「もおっ!先輩、なんでついて来ちゃうんですかっ!」 「るせー!保護者だ保護者!」 「せっかくのお友達とのパーティーに、保護者同伴なんてやだあーっ!」 「そーだよ!帰れ!」 「おら!さっさと配って帰るぞ!」
すでにどっぷりと日が暮れてしまっていて、これはもうパーティーは盛り上がっている頃だろうなあと思いつつ、何と二輪の後ろを自転車でついてきた先輩は、勝手知らない他人の家のはずなのに躊躇なくチャイムを鳴らしたことに感心する。あかねちゃんも「ある意味すごいよね」と言う。自転車でも追い付けるように、少しだけ速度を落とした安全運転をしてくれたあかねちゃんはバイクを停めて、わたしにお菓子の入ったカゴを渡してくれた。間もなく、木の門が押し開かれて、顔を出したのはいくちゃんである。今日はオレンジと黒の水玉模様の仁平を着ていた。
「……何だ、斑。その格好は俗に言うコスプレというやつだな」 「いくちゃん、こんばんはっ!トリック・オア・トリート!」 「早速だな……。まあいい。準備は出来ている。ほら、スイートポテトだ。食べろ」 「ちぇ。でもおいしそうっ!」 「斑。トリック・オア・トリート」 「それはこちらも準備万端なんだねっ!はいっ、手作りお菓子の詰め合わせっ」 「規模が凄いな……ん。河野」 「こんばんちー。遅くなってゴメンね。ついでに一人ヨケーなやつまでいるけどほんとごめんね?」 「……っンの、クソアマ……!」
あかねちゃんの言葉に、いくちゃんがわたしの逆隣に目をやる。少し目を見開いて「あ」と声をあげた。先輩も「おお。あん時のヤツか」と指をさす。指をさされたことにキたのか、ちょっと先輩を睨んでいたけど、「別に構わない」と3人共中に入れてくれた。いくちゃんのお家はモロに日本式のお家で、玄関で靴を脱ぐと細長い廊下が続く。いくちゃんに続いて進むにつれ、あはは、と色々な笑い声が大きくなっていくので、思わず笑ってしまう。ここだ、といくちゃんが一つの部屋の前に立ち止まり、障子を横に引いた。スパアン、と小気味いい音がした。
「……斑と茜……」 「ああーっ!なーんか手に色々持ってるよ!?」 「魔女コス魔女コス!」 「あれれ。幻覚かに?斑ちんの後ろに男がいるー」 「なーんだとおおお!?」 「あ!!榛名さん!!」 「写真撮らせて下さあーいっ!」 「…………げ」
順番に。しころちゃん。いちごちゃん。室咲さん。松本さん。そよぎちゃん。ひよこちゃん。ひじりちゃん。最後の、とてもとても嫌そうな一言が、かなめちゃんである。先輩もかなめちゃんを見ると、眉を寄せた。それとは対照的に、ひよこちゃんは目を輝かせて「かっこいー!!」と嬉しそうだし、ひじりちゃんなんかもうフラッシュを浴びせている。一人冷静ないくちゃんが「まあ座ればいい」と部屋に入って座布団を3つ出してくれたので、わたしたちはそれぞれ腰を下ろした。先輩は周りに女子しかいないので落ち着かないのか、キョロキョロと部屋を見回している。ハロウィン用に装飾された部屋は和室だけれどすっかりハロウィン仕様になってしまっていた。つい、とパフになってる袖を引っ張られてその方向を見ると、かなめちゃんがしかめっ面でわたしを見ている。なになに、と耳打ちする距離まで顔をもっていく。
「かなめちゃん。どうしたの」 「なんでアイツがここにいんの」 「んー……保護者だって」 「参観日じゃねんだぞ」 「それは先輩に言って欲しいんだよ。ていうかかなめちゃん、何で先輩のこと嫌ってるの?接点ないよね?」 「中学ん時いっかい目ェ合ったの」 「……え、それだけ?」 「ふん」
ひじりちゃんからのフラッシュ連写を浴びて多少引き気味な榛名先輩。座ったまま後ずさって、わたしの肩を掴んで後ろに回ってしまった。「おい!なんだよあの女!」ものすごく焦っている先輩。ひじりちゃんです、と言って、いくちゃんが注いでくれたジュースの入った紙コップ(これもペンでデコられている)を二つ受け取り、片方を先輩に渡した。ひよこちゃんがひじりちゃんの私物と思われる野球雑誌と先輩を見比べて、すげーを連発しているのが微笑ましい。
「あのねっ、あかねちゃんとわたしで、お菓子作ったんだよっ!ねっあかねちゃん!クッキングだよねっ!」 「そおそ。やっぱイベント事にはあたしのお菓子がなきゃ話になんないっていうか?」 「何あんの何あんの?」 「パンプキンパイ」 「おお!」 「かぼちゃクッキー」 「おっ!」 「スカルとゴーストのチョコバー」 「わお」 「パンプキンロリポップ」 「すげー!」
「かぼちゃのクリームとブリュレのマフィン」 「くれ!!!」 「まだダメでーす」
あかねちゃんと交互にお菓子をあげていくと、目を輝かせるみんな。その中に先輩もいるのがアレだけれど。あれ、もう、食べたよね?カゴに飛びつこうとするひよこちゃんを抑えたあかねちゃんが「ハロウィンには何言うの?」と愉快げに尋ねれば。
「トリック・オア・トリート!」
いくちゃんの家の前で、じゃあまた月曜日ね、と手を振って別れると、帰り道はわたしと先輩だけになる。かなめちゃんはというと、そよぎちゃんとひよこちゃんに引きずられていった。何でも、お泊り会をするのだそうだ。……羨ましい。あかねちゃんの大型二輪はいちごちゃんを送るというので違う道へ行き、ローブレを履いたわたしを引きずるのは先輩である。提げているカゴに残っているのは、たった三つずつのお菓子だった。
「残ったのはそんだけか」 「はいっ。頑張りましたよー、死守するの。……えへへ。これ、おばさまと、おじさまと、おねえさんの分です」 「オレのは?」 「え?だって先輩、さっきあんなに食べてたじゃ──」 「トリックオアトリート」 「──ないですか──……」 「それ、くれ」 「だっ、ダメです!これはっ、おねえさん達のっ……」 「じゃーイタズラじゃん?」 「え」
半月と街灯の光ではっきりと見えたのは、とても嬉しそうに笑う先輩のカオ。にんまりと見下ろされる中、まさかあんなに必死について来たのって、武蔵野でもいくちゃんの家でもあんなにがっついていたのって、わたしのカゴからお菓子がなくなるのを狙っていたりしていたのではないだろうか。おばさまとおじさまとおねえさんの分のお菓子がみっつ。お菓子がなけりゃー悪戯するぞ、と言う人ひとり。わたしはどちらを優先するべきなのだろうか、と、たくましい両腕から逃れる術を必死に考えているわたしのハロウィンは、まだあと3時間も残っている。
さいごは悪戯されるのね
(2009/10/31)
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