いそげいそげー!とフルフェイスメットから声が漏れる。西浦の第2グラウンドから、颯爽とバイクにまたがったあかねちゃんの後ろにひっついて同じメットをすると、あかねちゃんは慣れた手さばきでハンドルを操作していく。顔には当たらないものの、魔女のコスチュームで腕や太股など露出している部分には容赦なく風がびしばしと当たってくる。というかあかねちゃん、免許だけじゃあきたらず、愛車まで持っていたとは驚きじゃ。「あたしねー、いつかバイクでヨーロッパ大陸をお菓子食べ歩きの旅するのが夢なの!」夢みる女の子は、すごい。あかねちゃんは限界を知らなかった。そんな感じで、向き合わないまま会話を続けること20分。そろそろあちらの練習も終わる頃だ、と近くの駐輪スペースに愛車を停めてあかねちゃんが「着いたよ」と笑う。格好良かった。
「勝手に入っていんだっけ?」 「うーうん。あのね、このガッコはね、風紀がとっても厳しいんだ。だからとりあえずここで出てくるのを待った方がいいかなっ」 「あーそ。じゃ斑、メールでも打っときな?」 「うん。そうするー」
ポケットから携帯を出して、『今日は何の日?校門のところに魔女がやって来ました』と打つ。隣で覗き込んできたあかねちゃんが「もっとデコろーぜ」と記号や絵文字で装飾して、それをそのまま送信した。もう空が暗くなってしまっている。ここのグラウンドならナイターついているんだろうな。うちにもあったら、今の時間までちゃんとグラウンドで練習出来るのになあ、と、考えながら頭の端っこで照明の回線の配列と構造を組み立ててしまっているわたしを、「相変わらず頭んナカ謎よねー」頭をぺしぺししてくるあかねちゃん。夏大に向けての練習では日が落ちるのが遅かったにも関わらず最終9時までグラウンドにいることが出来なかったので考えているのだけれど。
「んー……作っちゃおっかな……」 「こわいわ」
と。そんな話のすぐ後に、「──斑ー……!」と、微かに聞こえてきた声。校門の柱のところに背中を預けていたわたし達は、敷地内へと目を向ける。「あ。あの子が?」あかねちゃんが、どんどん近付いてくる男の子の姿を指差す。わたしは強く頷いた。遠くからでも、よく目立つ。
「斑じゃあん!どーしたのこんなとこに!メールわけわかんない!遠かったでしょお!?隣の子ダレェ!?っていうか魔女!カワイー!」
利央くんだった。部活上がりで疲れているだろうに全速力で走ってきてくれたらしい利央くんはしかし素晴らしい肺活量によって、わたしに言葉を挟む余地を与えないまま一息に喋り、最終的にはコスチュームを褒めてくれた。「おーい!りおー!」と、遠くから聞こえるのは和己さんの声だ。利央くんがすごく聞きたそうなカオをしていたけれど、どうせならと和己さんが来るのを待った。利央くんを追ってきたのは、和己さんだけでなく、隣には慎吾さんもいた。
「お。斑ちゃんじゃん」 「なんだよ利央ー、ちゃんとオレらにも知らせろよー」 「やだ!斑はオレにメールしたんだもんねェー」
利央くんの首に腕を巻き付けて絡む慎吾さんと、準太も呼んだろ……と携帯を出す和己さん。やっぱり桐青野球部は仲良しさんだなあと笑ってしまう。西浦の皆さんも仲が良いけれど、全員が一年生同士だからというので頷けるところもあって。こちらは先輩後輩関係があるのにアットホームな感じで、なんだか家族みたいだ。聞くところによると和己さんと慎吾さん、夏大を境に引退したものの後輩指導ということで、受験勉強に学校へ来たついでで顔を出していたらしい。お宅まで伺うか呼び出すかしなくちゃいけないと思っていたので、ラッキーだとあかねちゃんと頷き合う。と、あかねちゃんの存在に(やっと)気付いた慎吾さんが、あかねちゃんをじっと見つめた。
「斑ちゃん。隣の可愛い魔女は?」 「あかねちゃんです!」 「あかねちゃん?」 「ああ、斑がよく写メ送ってくれるお菓子作ってる子だァ」 「ああ、パティシエの子!」 「……斑。なんであたしの話出してんのー……」
