振り連載 | ナノ



 015



「……で。決まったんだろ?」
「はい」
「なんで戻んねんだよ」
「はあ。あのですね、実は……」
「ん?」
「き、気まずい……」
「…………。アホ」

ええどんな罵りも今は甘んじて受け入れましょうとも!と叫びたくなるぐらい、気まずかった。どうしよう。5回戦。試合。行きたい。というか戻りたい。野球したい。でも落ち着いてよーく思い出してみよう。わたしのこの数日間を。監督さんに怒鳴り、八つ当たり、勝手に通話を切り、先輩の家に逃げ込み、携帯を手放し、家に帰らず、連絡手段をシャットアウト、人づてに退部届けを提出し、それはビリビリにされたらしいけど、そして退部扱いになっていなくても連日サボリ扱いだろう恐らく。この、大事な時期に。マネージャーであるわたしが。先輩はそんなわたしを相変わらずバカにしたような表情で見下し、そして不思議そうなカオをした。わたしはそれを不思議に思いながら、お財布の中身を確認する。ひいふうみいよ、五人はいるかな……。

「足りるかなあ」
「諭吉が五人もいて足りないってどんだけだよ。ウチ来て宮下先輩の手伝いするだけだろ。あ、何か奢ってくれんの」
「はい?あ、違います違います。今日はおねえさんとショッピングに行くんです」
「はあ?え、じゃあオレの勇姿は?」
「大丈夫。先輩はいつもかっこいいですから」
「ふっ、ふざけんな!そんなテキトーなこと言ったって、だ、騙されねーぞ!」
「え、ツンデレ?」

先輩とのわけわからん問答に時間をくっていると、リビングにいるおねえさんから声がかかる。「斑ちゃーん、準備出来たー?」はあい、と返事をして部屋から出ようとすると、扉を開けようと完全に背中を向けたわたしの頭に何か固いものが当たって、落ちた。ゴン、ゴン、と二回、鈍い音が響く。一体先輩に何を投げ付けられたんだろうと振り向いて床を見ると、わたしの黄色い携帯電話がそこにあった。

「…………先輩?」
「野球部に戻りてーとは思うんだろ。じゃーもおオレが預かる必要はねーよ」
「でも……」
「あとはそれが後押ししてくれんじゃねえの?オレはもー知らん。オレにはこれ以上、なんも出来ねーよ。何言ったってこっちには来ねーんだろ?」
「それは、はい」
「じゃー持っとけ」
「あ、ありがとうございます」

お礼を言うと、照れたのかそっぽを向いた先輩。そもそももう10時半だというのに先輩がまだ自宅にいるそのワケというのはアンダーの替えを忘れて休憩中に取りに帰ってきたからであって、わたしのお悩み相談などに気を取られている場合ではない。時間をくってるのはそれこそ先輩の方だというのに。タンスをゴソゴソしながら「いってらっさい」と言ってくれたので、わたしは力いっぱい応えた。「いってきます!!」黄色い携帯を握りしめ、わたしはおねえさんと家を出る。

「かーさん!アンダーみつかんねえ!」
「それはアンタが斑ちゃんに洗濯物片付けさせてるからでしょう!」


「ねーねーこれどお?」
「かっわいい!!おねーさん、それ、すっごくお似合いです!おねえさん、ふわふわ系もイケますねっ!『ぎゃっぷもえ』を狙えますってっ!」
「え、そお?そ、そんなにっ?……これ買っちゃおっかな……」
「あっ、おねーさん、これ、かわいくないですかっ?」
「あ、ほんとだー!斑ちゃん似合いそう!」
「えっ!こ、これはおねえさんに似合うと思って……っ」
「何言ってんの!こんなモロ可愛い系、小動物の斑ちゃんにしか合わないわ。ほら斑ちゃん、おねーさん待っててあげるから。試着して来なさい」
「命令形!?」

はしゃぎ。

「お。こんなところにクレープ屋が」
「わたしフルーツ山盛りで!」
「反応、早っ!あ、でもいっぱいあるよー。ハンバーガーの中身とかあるし。照り焼きとかチーズとか……」
「アップルパイとかチーズケーキって名前のもありますねー。はむはむ」
「もう買ったの!?」
「おかわりー!」
「……かわいすぎるわっ!」
「むお?」

騒ぎ。

「あ。トートバッグだっ。なんかこれおいしそうな柄ですよねっ」
「イチゴ柄かあ。私果物はブドウの方が好きだな」
「何を言ってるんですかおねえさんっ!イチゴちゃんが最高に決まってるじゃないですかっ!」
「え、うん?イチゴちゃん?」
「ブドウちゃんなんて、わたしは決して認めませんっ!」
「斑ちゃん?おーい……」

ふざけても、み。

「あーそうだ。お母さんとね、家族で海行こーかって話してたの」
「海?いいですねっ。楽しんできて下さいねっ!じゃあ水着見ましょっか」
「斑ちゃんも行こうね」
「わたしも、ですか?」
「うん。私の妹だし」
「……お、おねえさんっ!」
「未来の」
「未来の……?」

首を傾げ。


「あー、つっかれたぁ。ちょっと休憩しよっか」

近くに噴水の綺麗な公園があるとのことでそこまで歩いていき、ベンチに荷物を置く。紙袋はたくさん持つとすごいかさ張るのでここいらで一度中身を整理した方がいいかもしれない、と、自販機にジュースを買いに行ったおねえさんの背中を見送りながら腰掛けた。ふう、と息を吐いて、買い物モードが終了し、はしゃぐのを止めると次に訪れるのは、わたしがわたしの中で最も嫌っている部分が現れる。

「テレビでやってるかな……」

つまり今の、優柔不断モードである。わたしは今、一体何をしているのだろう。そんな考えばかりが波となって押し寄せる。今野球部は──美丞戦か……。座ったまま、緑豊かな景観を楽しむことなく、ぼうっと思考の海に沈むわたしの身体。一人になった時は、たいてい、いつもこうだ。美丞大狭山高校。確か監督がまだ大学の学生だとか。涼音さんとの会話を思い出したのもあるけれど、不安だ。心配しているわけじゃない。でも不安がどんどん大きくなっていく。あそこのコーチさん、なんか怖い感じがするし。なんか近付きたくない。なんか逃げたくなる。『なんか』ばっかりだけど、本当にそんな感じ。あの時の先輩のような、憎々しい眼。暗い闇の中でひとり、くすぶっている感じ。先輩とは違う、冷たい眼。似ているようで違う、よくわからない、こわいひと。そんな感想を持ったのは、崎玉戦を終えてひじりちゃんの家に向かおうと球場を出たところにいた利央くんのお兄さんを見た時だった。言葉を交わしたこともないし、目が合ったなんてこともない。わたしだって大概失礼な人間だと自覚してはいるけれど、本当にただの第一印象でわたしにこんな感想を持たせるあの人が、わたしは怖くて仕方がない。この不安はそのせいでもある。だからどうか、この不安が杞憂であればいい。明日あたりに勇気を出して謝りに行ったわたしをさんざん叱りつけた後、変に不安になんかなったわたしを笑い飛ばしてくれればいい。シックス・センスなんてナンセンスだ。わたしにはそんなものはない。そういうのは生まれ持った才能だ。わたしは天才なんかじゃない。ギフテッド。あそこにいた人間はわたしのことをそう呼んだ。ギフテッド。みんながわたしを見た。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド。ギフテッド、

うるさい。

「斑?」