振り連載 | ナノ



 榛名先輩おめでとう!



朝、起きて軽いストレッチを終えてリビングへ向かうと母さんがいつものように弁当と朝飯を作るのに台所のあちこちをせわしなく動き回っているのが見えたから軽い感謝をしつつもおはようと挨拶だけしてテーブルに朝飯が出てくるのを待とうと背中を向けた時だった。「おはよう元希。17才おめでとう」お玉を手にしてにっこりと笑う母親はいつもより綺麗に見えた。朝練。普段の時間通りにグラウンドへ向かうと珍しくオレは一番乗りではなくて、3年生も秋丸も1年も勢ぞろいで、これは珍しいどころか天変地異だと思いつつ、ちわっすと言ってランニングからいつものトレーニングを始めようとすると。ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱーんっ!そんな音がして反射で肩を震わせると、頭や肩の上にふわっと乗っかってきたのが、赤とか青とか黄色とか、そんなカラフルな長細い紙くず。首を傾げるといつの間にか部員がこのベンチ脇に集まって笑顔でこっちを見ていた。「誕生日おめでとう!」大勢の男+女子マネ一人が声を揃えてそんなことを言う。気恥ずかしくて1年に「何タメきいてんだ、こら」とつっかかると秋丸にからかわれた。朝から夕方。教室では仲の良いクラスメート(男子)に祝われプレゼント代わりにパンとかガムとか飲みモンとかを奢ってもらえて得した気分を味わいつつも別に仲も良くないクラスメート(女子)にプレゼントを手渡されて得した気分を味わいつつ、別のクラスからやって来たらしい女子にもプレゼントを渡されたことはちょっと不気味に感じたりで、それでも得した気分だった。

それで、夜。

「あ、先輩。そこ違います。ちゃんと公式を使ってください」
「……お前は何か、ねーのかよ」
「はい?」

目の前の小さいのは首を傾げた。ったく、はい?じゃ、ねーっての。背が低いヤツは座高も低いので必然的につむじまで見える高さからこいつを見下ろすことになるのだが、伊達眼鏡のレンズ越しに見上げてくるこいつがなんかムカつく。そのチョコレート色の髪から匂うチョコレートの匂いもムカつく。噛みついてやろうか。食欲そそんなコノヤロウ。イライラしながら「だから、オレ、今日誕生日だっつってんじゃん」と唸れば、だから何ですか?とでも言わんばかりの表情で、

「でも、今日からテストが始まりました。今するべき事は赤点回避ですよね?」
「別にいーだろ、ちょっと遊ぶぐらい」
「わたしからのプレゼントは、明日の試験で満点を取れることだと思ってくだされば、夜通し付き合いますよっ?」
「……………」

それはどうなんだろう、
と、
オレ。
情けない。
考えるな。
……迷うんじゃない!

「…………貫徹は健康に悪い」
「あ、そうでしたね。ううん……じゃあ、そうですね……今月の月謝をサービスするということでどうですか?」
「それ、得すんの母さんだけだから」
「うーん。でもとにかく、時間は割けませんよ?今大事なのは、先輩の明日の試験結果が災害にならないことなんです!」
「つまり、オレの誕生日はどうでもいいことだ、と?」
「そ、そんなこと────」

「そんなこと、言ってないですけど……」と、見上げるのを止めて、今度はうなだれる。床のカーペットをじーっと見つめているらしく、声だけだって、こいつが捨て犬みたいな目をしているんだってことがわかった。多分、オレが気分を害したと思ってるんだろう。傷付けたと思ってるんだろう。いや害しているけど、それは別にこいつが悪いってわけじゃなく────わかってる。こいつはただ、オレが赤点を取らないように、頑張ってくれてるだけだってことは、言われなくても、わかってるのに。けど、だからといって『明日はテストですから』と、勉強だけっつーのも、なんか。オレが可哀想っていうか、憐れだ。これじゃあ、何のために今日を、バイトの日にさせたんだか……。だから──

「…………一言」

呟くと、パッと顔を上げる。
その表情は予想通り、情けないものだったから。

「……別に、プレゼントとかいらねーし」
「…………はい」
「一言、祝ってくれれば」
「────え」

それまで泣きそうになっていた、相手の立場になって考え過ぎる癖に、他人の気持ちにだけは疎いこいつの、潤んだ目が更に大きくなる。……プレゼントなら腐るほど貰ったし、それだけ貰えれば、オレはそれでいーから。そこまで言い切って目を合わせると、下がってた眉が更に下がって、でも頬はゆるんでる。オレも、ゆるむ。情けないぐらいに。

「お誕生日、おめでとうございます」

榛名先輩の生誕をこっそりと祝う夜の巻

………………まあ。
オレの言動に一挙一動、
一喜一憂していられる今のところは、
これで勘弁してやろうじゃないか。