振り連載 | ナノ



 012



先輩がコンビニでお昼ごはんを買って、おやつのパンを買って、ついでにガムまで買って、会計を済ませた後に「それじゃあ」と帰ろうとしたところ、先輩は再び手を繋いできた。「何言ってんの。お前も来んだよ」さっきの涼音センパイの『独り占めすんなー』って、そーいうイミだろーが。と先輩はまたしても呆れたようにわたしを見下ろす。いや、見下した。ああなるほど、だからお弁当がふたつだったのか。いやでも、戻って涼音さんに会うからには当然、マネジのお手伝いをしなければならないだろうに。西浦でもうそれをしていないからには、此処でそれをするわけにはいかないという旨を先輩に伝えたはずだというのに。「オレがマネージャーに敵うわきゃねーだろ」

そういうわけで。

「うぃーっす。戻りましたー」
「も、戻り……」
「おかえり斑ちゃん!」
「斑だけスか!」
「た、だいま、です……」

涼音さんに手厚く迎えられ。わたしと先輩は学校に戻って来たのであった。ギラギラと睨むような日差しから逃れるように、武蔵野野球部の皆さんは全員ベンチに入ってお昼ごはんを食べていた。西浦より広いなあ、と感じながらわたし達も入る。それでも部員さんの数が西浦よりも多いのであまりスペースがなく、座る際に先輩が「場所ないからここ座れ」と自分のヒザを指差すなどの冗談を言ったけれど、他の部員さんから尋常でない程マジな視線を向けられ冷や汗をかいていた。秋丸さんはやはり呆れていた。仕方なさそうに先輩が隣にスペースを空けてくれたのでそこに腰を落ち着ける。「ったく。これだから独り身は」なんてブツブツ言ってまたもや反感を買っていたので「先輩も彼女、いないじゃないですか?」と指摘したら殴られた。

「ひどいっ!」
「ヒデーのはお前だ!」
「はい?」
「おら。さっさと食って、帰れ」
「むぐ」

コンビニの袋から取り出して渡されていたお弁当のフタを開けた先輩は、首を傾げたわたしの口にからあげをつっこんだ。うむ。おいしい。じゃなくて。降りかかる視線が尋常じゃない。

「う、じ、自分で食べられますよう」
「いーからいーから」
「先輩、今ここにいる大半の部員さんに喧嘩を売っているの、気付いてます?」
「あ。オレそのだしまき食いたい」
「勝手に食べてくださいっ!」
「お前に食わせてやってるから手が空いてない」

どういう理屈だ。先輩は、接続詞『から』の使用方法を明らかに間違えていた。よく意味の通らない日本語を作るひとである。「榛名……」と、諦めたような呆れた声を出したのは当然秋丸さんだった。ホイ、と握らされた割り箸に戸惑って辺りを見回せばササッと部員さん達が顔をそむけていく。秋丸さんを除いた部員さんの中で唯一苦笑だけど目を合わせてくれたのは、涼音さんのカレシさんだけだった。

「おら。早くしねーと時間なくなっちまうだろが」
「うー……むっ、むぐ」
「よく噛んで、食え」
「うう……」
「もう一口ごはんいくか?」
「はい……」

「結局食うのかよ!」と誰かがツッコミのようなイントネーションで言葉を発した気がするけれど、わたしだって空腹なのである。先輩はその手に持つ割り箸をわたしに向けることしかしないし、わたしのヒザに置かれているお弁当は一口たりとも減っていない。大人しく開けた口にごはんを運んでくれる先輩はなんだかとても楽しそうで、それでいてわたしが抵抗している間にもお昼休みの時間はどんどん減っていく事実。わたしは何かを諦めて、ヒザ上のお弁当からだしまき卵を一つ、箸で持った。

「先輩。はい、あーん」
「…………あーん」

数秒固まって、それから咀嚼して飲み込んだ先輩は、それを言えとは言ってねえ、などとまた訳のわからないことをブツブツ言い出したので、わたしは付き合ってられないとばかりに丁寧にくり抜いた日の丸のごはんを差し出した。


「ごめんねー?手伝わせちゃって!」
「絶対に悪いと思ってはいないんでしょうけれど……別に大丈夫ですよ」
「やー、やっぱマネジって大変でさぁ」

オニギリを作りながら快活に笑う涼音さんの隣で、わたしはカゴに入ったボールを縫っていく。ボールの消耗、早いなあと感心しつつ、涼音さんの言葉によって西浦で一人頑張っているであろう千代ちゃんを思う。ごめん千代ちゃん。でも元々わたし、千代ちゃんのマネジ業務に支障をきたすほどマネジ業やってないからなあ、とも考える。しかしやっぱり野球部全体からしてみれば迷惑以外のナニモノでもないだろうなあ。悲しいなあ。死んでしまおっかなあ。ってそれはさすがにないけれど。などの一人問答をしているうちにオニギリは三つほど増えていたのでわたしも手を動かす。いやしかし自分の所属している野球部をほったらかしにして他校の野球部のお手伝いをしてるって、わたしも相当ヒドイヤツだよなあと自嘲してみる。

「斑ちゃんのコト。榛名から大体聞いてるよ。アイツんち住んでんだって?襲われてない?」
「あはっ。わたしみたいな貧相なの、襲うひとなんていませんよー」
「……どうだかねえ」
「武蔵野、次が4回戦ですね!」
「うん。今年はみんな燃えてるわー。打倒ARC!つってね。去年の今頃は考えらんなかったけど」
「──ん、あれ。先輩、練習でも首振るんですね」
「うん?ああ、まあね。燃えてるでしょ。練習試合でも公式戦でも、アイツは勝負する時は町田クン振り切って投げちゃうし」
「キャッチャー形無しですね」
「でも、そういうピッチャーの方が町田くんとは相性がいんだよね」
「と、いうと?」
「町田くんは、心理戦とかする頭脳派とまではいかないからね。結構アツくて単純なヤツなんだよ。榛名が従順で町田くんの言う通り投げる投手だったら、相手側に読み負けされるかもしれないし。そうなったらパッカスカ打たれちゃうわよ」
「……はあ」
「一人で考えた配球なんて危ない危ない。町田くん一人のアタマで勝負なんか出来るわけないし、思考パターン読まれたらそれでオシマイじゃない」
「そ、そんなものですか?」
「そんなものだよ」

榛名の球って、本人とは違って……いや同じか?生きる球なんだけど回転が割と素直だし。加具山くんのほどじゃないけど。とか何とか続ける涼音さん。わたしは手を動かしつつ聞きながら、そんなものか、と思った。わたしはあんまり首振ったこととかないけれど。打たれたこともそんなにないけれど。まあ小学生だったし、もしかしたらわたしの球が素直じゃないだけなのかもしれない。ふと。そういえば三橋くんが首振るところって一度も見たことないな、と思った。初対面での『首振る投手はキライなんだ』が効いているのかもしれないし、三橋くんの性格だし、リードされる喜びまであるみたいだから、今までは良かったなあくらいにしか考えていなかったけれど。

「んー……」

今の話、
何かモヤモヤする。

桐青の時はダークホースで。
崎玉の時は翻弄し。
実力差。
ウイニングボール。
武器。

進むにつれて手強くなっていく、
夏の選抜大会。

『オレは阿部くんの構えたトコ、投げるだけだっ』

あれ?
なんか危なくないか?