「どうだ、かっこよかったろ」 「はいー。相変わらず涼音さんはお綺麗でハキハキしていて、とっても素敵でした。憧れちゃいます」 「ちょ、オレだオレ!」 「え?あ……あんま見てなかった……」 「ウソっ!?」 「今日は球を700個もピカピカにしました。ふう。この達成感がたまんない」 「お前そんなキャラだっけ……つか、また何かモヤモヤしてるだろ」
帰り道。結局夕方までしっかりと涼音さんのマネージャー業を手伝ったわたしは、先輩の自転車の荷台に乗っかり、背中に頭を預けていた。他の部員さん方は別れるとき「また来てねー!」と笑顔を向けてくれた。それを思い出してわたしが人知れずニコニコしていると、先輩はこちらを振り向きもせずに言う。わたしが、別に何もないですと返すとズボンのポケットから携帯を取り出して、何やらポチポチし出した。首を傾げて様子を窺っていると、少しして「ホレ」と開いたまんまのそれを手渡された。どうやらインターネットに接続しているようで、その画面には、…………。
「勝ったみてーだな。ったく、ホントわけわかんねー。あのヘロいヤツで一体どーやって勝ち上がってんだか」 「…………」 「お前、情報漏らす気ない?」 「ありませんっ!」 「んな笑顔で……。ま、良かったな」 「まあ、良かったです、ね」
区切り区切りで答えたわたしに、「ホントは心配してたクセに」先輩はそう言った。実際のところは心配、というか不安といった感じだったのだけれど、まあ違いの分からない先輩にしてみればどちらも同じことだと言うだろう。そう、ただ、涼音さんの話を聞いて、どこか靄のかかったような漠然とした、不安を抱いただけなのである。絶賛退部中(監督さんが破ったので休部扱いなのかもしれない)のわたしが野球部のことで不安になるだなんて、おこがましいにも程があるけれど、そんなの今更だ。わたしがとても身勝手な人間であることなんて分かってる。それこそ、生まれた時から。先輩はしばらく黙っていた。
「わたし、変わったなあ」
シャーッと、車輪の音が続く中、覆い被さるようにして聞こえただろうわたしの声に、ん?と先輩が反応する。独り言のつもりで、ついでに言うと声に出して言うつもりもなかったので首を振ると、「どこが」と尋ねてきた。聞き返したのは、聞こえなかったからではなかったらしい。尋ねてきたからには、答えなければならない。どうせ、先輩の背中に抱き着いているだけのわたしには、喋る以外にすることもないのだし、とそんなことを思う。
「変わったって、どこがだよ。髪はこないだ切ったけど、他は違いねーだろ。背も伸びてないし胸も成長してねーし。むしろ鍛えてちょっと減ったろ……あでっ」 「こ、こらっ!胸の話はしてません!」 「おーこわ。まーでもそんなに気にしなくても結構デケーよ。チビのくせに」 「その話を引っ張らないでください……と、そうじゃなくてですね。外見でなく、中身というか。考え方というか」 「考え方?」
意見がしょっちゅう二転三転することだけが取り柄のようなわたしだ(取り柄ではなくもはや欠点かもしれない)けれど、根本的なところはいつまで経っても変われないと自覚していただけに、こんな夕方の帰り道に、ふと感じただけの変化に自分でも少し驚いたのだった。
「考え方が、どう変わったんだよ」 「うーん。……わたし、ひとりじゃないんだなって、気が付いて」 「…………。はああ!?」
途端、キキッと音がしてわたしは鼻を先輩の背中にぶつけた。ついでに心地よかった風も止んで、わたしは地面に足をつけた先輩に思いっきり変なカオを向けられた。
「へ、な、何ですかっ」 「おっまえ、何ふざけてんだ!お前が一人だって?だったらお前にベタ甘なオレ達はお前の何だってんだよ!」 「べ、べたあま……?先輩のどこがっ?いや、そういうことじゃなくって」 「オレもねーちゃんも母さんも父さんも、お前のことなんかもう大好きだろーが!メロメロだろーが!秋丸だってなんかデレデレしてるし!先輩らだってお前がいたらそりゃ嬉しいよ!」 「え、あ、わ、たしも、嬉しい、です」 「こないだ来たお前の友達だって、お前が好きだから心配で来たんだろーが!引き出しん中のケータイは、お前が手に取んの待ってんだよ!しょっちゅうチカチカチカチカ光りやがって!修正テープ取るたんびにウッゼーんだっつうの!タカヤとか知らねーヤツとかとにかくオトコ多すぎだし!オンナも多いけど!お前んとこのカントクだって、退部届け破いてんだろ!もービリビリだぞ!今頃焼却されてんぞ!つうか始め顧問のメガネに突き返されたしな!」 「え、あ、あう」 「こんだけ自己チューにしてるお前に、こんだけ心配したり優しくしたり厳しくしたりしてるヤツがいんだろーが!そんなお前が一人だと!?ふざけんな!殴るぞ!でも今のオレはやさしーからな、思いっきり手加減してビンタしてやる!泣いてるお前はもー見たくねーからな!オレはそうっとうお前んこと好きだろーが!見てわかれよ!」 「…………」 「…………」 「…………」 「……最後のは忘れて」 「ムリです」
感動に水を差す先輩だった。いきなり怒鳴り出すのはいつものことだけれど、こんな、大好きだとかメロメロだとか恥ずかしいことを叫ぶのは初めてかもしれない、と驚きで開けたままだった口を閉じた。最後のは忘れて、となんか最後はかっこつかなかったけれど、わたしは感動を覚えていた。先輩は何やら耳まで真っ赤にして、ぐるりと前を向き直し、そして再びペダルをこぎ始めた。最後のは忘れろ……?意味がわからないけれど、今までの空気が一変したのはわかった。
「先輩がわたしのことをそうっとう好きなのはよく分かりました」 「……忘れろってば」 「え、ウソですか?」 「ウソじゃねーよ!口が滑った!ここまで言うつもりじゃなかったの!いつかもっぺん仕切り直して言ってやっからとりあえず忘れろっつってんだよ!」 「あ、そういうこと、なら、えっ、と、じゃあ、はい、忘れます」 「忘れたか?」 「忘れました」
本当は忘れてはいないけれど、今は心の奥に閉まっておくことにした。今はそういう話をするための時間ではないわけだし、その言葉の意味を考えるのは、もう少し先にしてほしい、みたいだったから。それにしても、ああ、びっくりした。再び風を切る自転車。見えなくなった先輩のカオと、赤いまんまの耳。さっきまでの勢いをすっかりなくし、先輩は噛んだり唸ったりする。
「あー……まあ、つまり、アレだ」 「……はい」 「お前は愛されてるよ。余計なことに、他のヤツからも」 「……はい」 「そんな簡単なこともわかんねーで、お前はバカか」 「…………」 「お前はそうっとうな、愛されキャラだよ」 「…………」
一人じゃないんだなあ、と、気付いた。みんなはわたしのことが大好き。わたしが言いたかったのは、本当はそういう意味じゃあなかったんだけどなあ。という感想は、散々恥ずかしいセリフを叫んでしまった先輩のメンツのために、口にしないことにした。そうか、わたしは愛されキャラなのか。みんなわたしのことが好きなのか。嬉しいなあ。それだけを思って、今日を生きよう。
「感激しました」 「……どこらへんで?」 「全てです」 「…………」
← →
|