振り連載 | ナノ



 05 手も加えられています



空は快晴。
海は穏やか。

「しゅっぱーつ!」

元気な声で前をビシッと指差す田島くんに、しんこーう!と続けたら花井くんに「悩みとかなさそーだねお前」と見下ろされた。ここに来てからは呆れたような表情が多い花井くん。どうやら、狩人に悩みは尽きないらしい。白雪姫を殺そうとした狩人だって苦労人だったもんね、と自分でもよくわからない納得をして一人頷いた。「オレに続けよー!」そう言ってずんずん進んでいく田島くんに続く巣山くんと阿部くんと三橋くん。後ろの泉くんと水谷くんと沖くんと西広くん。そして、わたしと花井くんと千代ちゃんと栄口くん。

「この先は森なんだよね?」
「うん。小さな森」
「どんなとこ?」
「えーと……確か、これを考えたのがしころちゃんでね」

わたし達野球部メンバー、もといRPGメンバーは、12人を3チーム4人ずつに分けて行動することにした。町や村までの間は全員で行動するものの、もし何らかの理由で分断されてしまった時に、各々がより安全にやり過ごすことの出来るよう戦闘員と非戦闘とを混ぜて、チームを組んだのである。そのチーム決めの際、わたしと西広くんが組むことは当然のように却下された。何故だかイマイチわからない。そしてわたしと田島くんが組むことは当然のように却下された。これはレベルの問題なのかもしれない。というわけで、花井くんとわたしが戦闘員、千代ちゃんと栄口くんで非戦闘員。この4人て1チームであり、一番後ろで隊列を組んで歩いているわけである。前のチームの一番後ろが戦闘員の沖くんなので、こちらのチームでは千代ちゃんと花井くんを前に配置している。隣の栄口くんは荷物の中に入っていたらしいオカリナを吹いて、集まってくる小鳥に頬を綻ばせていた。パタタ、と羽音を立てて、こっちにも来るので人差し指を出すと、青い鳥は止まり木の代わりにした。

「しころちゃんは面倒臭いことが面倒でね、だから特に小ボス的なモンスターが出て来てバトルになるだとか、そういうのは全く」
「ないのかよ!」
「じゃあ平和なんだ?」
「うん。でも暗くて、虹色に光る蝶を追いかけなくちゃ出口に辿り着けない」
「蝶を追いかけるの?」
「森を歩いている間にもモンスターは登場するから、それに足止めされてたら一生森から出られない」
「それもこえーよ!」
「そよぎちゃんが『錏のはつっまんねーよ!』って言ったから、改正されて」

などと、平和でのどかな会話を交えながら、パーティーはずんずん歩き続ける。田島くんを筆頭とする前のメンバーの戦闘員はめちゃくちゃ頑張ってモンスターを倒しながら、泉くん達真ん中メンバーの戦闘員はそれなりに流れてくるモンスターを倒しながら、わたし達後ろメンバー戦闘員は時たま流れてくるモンスターを倒しながら、どんどん歩いていくと、前の方から「相内ー!あったぞー!」と元気な声がかかる。一行の歩みが止まり、わたし達は案内板を見つけたのである。

「こっから先が森みてーだぞ!」
「うヒッ、く、暗っ」
「三橋!転ばねーよう気ィ付けろよ」
「……案内板、読めない……」
「相内がフランス語なんか使うから」
「わたしを責めないでよー!」
「泣かないでっ!」

……では、気を取り直して。と咳ばらい。先程千代ちゃんと花井くんと栄口くんに話したことを説明するとみんなは身構えたようだった。それはそうだ。だって、暗い所に閉じ込められるのは誰だって嫌だ。案内板の前でみんな、円陣を組む。

「気ィ抜くなよ!」
「おお!」
「ペース乱すな!」
「おお!」
「目ェ離すな!」
「おお!」
「一人じゃねェぞ!」
「おお!」
「一気に抜けっぞ!」
「おお!」
「うん!」
「はい!」

いくぞ、オレら!
なんて掛け声で、森に入った。


ふわふわひらり。
キラキラと鈍色に光るりんぷんは空中でほんの数秒シャラシャラと輝いて、溶けるように消えていく。それに惑わされてはならないと、前の者はモンスターに集中し、後ろの者は蝶の行方に気を配る。いつもの外周と同じペースで立ち止まることなく、時にはチームの配置を交換しながらモンスターを倒し、蝶を追った。

