これは真夜中に出会った、とある個人の団体的理由の為にアルバイターとなった女性との、ポテトを摘みながらの密会の一部分である。この時のわたしには特に個人的事情も個人的理由も個人的な情緒もなく、ただとある熱血球児先輩の自宅でお給金を与かる為に職務を全うし終えた帰りの、何気ない道草でそうした出会いがあっただけだったし、向こうだってまさかわたしがこんな平日の真夜中にこんな街中をうろついていてしかもマクドナルドへと道草をしようと考えていた、とまで読んでいたわけではなく、ただ単純に空腹を満たしていただけなのだろう。けれどわたし達は何度もそういう状況に遭遇して、何度もこうして顔を付き合わせてきたというのが、こういう運命なのか、こういう宿命だったのか。
「──うちは部員の人数が少ないから、中学では内野だった子を外野にコンバートさせたりすることもある。だからどちらの守備もちゃんとこなせるように育成するにあたって、目測の力をきちんと付けさせましょう」 「じゃあ、特に外野フライ捕球の回数は増やすべきですね。三星戦での水谷くんじゃないですけど、捕れるものはしっかり抑えておかないと」 「それと、出来る子だけでもいいから、背走練習もさせてみたいわ」 「背……?」 「後ろへ走ってフライをキャッチする感覚を養う練習のことよ。少しレベルが高いから、今までの練習でも余裕のある子に」 「田島くんと花井くんと、あとはキャッチャーの阿部くんあたりですかね?」 「ええ。ノック練習の前にちょっと入れてみましょう」 「わかりました。それと田島くん、ノックの時に強い打球ばかりをほしがるんです。わかるんですけど、三橋くんの球は易々とライナー出すようなものじゃないし、どちらかというとゴロの方が圧倒的なのでわたしとしてはそちらを優先させた方がいいと思うんですけど、どうしたらいいでしょうか?」 「そうね……感付かれてもアレだから、最低5球までは入れて、あとはその中にさりげなくゴロを混ぜてみて。褒めることも忘れずにね」 「わかりました、やってみますね。──で、バッテリーですけど、次の試合は誰と誰を組ませるんですか?」 「次は沖くんと田島くんを。その次は、三橋くんと阿部くんを。やっぱり三橋くんは、阿部くんに捕ってもらわないと不安がる傾向があるからね。土曜はそれでいきましょう」 「日曜日は花井くんと沖くんでいくんですよね?登板回数とか、三橋くん気にしたりするんじゃないでしょうか……」 「なんとか言ってみるけど、それも仕方ないことなのよねぇ。やっぱり、100%安全な試合展開なんてないんだから」 「今の三橋くんに必要なのは、試合より練習ですか」 「中学の時はほとんど自分でメニュー組んでたから、どうしても《投げる》ことを優先していたみたいだしねー。とにかく体重を増やしたいの。身体測定で測った三橋くんの記録、いくらだった?」 「165cm、52kgです」 「なら仮に身長がこのままとしても、あと3キロはつけたいところなんだけど──夏までっていうのは、厳しいわね」 「お昼とか放課後とか、三橋くんって意外によく食べるんですけど、太らないみたいです」 「部活で全部消費しちゃうのかしら」 「たんぱく質、採らせます?」 「その辺は斑ちゃんに任せるわ。それと、この前言ってた筋トレのことだけど」 「あ、はい。どうします?」 「遊ばせましょう」 「……はい?」 「見てちょうだい。これが、私の考えた筋トレメニューよ」 「……これは──まあ──なんだかとっても……楽しそうです、ね?」 「うふ。斑ちゃんも参加するのよ?」 「なんでっ!?」 「モチベーションを上げる役に」 「……逆効果だと思いますけど」 「そんなことないわよ。で、ケアのことだけど、榛名くんのマッサージしたんだって?どう、うまく出来た?」 「あ、はい、一応はソツなく。おねえさんやかなめちゃんや他にも色々試させていただいて、免許が取れる程度には仕上げられたつもりです」 「一応近場の整形外科や整骨院とはコンタクト取ってあるから、何かあった時には大丈夫だと思うんだけど、試合中では迅速で的確な処置が必要だからね。スペシャリストがベンチに居るに超したことはないの。だから応急手当てとか──」 「RICE処置」 「そう、ライス。とか、テーピングの仕方とか、筋肉・骨・血管の構造を把握している斑ちゃんには、詰め込める限りのものは詰め込んでもらうわ」 「それは──別に、向こうでもやってきたことですから、いいんですけど。……でも、気合い入ってますね」 「当たり前よ!勝つ為だもの」 「…………頑張り、ますね」 「自分の為だもの。それに、そうね──それを言うなら斑ちゃんだって、よくやってくれているわ。センター通いまでさせちゃって、ごめんなさいね」 「いえ、わたしも野球は好きですし──お手伝いが出来るなら、いいんですけど、でも、どうしてわたしなんですか?どうしてわたしにこんな……楽しいですけど、でも、これ、マネジの仕事の範囲、超越しちゃってません?ずっと聞きたかったんですけど、タイミングが掴めなかったんですけど、どうして監督さんは、わたしに、こんなことを頼むんですか?千代ちゃんみたいにドリンク作ったりタオル配ったり──マネジの仕事って、そういうことだと思ってましたけど……」 「──斑ちゃんが、それを出来るからよ。出来ることを、出来る限りのことをしてもらう。そう言ったわよね?」 「ならどうして、わたしが《それが出来る》ことを、知っていたんですか?」 「それはね、斑ちゃん。あなたの話を聞いて──それで判断したからよ」 「……判断?どういった判断です?」 「《何に対しても打ち込める》、自分に不条理で理不尽だと分かっていても、そのことに対して、結果が出るまで《努力》出来る。そういう才能はね、本当に一握りの子供にしか、与えられないものなのよ」 「……それ、才能って言うんですか?」 「才能よ。《何事にも》努力出来る、才能。斑ちゃん、斑ちゃんは本当によくやってくれてるわ。本当に助かってるの。あなたのお陰で、出来ると思っていた以上のことが出来てる。それは本当に、すごいことなのよ。でもね、斑ちゃん。なら一つ聞くけれど、会って間もなく、お互いのことをほとんど何も知らないような私から、バッティングやピッチング、ラン、スポーツ医学、諸々──色んな努力を強いられて……斑ちゃんは、不満一つ口に出さず、言われた通りにしている。そして結果を出せている。それはなぜ?」 「────不満。ありますけど」 「顔にも口にも出ていない。私が見ているのは、ずっと、楽しそうにしているあなただけなのよ。あなたは、何だかんだで、いつもよく笑ってるわ。立場と役割が矛盾している、どうして私があなたにこんなことをやらせているのかすら、今の今まで教えてもらえなかった──理不尽な環境にあるにも関わらずね。それは、ただ気が弱くて人見知りで、《かなめちゃん》以外の子には馴染めない相内斑ちゃんには、本来出来ない筈のことなのよ」 「──どうして今、かなめちゃんを引き合いに出すんですか……?」 「ほら──そんなにムキになって」 「……なってません」 「──斑ちゃんは、何をそんなにかたくなになっているの?人見知りなのも人と話すのが苦手なのも、本当のあなたじゃないでしょう」 「…………」 「あなたは、そう自分に言い聞かせてるだけ」 「…………知りません、わたし、そんなこと。何も知らないんですよぅ……」
「斑ちゃん──泣かないで」
わたしは泣いてなんかない。
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