「あれ?そういえば、今日はしんごさんだけです?」 「どーもー」 「利央くんは?」 「トイレ」 「準太さんは?」 「便所」 「和己さんは?」 「ウォシュレット」
きょとん、と首を傾げる斑ちゃんにそう答えると、斑ちゃんは「あはっ!最後のちがいますよー!」それに全部お手洗いですかっ?とおかしそうに笑った。今のオレの答えが全部冗談だっていう話の流れだっていうのにこの子は一笑いですっかりはぐらかされてしまって、疑問なんて始めから何もなかったかのように、「これおいしいですねー」自分の髪と同じ色をしたチョコレートがたっぷりかかったパフェを一口、スプーンで掬った。ていうかトイレっつーと途中で席を立ったことを指すわけで、今日の待ち合わせで始めからいなかったあいつらについての説明として不十分だということにまるで気付いていない斑ちゃん。知能はあるのに、思考は幼いというか。鈍いというか。可愛いなー、とか思いながら頼んだコーヒーを飲むと「うわっ!ブラックで飲んでるっ!すごっ!」とか言う。うん可愛い。
「それにしてもまさか、慎吾さんがこんな可愛い感じのお店知ってるなんて驚きましたー」 「そ?クラスメートが雑誌読んでてさ」 「女の子です?」 「まさか。男だよ男。今度初デートするんだっつって必死でプラン考えてんの」 「ほへー……」
スプーンをくわえたまま感心の声を上げる斑ちゃん。うん、嘘だけど。クラスの女子が見せびらかしてきて、暗に連れてってほしいなー、という顔をしてただけだけど。こうやってやたらとどうでもいいところでつい嘘を吐いてしまうのは多分、斑ちゃんが何でもかんでも信じちゃうからだ。それが面白くて、今日はもう既に10以上も小さな嘘や冗談を口にしてしまっていた。
「ついでに斑ちゃんは初デート、どんな感じだった?」 「ん?デート?」 「そう。したことあるでしょ」 「えー、そんなの、ないですよ」 「え、ないの?マジで?」
驚き。 まあウブそうだけど。
「無理ですよ、わたしにはっ。ずっと男の子と2人っきりだなんて、そんな」 「……………」
オレは男の子には入らないらしかった。……なんだかなー……。年かな。2歳上って、女子高生からしてみればもう立派におじさんなのだろうか。あ、じゃあ和己もアウトか。準太はどうだろう。利央はタメだからなー。オレよかタッパあるくせに。ムカつくから明日蹴っとこ。
「そーいう慎吾さんこそ女の子はべらして素敵な笑顔を浮かべていそうですー」 「アララ。それ誰の吹き込み?」 「利央くん」
よし、やっぱり蹴ろう。 斑ちゃんの見事な吹き込まれように苦笑して、気にせずに次々とパフェを減らしていく斑ちゃんの行く末がちょっと心配。こんなに騙され易くて、この先大丈夫なのかこの子。クリームとチョコシロップに埋まっていたバナナを掬って食べて、幸せそうに笑っている。そんな斑ちゃんの姿を見ているこっちとしては、
「……斑ちゃん」 「はい?」 「彼氏つくんなきゃ駄目だよ」 「はいっ!?」 「お。真っ赤」 「なんでいきなりそんなっ!わたし達は只今、文化祭でクラス演劇をやる意義についての討論をしていた筈ではっ!」 「うん。してないしね」 「はう……」 「からかいじゃなくてさ、ホント。西浦にいねーんだったら利央とか準太とか誰でもいーけど、外敵から守ってくれる誰か見つけた方がいいって話」 「外敵ですか?」 「外敵ですよ。斑ちゃん弱っちそーだし。なんか、つついたら倒れそう」 「突いたらでなく、衝いたらでもなく、つついたらですか……」
どんだけ弱っちいんですか、と苦笑の斑ちゃん。チョコクリームパフェをさもこの世の天国とでもいう風に食すきみを見ていると、どうしてもそう思っちゃうんだから仕方がない。ちなみに斑ちゃんのパフェはもう底が見えてきていた。
「……いっそのこと、その役は慎吾さんがやってあげてもいいんだけどなー」 「はい?」 「彼氏の話」 「はい?」 「スミマセン軽口デシタ」 「はいー」
スプーンをくわえて、斑ちゃんはうんうんと頷いた。きっぱりと拒否られた。ああ悲しいなぁ。そしらぬ顔で「慎吾さんは何か甘いものを口にされないんですか?」と聞いてくるので「慎吾さん、甘いモンはかわいい女の子の手作りしか食べらんないの」そう返したら不審の目で見られた。
「あ。でもお友達に、すっごくお菓子作りの上手な子がいますよっ!」 「へーえ。かわいい?」 「駄目です!あかねちゃんは渡さない!ちなみにかわいいよりもキレイ!」 「教えてくれてんじゃん」 「えへ。自慢のお友達ですっ。ちゃーんと将来に夢ももっていて、それに向かって頑張ってる子ですからね」 「ふーん。斑チャンはそーゆーのないの?」 「ふーん?」 「夢とか、就きたい職業とか」 「夢ですか……うーん……えっと……」 「え、悩まなくても」 「…………うーん」
ないのか…………。 いつの間にか空になったパフェのカップにスプーンを落とし、腕を組んで考え込む斑ちゃん。「一生、遊んで暮らしたいですね」この子には、夢も希望もなかった。
「ちなみに慎吾さんの夢は?」 「オレ?あー、なんだろ、白馬の王子様あたりピッタリじゃね?」 「……いやらしい!」 「え、どこが?」
斑ちゃんは、たまにわけわかんないこと言う。……は、おいといて。
「王子様は冗談だけどさ、とりあえずオレの目標は甲子園かな」 「甲子園ですか」 「うん。今は、あいつらとやる野球が、楽しくてなんねーからね」 「……わたしも、今が楽しいです」 「そか。んじゃ、お互いに頑張んなきゃだね」 「はいっ!」
と、笑い合ったところで、携帯の振動音が耳に入る。オレの鞄の中からで、着信。あ、利央からじゃん、と呟くと途端に顔を輝かせる斑ちゃん。あー、なんか同類っぽいもんなあ。森のお友達、みたいな。斑ちゃんは利央のこと犬とかタンポポとか色々言ってるけど、斑ちゃんだって大概似たようなもんだとオレは思う。そういえばこの前和己は斑ちゃんが妹みたいで可愛いとか言ってたなー……。しつこく震え続ける携帯を手に取って、通話を押した。
「ちース」 「慎吾サン!一人だけ斑と会ってんでしょお!どうして言ってくんなかったんすかぁ」 「いやー、だってお前らいたら斑ちゃんあんまオレとお喋りしてくんねーし」 「準サンも怒ってますよォ……」 「お前らは練習しとけ、下手どもめ」 「下手ってヒドッ!今日はミーティングだけじゃんすかァ!」 「なら勉強をしろ、馬鹿どもめ」 「むっ!慎吾サンだって人のコト言えないくせにィ……」 「ハイハイハイハイ。じゃーな」
通話を切った。明日あたり3人から怒られそうだなーとか思いつつ、首を傾げる斑ちゃんにニッコリ笑いかければ斑ちゃんは更に訳の分からなさそうな顔をした。
「利央くん、何だったんです?」 「さーね。アホの考えてることは、オレにはよく分かんねーや」 「ふうん?」
うん。 今はわからなくていい。 もう少しこのまま、 ただ純粋に笑うこの子だけで。
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