ザワザワとし始めた場を何とか収めた花井キャプテンに促されて、わたしの目は再びメモへと戻った。ペンを握り、線上の村の位置に点を打つ。「この村については特に何もないんですが……この村では慢性的な人事不足で、常に困りごとを抱えた人がいます。なので何か頼み事をされたりしたら、なるべく助けてあげましょう」話しながら、点の上をトントンとペン先で叩いた。
「そして、東へ進みます。途中、湖があったりまた村があったり……で、東端にはある街がありますが、そこは封鎖されていて開きません。名前を、トゥットゥ・ペルソンヌ・ヌ・アントレ・パ・ス・ヴィルと言います」 「意味わかんねー!」 「名前を、Tout-personne-ne-entrez-pas-ce-villeと言います」 「言い直してもわかんねえよ」 「通称、入れない街、です」 「……お前なあ」 「で、壁に貼り紙が貼って、街に入るためのヒントが書かれているのですが……すぐに入ることは出来ないんですね。それで、そこから南西へと歩きます。村を越えて、山があり、南端には集落のようなものがあります。それを、プティ・カンパーニュといいます」 「通称は?」 「小さないなか」 「なるほど」 「ここは……名前をつけてみたものの、特に変なことは特別ないです」 「ないのかよ!」 「そして少し北東へ上って、プラス・ドゥ・ビアントォという街がありますが……」 「が?」 「ここは他のユーザーと交流のある時にしか発動しない街なので、この場合省略します。そして北西へ上り、ある城に寄り、村を過ぎ、モンスター達を蹴散らして、また街に着きます」 「通称はっ?」 「まだ名前言ってないです」
気の早い千代ちゃんだった。というよりはカタカナにうんざりしたのかもしれない。フランス語だと聞き取りにくいかと思ったから、カタカタにしたのだけれど。「名前を、ヴィエール・ドゥ・ミール・エ・ヴァンといいます」というわたしの言葉は、被さるようにして発せられた「通称は?」という花井くんの質問によってスルーされていることが判明した。
「……通称は、はちみつとワインの街」 「なるほどな」
ひとまず宿屋を出たわたし達は二手に別れて行動することに決まった。だって12人も連れだってゾロゾロと歩いていたって、世界中で一番平和な島であるリール・ドゥ・ボンジュールでは動きにくくなるだけだし、それだったら戦闘組と非戦闘組に分かれて島の外でレベルを上げたり島の中を探索したりする方が効率がいいと考えたからである。非戦闘組は宿屋を出るとそのまま探検に入っていった。戦闘組はというと、田島くんと花井くんと巣山くんと泉くんと水谷くんと沖くんはまっすぐ島の外へ戦いに行った。もちろん、最初にモンスターをたくさん倒して得たお金で買った傷薬とパンをたっぷり持たせておいた。阿部くんとはというと、まず島の教会に寄って神父さまに会わなくてはいけないのでわたしと二人で、島の一番高いところにある大聖堂を目指して歩いている。
「阿部くんの魔法はどんな魔法かなっ。白魔法かな、黒魔法かなっ?」 「白か黒かでちげーの?」 「うん。白魔法は回復魔法が得意で、属性は水・木・土のどれか。相手を『攻撃』するっていうより、どっちかっていうと『回避』しつつ戦闘プレイヤーの『サポート』って感じなのかな。もちろん、攻撃も出来るけど」 「へえ。じゃあ黒魔法は?」 「黒魔法は回復魔法は出来ないんだ。それで、呪い系が得意かな。属性は炎・雷のどちらか。黒魔法使いっていうのは相手を『呪』い、『攻撃』する専門の魔法使いかな」 「ふーん……じゃあ白魔法使いの方がいい感じだよな。戦えるのはもー6人ぐらいいるんだし、回復要員が一人いれば役に立つだろ」 「阿部くんは黒魔法使いの方が似合ってる感じだけどねっ」 「テメー、コラ」
見慣れない街の景色にキョロキョロと辺りを見回しながらも隣を歩く阿部くん。みんなで歩いていた時は、興奮していた田島くんや三橋くんを注意して見ていたりと冷静な引率者っぽかったのに。「新鮮なくだもの、1Kgワンコインだよ!」活気溢れる市場の様子を見て、おお、とか、スゲー、とか漏らしている。横目で見て、思わず笑ってしまった。帰りにまたここを通ろう。
「相内ってさ、ここ創ったんだろ?じゃーオレがどっちかって、わかんねーワケ?服とか、判断基準とかもお前が決めたわけだろ?」 「うーん……あのね、それに関してはこのゲーム、ひじりちゃんに渡しちゃってから微妙にいじくられてるかもしれないし……服のデザインについては、色んな人の手が加わってるし」 「手?」 「まあ、デザイン案がね。主に9組のお友達とか、あと先輩」 「ハルナ?」 「とか、の、おねえさんとか。先輩が言うにはですね、わたしの美的センスに問題があるだとかで色々考えてくれました。──というわけで、とにかく不確定なんですよ。同じ職業でもデザインや色違うっていうのもありますし。特に阿部くんの服は、確定した時に白魔法か黒魔法かで色が変わるので現時点ではわかりません」 「なるほどな」
ちなみにオレの服、ハルナのヤツじゃあねーだろうな。と半分睨むようにして目を向ける阿部くん。男の魔法使いに関しては先輩の管轄じゃないから大丈夫ですと返したわたしは会話する半分、島のマップを頭の中で開いている。もうそろそろ着くかなあ、と足を速める。それならよし、と言う阿部くん。というより、そういえば先輩の管轄は主に女性の服装だったからなあ。採用したかどうかは別にして。そうぼやくわたしに首を傾げたのだった。
