「あ。みて斑、野球部ゼンメツしてんねぇ」 「ほんとだー」
そよぎちゃんとお昼ごはんを食べて(中庭)教室に戻ってきてみると、田島くんも三橋くんも泉くんも机に突っ伏してぐっすりと眠っているようだった。多分、お昼からは2回戦を観に行くから、体力温存か何かだろうなぁ。一人座ってそんな3人を見ている様子の浜田くんがいて、今まで隣にいたはずのそよぎちゃんは次の瞬間には浜田くんに「なーにじいさんみたいにほのぼのしてんのー!」と、フライング・ボディアタック。浜田くんを椅子からころげ落とすことに成功した模様だった。
「ってーな!」 「だってー。浜田がじいちゃんみたいな顔してっからさあ」 「え、してた?オレ」 「してたしてた!ねー」 「あ、えーと、うん。のんびりして見えたねっ。光合成してたの?」 「するか!」 「あは。ばっかだなー斑、浜田デンプンもってないじゃん!」 「…………」 「…………」
葉緑体……。 けらけらと、本当におかしそうに笑うそよぎちゃんを見て切なくなったわたしと浜田くんは、何も言わないことにした。「つか、今日び小学生でも分かるんですけど……」ていうか浜田くんの口を手で押さえた。「浜田は寝ないの?」気をとり直して、そよぎちゃんが浜田くんの元いた席の椅子にあぐらをかいて座って尋ねると、「こいつら起こしてやんなきゃだし」と、指で3人を指す。そういえば花井キャプテンから、1時に門集合って連絡が来ていたような。あ、だったらジャージ、着替えなくてもいっか。
「何時に起きるって?」 「12時50分だと」 「ふうん……。わたしも寝よっかなあ、暇だし」 「何言ってんのー!あたしといんのが退屈だってイミ!?泣くよ!」 「え、泣いちゃやだっ!」 「斑なんて……知らないっ!」 「ちょ、待てよ!」 「キムタク!?」
「オレはお前ら見てたら楽しいよ……」とか言って苦笑する浜田くんだった。……と。「斑ー。斑斑斑斑」ひじりちゃんに名前を呼ばれた。わたしは「はいはいはいはいはい」と、誠実に全てに返事をしたのだけれど「はいは一回」と教育的指導を入れられたので「斑も一回ねっ」似たようなことを返しておいた。
「どうしたの?」 「んー。斑ら、試合観戦っしょ?だったらこれ、渡しておこうかなって思って」 「……ん?封筒だ」
手渡されたのは、普通にレターセットとして購入するような、至って一般的な封筒だった。手で持った感触から、中には何枚か便箋でも入っているらしいことが窺える。何気なく裏を返してみると『超機密情報』と、まるっこい字で書いてあった。ひじりちゃんを見る。素敵に微笑まれた。いや微笑まれても。
「この封筒にはねぇ、あたしの努力と奮闘の化身が詰まっているわ」 「化身……ばけもの?」 「それ即ち、トップシークレット!」 「ト、トップシークレット……!」 「いーい、斑?この封筒の中身は、他人には絶対に見せちゃだめよ」 「は、はいっ!」 「いい子いい子」
頭を撫でられた。 う、嬉しい……。 じゃなくて。
「……えっと?」 「多分ね、えーと、3回戦だっけ?役立つ情報が入ってるかもしんないから」 「え、どこから情報?」 「企業秘密」 「企業だったんだ……」
さすがは報道ガール。トップシークレットということで、手にした平凡な封筒にズシリと重みが加わったように感じられた。いや、ただの精神的重圧だと思うけれど。よくわからないままにありがとうとお礼を言うと、「気にしないで。榛名サンの写真を撮って来てもらうのでチャラだから」と、悪魔のような宣告をされた。ひじりちゃんは魔女だった。おしゃれな魔女だった。
「うーん。ていうか、プライバシーに関わるもんだからねえ」 「プライバシー?」 「野球の貴公子!ホームランバッター!抜きん出た才能!ファン多し崎玉高校一年、佐倉大地くんのプロフィールがそこに!情報ソースは崎玉の女の子達から!」 「…………」
ストーカーだった。 彼女は個人情報保護法を違反している。 教えてあげるまでもなく当然ひじりちゃんは知っているのだろうけれど、知っている上で行動に移しているからタチが悪いと言われるのだろう(主に花井くんと阿部くんから)。封筒をとりあえず鞄にしまって、わたしはやや現実逃避気味に、じゃれあって遊んでいるそよぎちゃんと浜田くんを見つめた。仲良しだなあ。キンパ仲間だもんなあ。
9組野球部の3人を起こす、5分ほど前のこと。先輩から電話があった。
「金をやるから家に来い」 「……先輩は、素直にお給料日だと言えませんか?」 「どっちだって一緒だ、そんなもん。飯食って来んなよ。母さんお前の分まで作るっつってたからな」 「そんな……いいですのに」 「好きでやってんだから、気にせずたらふく食えばいーんだって」 「じゃあデザートに梨が食べたいです」 「厚かましっ!」
先輩が言ったくせに……とぼやきつつショックを受けて電話を切ろうとする。用件も済んだのでまあいいかなぁと思っていたのだけれど、ふと名前を呼ばれた。
「なんですか?」 「あー……今日、来たらな」 「はい」 「かっこいいセリフを言ってやる」 「……はい?」 「かっこいいことを、言ってやる」 「…………」
はあ、とわたしは気の抜けた返事を返すしかなかった。 あ、カメラ持って行かなくちゃ。
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