あたしのお菓子なんてまだまだなのに、パティシエの子、って……。恥ずかしそうにするあかねちゃんに、胸がときめいた。「だってあかねちゃんのお菓子はとってもおいしいんだもん」と答えると、はにかんで笑った。キュン。隣を見ると、慎吾さんが「いーねえ女の子同士の友情は」とにやける。
「ところでその斑ちゃんとアカネちゃん。そんなカワイーカッコでどーしたの」 「それはですね慎吾さんっ。今日はめでたいハロウィンなのでっっす!」 「ハロウィン?ああ、かぼちゃの日」 「あかねちゃんがお菓子作ってて。それでわたしも作って皆さんに、日頃のお礼の気持ちで、食べてもらいたいなって……」 「あたしと渡して回ってんすよ」 「そーなのか。わざわざありがとな」 「お菓子ほしいィー!」
校門で盛り上がっていると、準太さんが歩いてやって来たので同じ説明をしてあかねちゃんを紹介して。それでやっと、お菓子タイムである。
「じゃあオレからな。斑ちゃんとアカネちゃん。トリック・オア・トリート!」 「はい、和己さんっ!これ、わたしの作ったかぼちゃクッキーと、プリンです!」 「パイはあたしが作ったんですけど、よかったらドゾ」 「お。ありがとう!」
しっかり者のあかねちゃんと、優しくて頼りになる和己さん。うん、和む。一つずつ包装しているものを小さな紙袋にまとめて、和己さんに手渡すと、大きくて熱い手の平で頭を撫でてくれた。あかねちゃんもポンポンとされて、ビックリした様子だったけれど、そのあと嬉しそうに目を細めていた。更に、カバンからキャンディを出して、一人二つもくれた。これじゃあ悪戯するわけにはいかない、とニッコリ。
「じゃあ次はオレえ──」 「バッカ利央、ここは年功序列だろー?オレの番ー!斑ちゃん!トリック・オア・トリート」 「はいっ!悪戯されるのが嫌なのでお菓子をどうぞっ!」 「え、オレだけそんな理由?」 「斑斑。この慎吾さんって人が、よく言ってた女の子好きの人?」 「斑ちゃん!?」
もちろん、コレはその場のノリであって慎吾さんにはいつも遊んでくれてありがとうと、お菓子をお渡しした。慎吾さんは「オレこそ勉強教わってっし」と苦笑する。和己さんと慎吾さんは高校3年生というわけで、もうすぐ冬になる今の時期は勉学に忙しく、わたしもお手伝いをさせてもらっているのだった。
「斑ちゃん」 「はい?」 「これからも末永いお付き合いを」
よろしくね。 「あ」「あ」「あ」「あ」 と。 ちゅう。 きゃー。
「コホン。じゃ、次。トリック・オア・トリート」 「はい準太さんっ!お菓子をどうぞ!」 「サンキュ!オレもお菓子今ちょっとないから……慎吾さんみたいに頬にキスした方がいい?」 「…………!」 「ん?」 「いーなー斑。聖が聞いたら卒倒するって。フラッシュ焚きまくり」 「え。あの子も知ってんすか?」 「あの子も友達なんすよー」
キリスト教の学校のスキンシップのノリにイマイチついていけないわたしを追いて、あかねちゃんは準太さんにお菓子をあげる。わたしも渡すと、「じゃーどーぞ、イタズラ」と言われたので、脇をくすぐってみた。ポーカーフェイスが崩れて、腹よじれる!といつもとは比べものにならない程爆笑する準太さんはとても珍しいので、ひじりちゃんじゃなくても、写真を撮っておけば良かったと思った。
「ねーオレ、待ちくたびれるよォ」 「ごめんね利央くんっ!お腹空いたよねっ?」
「いーけどオレにもアレゆってェ」と頬を膨らませる利央くんはとてもとても可愛らしい。あかねちゃんも思わず頬を弛めていて、声を合わせてお菓子か悪戯かを聞けば、わたし達の手に転がり込んできたのはチェルシー。「ばあちゃんが、今日は身につけとけって言ってたんだァ。夢で!」ニッコリと満足げな利央くん。そして次に聞こえてくるのは。
「トリック・オア・トリート!」
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