「そっかぁー。相内も知らねーんじゃーまるっきりオレら、ただの主人公じゃん!」 「ますますゲームみたいだなぁ」 「こらこら皆さん。この世界はゲームですが、わたし達は生きています。ちゃんとリアリティをもって修行に励まないと死にますよ?」 「斑ちゃんって、たまにすっごく率直にモノを言うよね……」
千代ちゃんの苦笑に、わたしは「本来シリアスな場面ですからねぇ……」と返して、マカロンを一つ頬張る。うん。なかなか。マカロンがたっぷり入った袋を買った時、花井くんは「菓子なんか腹の足しになんねーしムダ遣いすんな」とわたしを叱ったけれど、この世界にそんなただ娯楽のためのムダなアイテムが存在するわけがない。この世界では食事をするのが魔力や体力の回復に繋がるけれど、スイーツショップに売られているこのカラフルなマカロンにだって、プレイヤー自身の能力、すばやさだとか攻撃力だとかを増幅させる効果が、実は秘められているのである。というわけで金貨を5枚払ってわたしはパッションフルーツのマカロンの味を堪能する。「ならオレらにもちょーだい」そう言われて渡したものの、そのふんわりとした甘さがお気に召したのはほんの数人だけだったので、明日は食べられなかった人達のためにエクレアやシューでも買いに行こうと思う。まあ、出費もあるからそんなに買えないけれど。
「あー。これうっまー、えーと、キャラメル味?これの効果は?」 「ああ、水谷くんのソレは……守備力だねっ。栄口くんが食べてるペッシュはすばやさ。三橋くんのバナーヌは感知力かな。沖くんのショコラが攻撃力」 「すごーい。みんな、1ずつだけど上がってってる!」 「くそー、相内、オレらにも食えそーなヤツ買ってくれよ」 「いや、だってマカロン食べたかったから」 「お前が一番遠足気分な気がする……」 「失礼だな巣山くん。マカロンがおいしいのが悪いんじゃないかな」 「マカロンは悪くねーでしょ」
例え阿部くんがあからさまにため息を吐いたとしても、誰に何と言われようが、わたしはマカロンを食べる。なぜなら、食べたいからである。それに、修行中でもそうでない時でも、スキルアップを常に狙うのはプレイヤーとして至極当然のことである。金でスキルが買えるのならば、リアルだったって買ってみせるとも。ショコラ味をひとつ、口にほうり込んだ。
「……にしても。花井達は大丈夫かな」 「あー、あいつらなら何とかなんだろ。うちの4番と主将は有能だからな」 「どっかのマネジと違って」 「む」 「ああ違った。女子部員だったか?」 「……阿部くんはむこう戻ったらスクワット500回の刑ですね」 「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」 「そんなにイヤイヤ言うなら一言ぐらい謝ってくれてもいい気がするっ!」 「タ、花っ……す、スゴイ!」 「あーオメーは真似すんじゃねーぞ。非戦闘要員なんだかんな!」
マカロンをばくっと食べながら目をキラキラさせる三橋くんに対して、阿部くんはいつもの過保護を発動した。危険が多いこの世界にやって来てから、更にひどくなった気がする。三橋くん、戦闘職じゃなくてホント良かった。わたし、殺されてたかもしんないし。阿部くんも阿部くんで修行に励み、早く回復呪文を習得しようと頑張っている。それならばマカロンのあっまーい甘さも我慢してくれれば、ちょっとは強くなれるのに。男の子って、むずかしい。と話は逸れたけれど、花井くんと田島くんと西広くんは、只今村人(というか村の子供達)からの依頼を請け負っていて、外出中である。わたし達が請け負う依頼というのは、基本的に村の外のものが主である。よって必ず一人では出歩かないこと、占い師の西広くんか製作者であるわたし、記録者の千代ちゃんのいずれか一人をグループに入れること、決してムチャはしないこと。みんなで決めたこの3つのルールは厳守。依頼内容は外にしか生えない薬草を採りに行くとかそういった類のものばかりなので依頼自体に危険はそうそうないけれど、この世界は歩けばモンスターにあたるので、外自体が危ない。だから子供達も外を出歩かないのだろうし。花井くんと田島くんは純粋に強いし、西広くんは占い師なので、未開の外でも心強い。外の依頼には戦闘要員がローテーションで必ず入り、機会あらば非戦闘職のみんなも経験のためについていく。村についてからはそういう体制だった。わたしはアナナスの味を口に含む。
