振り連載 | ナノ



 011



「……でさぁー、この頃体育でバレー始まったじゃん?あたし的にあれケッコーいらないと思うんだあ。だって見てこの腕!ボールの跡!まっかっか!袖まくれないじゃんって感じー。ルーズもむれちゃうしさぁ?最近暑くなってきたってのに、まったく!」
「ンなに嫌ならバックレれば?あたし体育出たコト一回もねーけど」
「それじゃあ斑と会えないじゃーん!せっかく9組と合同の、キチョーな授業だってのにさ!要はもーちょいありがため!」
「意味わかんないし。つかさっさと問題解けよ馬鹿」
「なにさ!要だって英文全然出来てねーじゃん!」
「だって授業全タコだもん」
「だったら威張んないでよー。そのために今日はちゃーんと、ほら、助っ人いんだからさっ。題して『頭いー陣営』っ。バンバン聞いてこー」
「おー」

「…………そのナントカ陣営とやらに、あたしを入れんで貰えないか」

ショートヘアですっきりと。
細い切長の瞳を隠す眼鏡。
ぴんくの形よい唇。
綺麗なアルト。
きっちりとしたブラウス。
だぼだぼではないセーター。
膝丈スカート。

「だって佐野山ってば頭いーじゃん」

ただしその髪はオレンジ色。
ただしその眼鏡は赤縁楕円。
ただしその言葉は毒舌。
ただしその台詞は男前。
ただしそのセーターはピンク色で、
そのスカートの下には短パン。

「お前らが阿呆過ぎるんだ」

佐野山郁ちゃん。
こと見た目(モノクロ背景処理)においてはバリバリの優等生、まるでクラス委員長さんか何かの容貌ではある。が、実は根っからのスポーツマンタイプであり、自他共に認める男前さんだ。勉強面において現実逃避を計ろうとするひよこちゃんに冷たい一瞥をくれてやり、それからいくちゃんはわたしの方を向いた。

「私は斑、お前が来るというからこんな深夜にも関わらずにこんな所にまで足を運んだんだ。自宅で試験勉強をしていたのだが、得心いかない部所があってな」
「あ。ん、わたしに出来ることならっ」
「お前も大変だな、こんな大勢の阿呆に勉学を教えようというのだから」
「え?あ、うん、あほ?えっと、そんなことは、ないんじゃないかな……?」
「昼間は野球部の馬鹿ども。夕方はオレ様男。そして深夜はこの不良ども。まったく同情するぞ。物分かりの悪い人間に教えるのは骨が折れるだろう」
「…………あ、あははー。いくちゃん、ひよこちゃんがすっごい睨んでるよっ」
「睨むな。お前が阿呆なのは怠けているからだ。その脳に知識を詰め込んでみろ、本来なら赤点の心配などないはずだ」

ふん、とひよこちゃんを睨み返して、それからいくちゃんは自分のテキストを開いてテーブルに置く。わたしにも見えるように置いてくれているので、わたしは姿勢を変えないまま除き見ると、どうやら古典の問題に苦戦しているらしく、本文には過度の書き込みとチェックが見受けられる。

「ここの、このところがうまく訳せないんだ。この助動詞は一体どの役割を果たしている?」
「ああ、この部分?ここはね、前後の文脈から行くと、逆接的な意味になるんだよ。ほら、前と後ろで、意味が逆転しちゃってるでしょ?だからこの場合入るのはどちらかというとこれだね。でも選択肢は終止形だよ」
「なるほど、だから変換が必要なのか。すぐ下には体言が来るから連体形か。これの連体は……こうか?」
「うん。で、そうなるとやっと文章が通じるよねっ。ここを訳すには、そうだね──2つ前の文章から主語が変わってるから、それを1つの流れと考えて、物語の描写のように訳していくんだよ。このチェックしてある部分には注意しながらねっ」
「ふむ。確かこれは二重否定だったな。つまり…………こういうことか?」
「そういうことだねっ!」
「ありがとう。まったく、斑の教え方はわかりやすい。さすが家庭教師をしているだけのことはあるな。私もいつも、勉強になる」
「えへへ。て、照れちゃうなっ」
「照れることはない。事実だ」

