はじまりは、シャーペン一本をたまたま忘れて来てしまったのが偶然にも高校入試の当日だったことだと思う。その時オレはすごく困っていて、せっかくニガテな勉強も大好きな家族のため、新たな野球生活のために頑張ってきたっていうのに、それがたったシャーペンの一本でまったくの台無しになってしまうのかとか、そんなことを考えながら、同じ試験会場の教室にいるヤツとかに、シャーペン余分に持っているかどうか、よかったら貸してくれないかと聞いて回ってみたものの、あんまり色のいい返事がない。それは単純にシャーペンを一本しか持って来ていなかった、って理由よりもむしろ、これで一人ライバルが消えて自分が受かる確立が高くなった、っていう理由からくるものが多いはずだとオレはおもう。そりゃあこんな大事な日にシャーペン忘れてくるオレが悪いんだけど、みんなだって必死なんだろうけど、そういう反応が当然なんだろうけど、なんだかオレは無性に悲しくなってきて、大人しく自分の受験番号が貼られた机に着席して、うつむいた。こんなことならどうせチャリ1分の距離だ、早いこと家まで取りに帰ればよかったのに、それか他のクラスで受験する同じ中学のヤツとかに借りに行けばよかったのに、もうすぐ試験監督の先生が教室に入ってくる時間になっていた。と思ったら先生が入って来た。教壇に立って、出欠確認を始めている。どーしよお……オレ、滑り止めの私立なんて受けなかったし、ここ落ちたら、行くトコ……甲子園……、
「すみませんっ!」
と。 バァン!と、けたたましい音と同時に開いた扉は勢いがよすぎたみたいでちょっと戻ったらしく、その子は慌てたように右手で扉を抑えながら「で、電車が遅れましたっ!」と言った。チョコレート色の髪の毛をした、ちょっと可愛い感じの、セーラー服の女の子。その後ろには金髪で青い目をした同じ格好の女の子が何も言わずに立っていて、監督の先生が呆れたように「早く席に着きなさい」と言ったのを聞いて、その2人は中に入って席に着いた。っていうか茶髪の女の子は後ろの席だった。息を切らしてコートとマフラーを取った女の子を見ていると、「机の上は受験票と筆記具、眼鏡と時計のみにして下さい」オレはハッとした。急いで後ろの子の肩を叩いた。
「なあっ!シャーペン2本持ってねえ!?ほんと悪いんだけど、鉛筆でもいーんだ!貸してくんないかなっ!」 「え、ええええと、シャーペン、シャーペン、鉛筆……あ、3本ある……」 「お願い!」 「あ、えと、はい、なら、どうぞ……」
……貸してくれた! 手渡された女の子らしいピンクのシャーペンを握ると急に、今まで焦った分どっと安心して、ちょっと泣きそうになった。なんて優しいんだろう。天使に見えた。その女の子の隣の金髪の子が「ほっとけば良かったのに……」と呟いていた。うん、普通はそうなんだろーなあ。もう後期だし、後がないわけなんだし。「今から問題用紙と、解答用紙を配布します」試験官が教室内をゆっくりと歩き回る中、オレはこそっと女の子に話しかけた。
「なあ、ホントありがとな」 「う、うんっ、あの、他は、け、けし、消しゴムとか、大丈夫……?貸さなくてもいい?ちぎるよっ」 「ダイジョーブ!忘れたのシャーペンだけ!」 「あ、そ、そっか、良かった、ね」
この子もよっぽど緊張してんのかなあ、と思わせるような喋り方だったけど、ちょっとでもその子が緊張しなくなればいいなあ、と思って、ニヒ!と笑いたら、その子も「いひ……?」ちょっとだけ笑った。オレはすごく嬉しくなって、試験が始まる直前に、こっそりと後ろの子の受験票を覗いて名前を刻み込んだのだった。
「田島くんっ!あのこれ、ね、お誕生日の、ひじりちゃんとしころちゃんとそよぎちゃんと、作ったよっ。ケーキ、良かったら、食べてほしいなあっ」 「おー!チョコだ!」 「が、ガナッシュなんだよっ」 「うまそう!ありがとー!」
差し出された箱を受け取ってすぐ机に置いて開けて中に入ってたプラスチックのフォークを握って手を合わせて、まんまるいケーキを一口食べる。「早いねー」笑いながらカメラを構える園田にはピースを、自分の席からめんどくさそうにこっちを見てる霞野には大きく手を振って、すぐ横からこっそりケーキを食べようとする小雀にはブロックを、
「……田島くん。わたしこそ、ありがとう、ねっ」 「ん?」 「野球部に……あの時マネージャーに、いっぱい誘ってくれて。わたし、今ね、すごく楽しいから、それ、田島くんのおかげだから」
で。今はもうセーラー服を着ていない、あの時の女の子には、とびっきりの緩んだ笑顔を!
「オレも楽しい!」
それにうまい!と声を上げると、やっぱりきみは可愛く笑うから。
田島くんの生誕をこっそりと祝う教室での話
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