「なーんか緊張感ねんだよなぁ……。お前がマカロンなんか食ってると特に」
そう言ってわたしを見つめる泉くんに、巣山くん達が同意する。「なんかのほほんとしてる」「なんかキャピキャピしてる」と全く相反する2つの感想を述べ、わたしの首を傾げさせた。あ、斑ちゃんもうすぐステータスがレベル15に相当するー。千代ちゃんが言った。
「うっそお!?」 「もう15!?はやっ!」 「田島といい花井といい巣山といいお前といい、なんでそんなポンポン上がるわけ?」 「わたし達の職業はモンスターに直接武器が触れて戦いますからね。身体を酷使する分消耗は激しいですが、経験値はたっぷりもらえます」 「オレも戦うけど」 「泉くんは賞金稼ぎでしたね。これはトレジャーを察知する方に重きを置いた職だから、そっちのスキルアップ優先です。でも戦闘と能力を両立出来るのは便利ですよね」 「へー」 「はは……オレも頑張んなきゃだ」 「沖くん。じゃあ徐々に先頭いきましょっか。沖くんは気配に鋭敏なので、サイドになりがちですし」 「うん」
そんな感じでおしゃべりがしばらく続き、部屋にかかった時計がちょうど午後6時になったのを見て、わたしと泉くんと沖くんと巣山くんと阿部くんと水谷くんはそれぞれ武器や防具の支度をして立ち上がる。時間帯によって現れるモンスターや経験値が微妙に違ってくるので、今日は夕方暗くなってからの修行なのである。千代ちゃんはわたしたちの泊まるこの宿のお手伝い、三橋くんと栄口くんは村の市場の片付けのお手伝いだ。
「じゃー行ってくんな」 「いってらっしゃーい」 「が、頑張ってっ」 「みんなもお手伝い、頑張ってねっ」 「しんどくなったら帰れよー」
村から一歩外に出ると、途端にムワッと不快な暑さに眉を寄せてしまう。もう日は落ちかけているというのに。わたし達が日中に修行に出ない、いや出られない理由というのはこの蒸し暑さにあった。レッドバードという魔鳥のせいだという灼熱が、蔓延してしまっているのだ。朝晩はまだ随分とマシだけれど、日中はもう耐えられたものではない。よく蜃気楼が見える。これではモンスターが出なくても村の子供達が外を出歩くのは厳しい。村は結界の門によってかろうじて守られているけれど、恐らくそう永くは保たないだろう。田島くん花井くん西広くんは朝早く村を出て、前通った森の方へ依頼を片付けに行ったのでそちらは大丈夫そうだけれど。わたし達は修行する時、湖の方へにじり寄るように進みながらモンスターと戦っている。自分より明らかにレベルの低いモンスターでちょこちょこ経験値稼ぎをしている場合ではないし、暑さにもある程度慣れなければならない。炎をまとったモンスターに剣を振り下ろすと、叫び声を上げたけれど倒すことは出来ず、反撃された。でもこの程度のヤケド、気にしてなんかいられない。何度も切っていくうちにやっとモンスターは消えて、わたしはその場に崩れた。ふう、と息を吐く。「相内!」と駆け寄ってくる阿部くんも疲労しきっている。水谷くんと泉くんと沖くんは固まって座っていた。巣山くんはまだ戦っている。
「待ってろ、今回復を」 「阿部くんももうクタクタじゃない。はい、おくすり」 「お前が飲めって!」 「阿部くんは回復要員なんだから、みんな治す元気がなくちゃ。阿部くん優先だよ。それにこの程度のヤケド、大丈夫。まだ戦えるし」 「オレたちゃ生身なんだぞ!言ったのオメーじゃねーか!」 「大丈夫なの。本当に。こんなの、わたし本当に全然痛くない」
こんな半バーチャルの存在によるヤケドよりも、もっと痛いものをわたしは知っている。剣の先を地面に立てて、勢いでグッと立ち上がる。ホラ阿部くん、と薬を無理矢理渡すと、しぶしぶ飲んでくれた。この世界で、仮にも剣士のわたしに、レディーファーストなどいらないのだ。けれど気遣いは嬉しい。飲み干してみんなの回復に向かう阿部くんの後を追った。巣山くんもボロボロで戻ってきた。薬屋でたんまり買っておいた傷薬で治療して、ヤケドなおしを塗り、パン屋のフランくんが丹精こめて焼いてくれたパンにかぶりつく。そうして少しの間じっとしていると、また動けるようになる。
「おし!薬尽きるまで頑張るぞ!」 「今日中にレベル14になっぞ!」 「オレは12になる!」 「水の忍術をマスターする!」 「新技を生む!」 「わたしは……死ぬ気でがんばるっ!」
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