吠えたじゃない?それがなくても私の目標なのよね。日本一は」
「…………。黒子くんに聞いた方が早いんじゃないですか?何てったって、元チームメートなわけですし」
「もちろんそっちにも聞くけど」
「まず、そっちに聞いて下さい」
「……うーん」
「そろそろ7分です」
「あ。ヤバ」

ピピーッ、と笛の音。
それはひどく乾いていた。


「水無!1on1やろーぜ!!」
「……まだそんな元気あるの?」

すごいねある意味感心だね。と突っ伏したまま返せばまた耳元でギャンギャン吠えられる。犬か、おのれは。わたしはとても眠いのだ。右手で『しっしっ』とやれば、またヒートアップしてしまう。あうう。「火神ー、あんま環ちゃんイジメたんなやー」牧江ちゃんがそう言ってくれるのが聞こえた。教室内は騒がしいので、チャイムは鳴ったもののまだ先生は来ていないらしい。来てもいいけれど。国語だし。

「コイツが勝負しねーからだろ!こないだっから言ってんのに」
「やだよ勝負なんて……、めんどいし。今は火神くんと遊ぶ気分じゃないんだ」
「一生そんな気にはならなさそうですが」
「あれ。黒子くんいたの」
「おはようございます」
「うんおはよう。今日も黒子だねえ。全く見えないや」
「それは水無さんが目を閉じてるからだと思います」
「っだーもー!何でもいーから勝負しろー!!言ったろ!強ぇヤツと戦うためにバスケやってるって!」
「わたしも言ったよね。楽しいからやってるって。今やってもわたしは楽しめないから断ってんだよ」
「なんで、楽しめねーんだよ」
「めんどいから」
「っがー!!!」
「黒子くん。後は任せた」
「え」
「ぐー……」
「…………」
「水無テメー!」
「…………」

ああうるさい。
早く席替えしないかな。




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