「おーい!そこの可愛いマネジちゃん!」 「千代ちゃーん!あかねちゃんが呼んでるよーっ?」 「……そんなところも好き!」
あかねちゃんに背中を向けて、ベンチの方で仕事をしている千代ちゃんを呼ぶと、後ろから抱き着かれた。というか、タックルされたような……。夕方、部活でバテバテになったわたしが千代ちゃんの笑顔とドリンクで元気を取り戻していると、ばるんばるんばるん、とエンジンの音が金網の外から聞こえてきたので、わたしは側に寄っていったのだ。フルフェイスのヘルメットはやっぱりあかねちゃんで、そしてあかねちゃんは着ていたロングコートをバッと脱ぐと、それはそれは可愛らしい魔女のコスチュームを身にまとっていた。見とれた。「ほら、あんたの分の着替えと、作ったお菓子。それと練習おつ。これでも食べて回復しなサイ」と、口に突っ込まれたのは舌にあたる甘い、ひらべったい、
「ロリポップだあ!」 「これ作んの大変だったよねー。おら、着替えてきな。待っててあげるから」 「はーいっ!みなさーん!練習お疲れさまです!まだ帰っちゃだめです!待機して下さい!」
ベンチは部員さん達が和気あいあいとだべっている。わたしはそう声をかけて、あかねちゃんに渡されたコスチュームを抱えて、ベンチの中からは見えない壁の裏側に回ってそれに着替えた。脱いで着替えて、25秒。「あれー相内、またそんなトコで着替えて」皆さんがベンチから出てくれないから。「外から見えんだろおが!」今はあかねちゃんしかいない!驚異の自己新記録でコスチュームを身にまとったわたしは、やいやい言っている部員さん達の前に、ピュッと登場した。あかねちゃんも、お菓子のカゴを持っていそいそとやってきた。
「あれ。相内、制服じゃないね」 「コスプレじゃん!」 「魔女だー!」 「わーっ!河野さんも可愛いね!」 「ありがと篠岡さん」 「あっ、そうか。今日ハロウィン!」 「お菓子!?え、お菓子あんの!?」 「か、ぼちゃ、お、オレ……た、べ」
「はーい。今日という素晴らしき日ハロウィン。こうしてカワイー魔女っ子ふたりは手作りのお菓子をたんまり用意してきたわけだけど別に毒など入ってないよ。惚れ薬はほんのひと滴。食べたら河野印の虜になるかもね。さあさあみんな、ハロウィンの日には、なんて言うのかなー?」
トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃ悪戯すっぞ!
「うんめっ」 「このパイおいしー!」 「カントクさん、トリック・オア・トリート」 「はい茜ちゃん。チョコよ」 「はーい。斑、カントクさんにお菓子あげて」 「はい、どうぞっ!」 「じゃー次……あれえ篠岡チャンだめじゃーん。ちゃんとお菓子もってないと……斑!」 「おしおきじゃーあ」 「え、あ……っあははははははっ!あははっ!あははははは!あははっ!あっ!あははははははっ!あはははははっ!」 「くすぐりの刑じゃーあ」 「はい次花井ねー」 「お前らは悪魔だーっ!」 「あははははははははっ!」
何らかのお菓子を持っていてくすぐりの刑を免れた人。何も持って来ていなくて笑い死に一歩手前にされた人。そして持って来てはいたもののもう食べちゃって笑い死に一歩手前にされた人など。監督さんはサスガ。お菓子をくれたのである。しかも、チョコレート。くすぐりの刑に処された人には、パンプキンマフィンをプレゼントしている。お菓子をくれた監督と西広くんと栄口くんにはパイだ。実に愉快げに花井くんにこちょこちょをするあかねちゃんを微笑ましく見ていたわたし。ちょいちょい、と肩を指で叩かれて、振り向いたら阿部くんだった。
「オレにもくれ」 「あ、うんっ。トリック・オア・トリート!阿部くん、お菓子あるっ?」 「ねえ。マフィンくれ」 「その前にいたずらじゃーあ」 「いっけど、オレ脇きかねんだって」 「えーっ!?」 「あ。僕もワキきかないよ。でもお菓子ないんだ。先生だから」 「えーっ!?」 「オレも。くすぐりきかない」 「えーっ!?」
阿部くんと志賀先生と巣山くん。異常にタフガイな神経をお持ちだった。「へっ」と意地悪く笑った阿部くん。わたしが提げているカゴからマフィンの袋をひょいっとつかもうと手を伸ばす。
「ていやっ!」 「ぶっ……」
ぱあん、と両手を鳴らした。阿部くんの目の前で。「あ!相内猫だまし!」と誰かが言った。
「てっ、テンメ……」 「い、いたずら、だ、だもんっ……あ、はい、マフィン」 「……お前なあ」 「どうぞどうぞ」 「…………」
さすがに猫だましはもう通用しないので、志賀先生と巣山くんにはそれぞれデコピンを一回ずつあかねちゃんとして、また配っていく。泉くんはわたしがたんまりとお菓子を持っているのを見てものすごく恨みがましい目を向けてきたのでパパッと手渡して三橋くんに移った。
「お、れ、今日、アメも、って、る!」 「わあ、セーフだねっ!デコピンはなしでーす!」 「はい三橋君、パンプキンパイ」 「あっ、か、河野、さん、相内さ、ん!あ、りがと、お!」
ニコオッと笑顔を見せてくれた三橋くんに、おいしそうにがっついてくれる部員さん達に、娘に見せようと写メっている志賀先生に、かわいーっとはしゃいでくれる千代ちゃんと監督さんに、わたしとあかねちゃんは顔を見合わせて、微笑み合った。
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