「あーっもう!またモンスター!」
「しかもムシ系ばっか!」
「森らしー!」
「あっ!宝物ボックス!」
「傷薬かな!?」
「止まらずに取れよー!」
「あ!道分かれてる!」
「おい!蝶どっち行った!?」

蝶の軌道はふらふらふよふよ、緩やかーなスローフライであるけれど、モンスターの邪魔を振り払いながら追いかけ続けるというのは中々に難しいことであって、けれどここで見失ってしまっては一生出られないのでこちらも必死なのである。たまーに現れる宝物ボックスに減速しつつも足を止めないまま走っていく。暗い森の中、光る蝶々の狭い範囲内だけ照らされる地面の様子で道を判断する。はあ、はあ、と、そんなに距離はないというのに息が切れる。身体がなまったわけじゃない。装備が、鎧が、剣が、重たいのだ。

「くっそー!出口まだかよー!」
「たじま!出口見えたか!?」
「あ!光もれてる!」
「もーちょいだ!」
「チョウチョが抜けっぞ!」
「飛び込めー!」

蝶々より先に森を脱けなければならないので、ラストスパートとばかり、みんなして蝶々を追い抜く。おらー!なんて声を出す気力はわたしにはなく、蝶々より先に森の出口を脱けようと足に力を込めた瞬間にグラッと変に重心がゆらいだわたしの腕を取る大きな手が、力強く引っ張った。わたしより前をふよふよと漂う虹色の蝶々がゆっくりと後ろに下がっていくのを視界に捉えながら、わたしは再び光の世界に戻ってきた、と思った瞬間に顔から地面に突っ込んだ。あべし。

「……いたー」
「お前がまず言うべきはソコか!?」
「あ、ごめんなさいっ。ありがとう花井くんっ助かりました!」
「ったく……」

わたしを引っ張ってくれたのは花井くんらしい。起き上がってみると、偶然マントの裾が目に入った。スッパリと、一部の端だけがなくなっている。「森の中に置いてきちゃったねっ!」そう笑うと、まだ息の整いきれていない何人かの部員さんが、一斉にこちらを向いた。というか、花井くんと阿部くんと泉くんと水谷くんだった。

「……ちょい待て。オレらはわけもわからずお前の言った通りにチョウチョより先に出たわけだけど、もし右足だけでも追い抜かせてなかったら……」
「片足の生活が始まるっ?」
「クエスチョンで言うな!」
「笑顔で言うな!」
「可愛く言うなっ!」

あれ。
水谷くんなんかズレてないか。「おまっ、そこじゃねーだろ!」と阿部くん達に怒られている水谷くんを置いといて、千代ちゃんのところに行った。ものすごく息を切らしている。

「千代ちゃん、大丈夫?」
「あ……うん……ちょっと、疲れちゃって……」
「次から、わたしが千代ちゃんおぶって走るよ!」
「ええー?」
「ごめんね。疲れさせちゃったね」
「大丈夫だよっ!最後、ちょっと怖かったけど。斑ちゃん危なかったね」
「あはは……装備が重くて疲れちゃって……。それに──」
「それに?」
「最後の、マント切れたの。あれはわたしもビックリしちゃった。わたし、あんな設定は付けてなかったから」
「そうなの?」
「うん。ひじりちゃん達が色々いじくった一端だと思う」
「そっかぁ……でも、それだともっと厳しくなるね。この世界を旅していくの」

田島くんに呼ばれてレベルを見に行った千代ちゃんの言葉に、ひとり頷く。この世界は、一体どのくらいがわたしの認識下にあるのだろう。そんなにいじってはいないと思うし、今回は花井くんのおかげで助かったのだから全てよしとも言えなくはない。そもそも森から出られないっていう設定はつまりゲームオーバーということだからああいう具現化で間違っているとも言えなくはない。けれどわたしは見たのである。ゆっくりと後ろに遠ざかっていく虹色に光る蝶々の、腹や羽にまで広がった大きな口を。開かれた口の中は真っ暗闇。わたしのマントに噛み付いたそれ。

「……ひじりちゃんってサスペンスホラーも好きなのかな……」

ぽつりと呟いた言葉は「次行こーぜ、次!」田島くんの声に掻き消された。