「準さぁん!」 「誕生日おめっとーございます!」 「…………」
え、引いていい?と軽くその場から後ずさりをしてみれば「逃げよーとしてるぅ!」「つかまえろ!」いつの間にか両側に回り込まれてしっかりと腕にしがみつかれた。こんな時ばっか素早いなお前ら、と逃避じみた感想を抱く。目の前には後輩一人と他校のマネジが一人。いつだってでっかい目をムダにキラキラさせていて、めちゃくちゃ笑顔で、尻尾がついてたらちぎれんばかりにブンブン振っているだろう二人の第一声がオレの誕生日を祝う言葉だったということについては、素直に嬉しいとは思う。しかしこの場合オレが真っ先に目をやって、察して、引いてしまったのはそれぞれ手にしているホールケーキ。箱に入っているわけでもなくフォークを用意しているわけでもなさそうで、なんかうまく片方の手の平にうまく乗せている二つのホールケーキと、二つのキラキラした笑顔に、オレはこの後こいつらが何をやらかそうとしているのかを察してしまったからなのである。
「準さあん!」 「どーして逃げるんですかっ!」 「オレ達プレゼント持ってんすよ!」 「ハッピーバースデーっすよ!」 「なんで利央の口調マネしてんの?」 「わたしは今日だけ、利央くんの相棒なんす!」 「なんすか」 「そーなんっす!」
何か違う。ような気もするけど。両側からニヤニヤ笑う二人を見て、ふといつものように加虐心がオレを揺らす。が、いいのかオレ。こいつらはオレの誕生日を祝おうとしてくれているわけだ。二人とも普段より数倍テンション高いし、何かそわそわして頷いたり首を横に振ったりして、タイミングを見計らっているようだし。「オレら、準さんにプレゼントあるんすよお」「よお!」子供みたいなカオ。こんな幼稚園児みたいな奴らのサプライズを、無下にしてもいいのだろうか。泣いたりはしないだろうか。いや、泣くのは別にいいけど。ガッカリさせてしまうのは、なんか悪いような気もする。幼児の夢を、甲子園を夢見るオレが砕いてしまってもいいのだろうか。でもここで桐青のエースが、ケーキまみれになるというのも遠慮したい。だってここ、コンビニの前だもん。それにこれから学校だ。友達から「誕生日おめでとう!ん、何か、甘い匂いすんな。カオから」とか言われるに決まってる。……っていうか、朝っぱらからなにやってんの、こいつら。どうしよう。カズさん早く戻って来て!
「……へー。プレゼント、ね」 「はい!」 「受け取ってくれますよね!」 「……そのケーキを?」 「はい!」 「……どこで?」 「え、え。なに言ってんすか」 「そ、そっすよお。ね?」 「う、うん」 「…………」
あ。何か不憫になってきた。何か、クリスマスに家にやって来るサンタクロースの存在を信じている子供を見ている気分だった。オレは一体どうしたらいい。カズさん早く!まだアクエリかポカリで迷ってんすか!?そんなのヨユーでポカリに決まってんじゃないすか!
と。いつまでも迷っていたのが悪かった。
「オレらから大好きな準さんに」 「ハッピーバースデー!」
ぱん、ぱん。 実際されてみれば呆気なくもある音が二つ、一瞬だけ響いて、オレは反射的に閉じていた目を、開いた。顔面に付着した大量の何かが、部分的にずり落ちた感覚がしたからである。結局オレは顔面でケーキを受け取ってやったわけだ。ああ、やっぱり逃げとけばよかったかもしんない。
「わー!やった!成功だ!」 「モロ食らったよモロ!」 「おもしろいカオぉー!」 「準さんがクリームまみれぇ!」 「やったね利央くん!」 「手作りケーキ投げ成功!」 「頑張って作ったかいがあったね!」
手作りケーキなら投げるなよ。頑張って作ったんなら人に食ってもらいたいとか、そういうのはこいつらにはないんだろうか。大体、利央はともかく、なんでこの子までこんなことしてるんだ。「あははははっ!」ああ、面白そうだからか。そうかそういう子だったな。
「準太。待たせたな……って、おお。何だ、もうやったのか」 「和己さん!」 「和さん!オレ達やりましたよぉ!」 「準太。ポカリとアクエリと……あとコンビニでプラスチックのスプーン貰って来たぞ」 「あ、結局両方買ったんすか……っていうか、このケーキ食うつもりすか……」 「いや、だってもう一個あるしな?」 「一人一個ずつ作ったんすよ」 「和己さんが作ったのが残ってるっす」
カズさんがグルだった。
「オレ達が作ったのは、あんましうまく出来なかったからぁ……」利央が俯いて言う。二人してしょんぼりしているところを見ると、あまり出来が良くなくて捨てるのももったいなくて、なら投げてしまおうということらしかった。「あかねちゃんがいたら、うまく出来たのになぁ……」いわく、お誕生日おめでとう、という気持ちをたくさん詰め込んだケーキだったらしい。「だから捨てるのヤでぇ……」もしうまく出来ていたにせよホールケーキ3つも食うとかどっちみちオレムリなんだけどというのは置いといて。そういうことなら、結局ケーキ投げに遭ってしまったオレの優柔不断さと大人なところも報われるというか。唇についていたクリームと、はがれ落ちそうになってたイチゴを食べる。これはどっちのケーキだろう。
「……ま。いーや。気持ちだけもらっとく。ありがとな」 「準さん、今日は大人ぁー」 「絶対怒るかと思ってたぁー」 「オレは、大人だからな」 「準太……成長したな」
和さんが優しく笑う。オレは和さんみたいに優しくて頼りがいのある大人になりたい。「さ。じゃあ公園ででも食おうか」と、いつの間にか持っていた大きな箱を軽く上げる。そうだ。オレもいつまでもクリームまみれでいるわけにはいかない。とにかく顔をふかなければ。
「利央。タオル貸せ」 「え?……あ。ない」 「後のこと考えてなかったねぇ」 「今すぐ買ってこい!」
真っ赤な苺と生クリームのホールケーキには「準太おめでとう」、ポカリとアクエリが2つずつ。スプーンは4つで公園のベンチに座ると、今度はまともに祝われた。あ。そういえば遅刻だ。
誕生日の準太さんにケーキをぶつけたい早朝の話
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