さらさらとノートに訳をまとめていっているいくちゃんと笑い合うと、「不毛だ」と、どこからか声が聞こえ、見てみるとひじりちゃんが拗ねたような顔をしてジーッといくちゃんを見つめていた。いくちゃんはその視線を見事にシカトしているけれど、うっとおしいと感じてはいるのか目と手は動かしたまま、口だけをひじりちゃんに構わせる。

「なんだ新聞部。見るな、減る」
「──っもー!佐野山ってばズルーい!斑にばっか優しくして!なにそれ贔屓、差別!?あたしらにも優しくしてよーっ!」
「私は基本的に努力無しに何かを得ようとする人間が嫌いだ。だから普段授業を聞いていない癖に試験で赤点を取るのが嫌だと要点のみ抑えようというお前らの性根が気にくわない」
「えー。あたしはだって、ストバス部とか色々忙しーんだもん。授業とか疲れて寝ちゃうし、仕方ないって」

はいはーい、
と挙手したのはそよぎちゃん。

「部活を言い訳をするな。私は剣道部で今まさに新たな大会へ向けて日々鍛錬だが、授業に対して不真面目にしたことはない」
「てゆーかヒヨコや戦や要や茜や苺とかは確かに頭悪いけどさ、このあたしは成績いーわよ?なのに何でつめたいのよぅ」

不満の声を挙げるのはひじりちゃん。

「園田。お前は単純にミーハー過ぎる。あと取材の時のテンションがウザイ。錏、お前が園田をちゃんと見張っておかないと、私が困るんだ」
「…………面倒くさい」

「またお前は怠慢か」いくちゃんはやれやれと呆れたように肩をすくめて、相変わらず手は動いている。部活を言い訳にするなと言われたそよぎちゃんとウザイ言われたひじりちゃんは集って避難の声を上げているけれど、いくちゃんはやはり気にしない。一言で他人を黙らせる程の正論を、いくちゃんは常備しているのだから。

「精神的に向上心のない者は、ばかだ」
「『漱石』『こころ』『K』だねっ」
「その通りだ。お前達も斑のようにとはいかないが、せめてこれくらいには造詣を深めておけ」
「ふーんだ」
「斑。心配しなくても佐野山とは大学で別れるからな」
「要。まずお前が斑と同じ大学に行けるとか思っている時点で身のほど知らずも極みだぞ」
「うっさい」
「ねー斑、『しんせい』って漢字でどー書くんだっけ?」
「あ、戦あたし知ってるよー!神さまの神に、くりすます的な」
「ぶっ」
「……戦。……ひじりの聖だ」
「うけるー!なにヒヨコ、くりすます的って!」
「むっ!なにさ戦、わかんなかった癖に!くりすますってーと神聖じゃんかよ!」
「やべーこいつやべーわ。ねっ茜」
「そだねAYだAY」
「あかねちゃんっ、『えーわい』って、なんなのっ?」
「え、『あ』たま『よ』わいの略?」
「茜きさまあたしと同程度のあたましてるくせにーっ!」
「な、なるほどっ。つまり『けーわい』の親戚みたいなものなのかなっ?」
「インプットしないでぇぇぇ!!」

ひよこちゃんは元気だなあ。練習プリントを終えたかなめちゃんの答案を読むけど、あまり出来はよくない。文章になってなかった。かなめちゃんは基本的に『前置詞』『副詞』『形容詞』なるものが嫌いだと言うので、彼女の作する英文は前置詞抜きの副詞抜きで形容詞まで抜かれた、中学一年生の本当に最初あたりの作るレベルの英文になってしまっている。『ジョンはさ来週、引っ越しの準備をするために急いでスーパーまでいらないダンボールを貰いに行くつもりだ。』という元の文章はどんどん要素が削ぎ落とされていた。かなめちゃん、ハーフなのに。

「かなめちゃん。いい加減にちゃんと書こうよ」
「あたしは真面目だよ」
「真面目じゃないよ。『ジョン』てスペルさえ間違ってるよ」
「ジョンは好きじゃない」
「名前の好みですか……」
「男は嫌い」
「あ。そういえばかなめちゃん、阿部くんと仲良いのっ?」
「はあ?」

あ、怖い。
「何だって?」と凄むかなめちゃんに、だってわたしの成績のこと教えたらしいじゃん、と返すと鼻で笑われた。

「榛名元希と2人きりにさせる位なら、大勢のバカ共と一緒にさせた方がマシってだけよ」

かなめちゃんは、
昔から先輩を嫌っている。
それが何故かはわからないけれど。