キョロキョロと、落ち着かない様子の先輩は水とメニューを持って来てくれたウェイトレスのおねえさんにぎこちなくお礼を言って、それからぎこちなくアイスコーヒーだけを注文した。この自由きままで我の強い先輩に紳士な振る舞いなんて今までこうして顔を付き合わせてきた中で一度も期待したことがないので、わたしはわたしでアップルティーとミルフィーユをおねえさんに頼む。かしこまりました、とおねえさんは頷いて、それからもう一度先輩の方を向いて、「ケーキはご注文されませんか?」そうにこやかな営業スマイルで尋ねてきたようで、いまだにそわそわしている先輩は戸惑った表情でわたしを見てきた。えええええ、対応わたしですか?
「そちらのお客様とダブルケーキセットになさいますと、その分ドリンクの方がお徳になりますが」 「え、あー……オイ」 「…………じゃあそれでお願いします。ケーキはあまり甘くない、さっぱりしたものありますか?」 「それですと、こちらのスフレチーズケーキはいかがでしょう」 「それにします」 「かしこまりました。ご注文を繰り返します。ケーキセットのダブルがお一つ、ミルフィーユとチーズスフレ、ドリンクはアイスコーヒーとアップルティー。以上でよろしいでしょうか?」 「はい」 「それでは、しばらくお待ち下さい」
にっこり。と、綺麗なおねえさんは軽く礼をして戻って行った。それを確認してから先輩は大きく深めの溜め息を吐く。……………。まあ、先輩の気持ちも、考えてみればわからなくもないけれど。
「先輩、焦りすぎですよ」 「っせーな、しゃーねーだろ。こんな、いかにも女子の店なんて来たことねえんだしよ」 「女子って……ただの喫茶店ですよ」 「知るか!」 「それにしても、混んでますねぇ。やっぱり、雑誌に載るだけあって、有名なんですねここっ。座れてよかったですー」 「ったく……このオレを、こんなとこに付き合わせやがって」 「ええー……」
先輩はウェイトレスさんがいなくなった途端、おしゃれな椅子の背もたれに両肘を預けて、今にもぎこぎこ遊び出しそうな気配である。学校や自宅の備品ではないのだから咎めたいのは山々だけれど、多分、言っても聞いてはもらえないだろうしなあ……。まあさっきのおねえさんが来たら自然にやめるかな、と思って、グラスの水を一口含んだ。
「ここのスフレ、すっごくおいしいらしいんですよ。限定ものですし、先輩はラッキーですねっ」 「あ?ならお前頼めばよかったじゃん」 「ミルフィーユはもっと人気なんです。スフレは2番目ですね」 「…………そうかよ」
「ほんとに甘いもん好きだなおめーは」先輩は普段通りの偉そうな顔と口調と台詞で、はん、と鼻を鳴らす。どうやら多少は余裕を取り戻したらしくて、おしぼりで手も拭いていた。おお、すごい。いかにも、そのままがっつきそうなのに。ちょっと感心しながら、「でも、いいんですか?」と話を振ってみた。
「何がだよ」 「わたしのケーキ巡りに付き合ってもらっちゃって、ってことですよ。……だって先輩、忙しいじゃないですか」 「別に。部活は休みだし」 「それは試験期間だからじゃないですか。テスト勉強で忙しいんじゃないかってことですっ」 「……あ、そっちね……」 「勉強ははかどっていますか?」 「……………」
あれれ。
「……今日、この後もお時間いただけます?」 「……おー」
先輩は力なく返答した。 相変わらずの勉強嫌いに苦笑しているとドリンクとケーキを持ったおねえさんが戻ってきて、「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ!」とまた消えていく。わたしはアップル茶を一口飲んでから、フォークを握った。先輩はというとおねえさんの唐突な登場にいささかビビりながらもいなくなった後はやっぱり偉そうにアイスコーヒーを飲んで「まあまあだな」批評していた。わあ、先輩は今日も偉そうだなあ。さくり、と、評判のミルフィーユはおいしい。バターの香りと食感に大満足でたいらげていくと先輩がいきなり吹き出した。「にやけまくりだ、顔」
「……にしても。それ──紅茶か?お前砂糖とか入れねーのな」 「最初の一杯は何も入れないって決めてるんです。ケーキの甘さだけで調整する感じですねっ」 「ふーん」
ふーん、と相槌を打ちながら、先輩は砂糖瓶からひとつ、角砂糖を手でつまんでわたしのカップに入れた。ちゃぷん、と、音がする。ティースプーンでかき混ぜると溶けていく。……ていうか。
「……先輩、わたしの話、」 「きーてたけど?」 「そうですか……」
聞いていた上でこれか。 ちゃぷり、とまた音がする。 きこきこきこ、と、 カップの底をひっかくような音。
「お前って甘党だろ?」 「あ、はい。でもお茶はちょっと苦みあるくらいがちょうど好きで。だからそれくらいでいいですよっ」 「おう」
おう、 と、言いながら。 ちゃぷん。 きこきこきこ。
「……先輩。人の話、」 「きーてるって」 「そうですよねー……」
ちゃぷん。 きこきこきこ。 ちゃぷん。 きこきこきこ。 ちゃぷん、 ちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷん、
「……………」 「んー……もーちょい」 「いやいやいや」
きこきこきこきこきこ。 ちゃぷんちゃぷん、
「もーちょい──」 「糖尿なりますからっ!」
ちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷんちゃぷん、
「……これをわたしに飲めと?」 「おー。飲め飲め」 「いじめですか?」
きこきこ、と、相変わらずひっかくようにして砂糖とお茶をかきまぜる先輩は「どんだけ入っててもちゃんと溶けるもんなんだなー」と感心していた。どうやら相変わらず、わたしに発言権はないらしい。
「これ飲んでさ、もっと甘くなっちまえよ。そんで限界にまでうまくなって、そんときオレが、丸ごとお前を食ってやる」
どうやら拒否権もないらしい。
お砂糖づけのマイハニー
(舌なめずりされる日々。)
提出:ミルクティーさま
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