「例えばほら、わたしの服装?女戦士ですね。なんだかミニスカートとロングブーツが微妙にエッチな感じですが、元々の先輩のデザインはまず胸に包帯を巻いて肩と腕とお腹を露出した上半身にチャイナのように大きくスリットを入れたスカートでしたから」 「…………」 「それで、見兼ねたおねえさんがこっそりこのデザインを考えて下さったのでこっちにしました。大体、戦士なんだから露出しちゃダメじゃないですか。ガードしなきゃ」 「……まあ、そーだけどよ」 「あれっ。もしかして阿部くんは露出の方がよかったとかそういう──」 「ああっ、あんなところに大聖堂が!相内、見えたぞ!早く入ろう!あの扉に向かって、さっさと、走れ!」 「あれ、阿部くんキャラ違うっ!?」
入口の扉が見えた途端、爽やかな笑顔を見せた阿部くんはピューッと走っていき、わたしのツッコミなんか気にもとめずに大声を出して手招きする。…………。まあ、色々あるか。先輩の部屋に堂々と落ちている、ビデオや雑誌みたいなもので、下手に触れない方がいいものなのだろう。わたしは小走りで近寄った。
「水属性ですね」
厳かな感じでやや恐縮してしまうような豪華な大聖堂に負けず劣らずの素敵な笑顔で、神父さまはそう言った。隣の阿部くんは、それみろ、という顔でニヤリ。
「神父さま、もっと、もっとよく見て下さいっ?ほぅら、この、意地の悪そうな顔を」 「相内ってよくオレに喧嘩売るよな」 「戦士のお嬢さん。何度見てもそちらの青年は白魔法使いでらっしゃいますよ」 「本当に、白?黒でなくて、白っ?」 「はい。黒ではなく、白です」 「……お前。そんなにオレが嫌いか?」
神父さまが断言した途端、阿部くんのグレーの服は白へ、真っ黒だった大きなネクタイは青色へと変化した。そうそう、こんな服だった。ついでに阿部くんがずっと手にしていた杖の先についていた透明の石も、青くなってその中にそれよりも薄い炎をともした。
「よしっ。それじゃあ神父さま。こちらの白魔法使いさんは、確か本を頂けるんですよね?」 「ええ。お嬢さん、よくご存じですね?こちらの青年は何もご存じないのに」 「あ、あはは……」 「…………」 「ここで少しお待ち下さい」 「はいっ!」 「……お前さあ」
何か言いたげな阿部くんの言いたいことは分かっていた。余計なことを言ってしまったのはうっかり、である。「まーこんくらいならいいけどさ」そうか、これからわたし、知らないふりをしていかなければならないのだ。少し経つと神父さまが戻ってきて、阿部くんに古ぼけた分厚い書物を手渡した。
「この本は常にきみの成長と共にあります。──あなた達の旅に、神のご加護があらんことを」
「開かねえぞ、この本」
阿部くんがそう言ったのは、大聖堂に背を向けて坂を下っていた時だ。正確に言うと、差し入れはすぐに食べられるリンゴとパンと、あとは飲み水を買えばいいかなーと考えていた時だった。ぐぎぎぎぎ、と力いっぱい開こうとする阿部くんから、わたしは本を奪い取った。
「今はね、レベル1ですもん。この本はまだ開かないですよ」 「なんで?」 「神父さまが言ってましたよね?言葉の通り、この本は常に、阿部くんの成長の傍らに存在するものです。阿部くんが成長しなくては、本だって応えてくれません」 「……えーと」 「つまり……ううん。レベルが上がるにつれ、読める文字やページが増えるわけです。この本には魔法を使うのに必要な呪文が書いてありますからね」 「じゃあレベル1のオレは?」 「まずは杖でモンスターのアタマを殴ることから始めましょう」 「魔法カンケーねえ!」 「当然です。新米なんですから」 「1コぐらいどうにか出来ねえのかよ。カッコ悪くて笑われるわ」 「ガマンして下さい!水谷くんなんて、手品で真っ赤なバラを出して投げ付ける攻撃なんですよっ!?」 「いるか!?道化師!戦闘にいるか!?」
わたし達は島の外に出ると、まず浜辺をぐるりと一周歩いて回った。そうしてわかったことは、やはりわたしの設計通り、島の外には約60度ごとにそれぞれまっすぐな道が延びていて、わたし達が最初にやって来た島の入口の真ん前の道以外の道は、それぞれ途中で破壊された橋のように海に浸かってしまっているということだった。この世界、というよりひとまずこの島においては、わたしの設定はいじくられてはいないらしい。わたし達の来た小道に戻って歩き出す。少し歩いたところに、水谷くんがいた。「よ。レベルは上がったか、クソピエロ」片手を上げて飄々と話しかけた阿部くんだった。
「阿部くん。だから、道化師はピエロとは違うんですってばっ」 「知らねーよ」 「阿部に相内じゃん。なに、阿部やっぱり黒魔術だった?」 「ううん、残念ながら、白魔法。驚きだよねっ。ひえー」 「ひえー」 「お前らを杖で殴ってもレベルって上がるのかな」
水谷くんは巣山くんと一緒に戦っていたようで、話している間に戦闘を終えた忍者の巣山くんがこちらへやって来た。2人ともケガや服のほつれが目立つけれど、傷薬はちゃんと使っているのだろうか。「ちょっと休憩しない?」食べ物の入ったカゴやフクロを見せて言うと、頷いて、2人は大きな声で「みんなー!きゅーけーい!」と、それぞれ道の先々で戦っていたペアは戦闘を終え、走り寄ってきた。わたしと阿部くんと水谷くんと巣山くんはそれを先に浜辺に戻って眺める。戻ってくる間にも、モンスターが現れるからだった。
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