振り連載 | ナノ



 02 ここでも怒らえる



わたし達は、走っています。
結構長い間おしゃべりをしていたために、恐らくあと30分ほどで満潮になってしまうであろう水面の高さになっているからである。部員さん達は「にしうらー、ファイ!オー!ファイ!オーッ!」と走り込みのごとく駆け足である。多分この中で一番体力がないと思う千代ちゃんは、ちょっと前に転んでしまったので、花井くんがおぶっている。わたしは一番前、剣を鞘から抜いて、柄を握り構えたまま低身で走っている。なぜならここは、モンスターが出るからである。

「あっ!モンスターだ!」
「子供の人魚?」
「水魔です!一発で倒しますから、そのままスピードを落とさないで下さいねっ」
「大丈夫か!?」
「ここにいるこいつはレベル1です!」

5メートルほどの距離を一気につめて、「やあっ!」先手必勝とばかりに思いっきり刀を振り下ろした。ピピッ、と水魔が縦一線に切れたかと思うと、その瞬間消失した。わたし達は5秒後、何事もなかったかのように一心不乱に走っている。というようなことを何度も繰り返していた。さすがに初めのうちは立ち止まり、何度も攻撃して倒さなければならなかったのだけれど、今はさすがに楽だ。これ、一種の荒療治というヤツだろうか、と思いながら、やっぱり走る。ちなみにRPGのお約束、モンスターを倒した経験値は倒した人間、つまり今のところは全てわたしについているけれど、まあそれは仕方のないことである。説明はまだ全て終えていないのだ。そしてモンスターを倒した『ご褒美』の『お金』は、ちゃんと走りながら内野陣にキャッチしてもらっているので、島に着いてもお金がなくて何も出来ない、というようなことはない。ハアハアと乱れる息とカラカラの喉に耐えながら走り、モンスターを倒すこと数十回。

「あと5メートル!」
「急げ!沈む!沈む!」
「──着いたっ!」
「わー!止まんな!」
「まだオレらいっぞ!」
「一気に駆け込めー!」
「飛べーっ!」

ズシャシャシャー。最後の方は半ば海に飛び込む水泳少年のように浜辺へとヘッドスライディングしていた。と、直後に強い風が吹いて、その波により今まで走ってきたまっすぐの道はすっかり水にのまれてしまったのであった。「……せ、セーフ……」海よりもう少し高い、なだらかな坂になっている浜辺に倒れ込む部員さん達。わたしはおぶわれていたせいで花井くんと一緒に倒れてしまった千代ちゃんを抱き起こして、砂を払う。膝を覆う長さのパンツのおかげで足に怪我はなかった。肘を少し擦ったみたいなので、ご褒美のお金で傷薬を予備の分含めて買っておいた方がいいな、と考える。

「千代ちゃん、道具屋さん行こうねっ」
「うん。斑ちゃん、すごいね!みんなグッタリしてるのに、斑ちゃんだけピンピンしてるっ」
「これはね、さっきいっぱいモンスター倒したから、経験値でレベルが上がったんだ。HPも上がるんだよっ!」
「すごいねえー!」

それから15分ほどで部員さん達の息は調い、わたしを見て何気にしょんぼりしている部員さん達に「レベルが上がったら疲れにくくなるよ!」と声をかけて、まずは島に入ろうと陸へと歩き出した。近くまで来てみると、うん、やっぱりそうだ。わたしがデザインした島の様子と、そっくりである。

「すっ……げええ!」
「何コレ、ホントに相内が創ったのか?」
「うんっ。元ネタはモン・サン・ミッシェルなんだけどねっ」
「ふ、わあ……おお、きい!」
「名前とか、あるの?」
「リール・ドゥ・ボンジュール」
「長っ!」
「通称『はじまりの島』です」
「フランス語にする意味は?」

そんなの、ない。心の中で花井くんのツッコミに答えながら、わたし達は島の入口──アーチをくぐり、中へと入った。そこはわたしのデザイン通りに石造りの建物が並んでいる。傾斜地であり、山の頂のようでいて空に一番近い場所は、大聖堂。ほわあ……とそれを見上げるみんなを微笑ましく思い、そしてわたしも満足気に頷いてみせた。

「うん。デザイン通り。流石、わたし」
「満足してんじゃねえよ」


ゆっくり話が出来る場所、ということで宿屋へと向かった道すがら、道具屋があったのでお金を少し使って薬を買った。興味津々にキョロキョロと辺りを見回すみんなを引っ張って宿屋へ着くと、シャワーとトイレ付きの部屋をひとつ借りる。そしてみんなをそこへ押し込めて、わたしも入り、カギを閉めた。これでとりあえずは一息つけたと言えよう。

「……ふう。やれやれです」
「相内コラ。殴っぞ」
「あーべ!落ち着けってー」
「オレは冷静だ!ただ、コイツの、いかにもツッコミ待ちな態度が気にくわねんだよ!」
「わたしはちょっと気が動転しているんです。まさかゲームの世界の中に入ってしまうなんて、製作者だって思いもよらない」
「製作者はお前だー!」

ここでいつまでも漫才みたいなことをしていても意味がないので、ベッドにはしゃいでボヨンボヨンしている組や窓から外の景色を眺める組、それから自分達の武器が本物かどうかを確かめている組などを揃って集め、わたし達は床にぐるりと円陣を組む。試合前みたいだな、と真剣そうな11の表情を確認した。

「……ここがゲームの世界である以上、ストーリーは進行させなければなりません。ポケモンやドラクエなどのRPG全般において、これは鉄則です。いつまでもここでジッとしていたところで、もし夢でなかったとするならば状況は何も変わりませんから」
「ああ」
「オレらも、そー思う」
「ただし夢でなかったとするなら、このゲームを全てクリアしてしまった時、わたし達がここにいる意味が無くなってしまう。する事が、なくなりますから」
「おお」
「……だね」
「推測として、この世界を全クリしてしまえばわたし達は元いた現実に帰ることが出来るのではないでしょうか、ということです。もちろん、これが夢であり、その前に目覚めることが出来るのなら、それに超したことはありませんけれど」
「うん」
「そ、う、だねっ」
「だなあ」7
「なので、この状況を打破するために、わたし達はゲームクリアを目指して旅をしていく、という方向性で、いいでしょうか?」
「いいも何も!」
「それ以外、オレ達にできる事はないと思うしなー」
「思いつかないもんね」
「うん、いいんじゃない?」

目標は全クリ。
これ決定事項。
ゲームの内容は、製作者であるわたしが把握している。というより、わたししか知らない。

「……しっかりしなくちゃ」
「斑ちゃん?」
「ううん。じゃあ、まずはこのゲームの説明をしておくね」
「そうだな。オレ達なんもわかんねーもんなぁ」

わたしはベッドサイドのテーブルに置いてあるメモ用紙とペンを手に円陣に戻る。まず書くのはこのゲームがどういったもので、どんな機能を備えているのか。

「ジャンルとしてはさっき話した通り、RPG。ロールプレイングということで、プレイヤーはそれぞれ職業を選択して旅に出るんです」
「選べるのか?」
「はい。でも、わたし達は勝手に決められてましたよね?これがまず、差異その1」
「差異?」
「ゲームと違った点です。で、これは新型ゲーム機がインターネットのように電波を介して他のユーザーと交流することが出来るという機能があるのを利用した、オンラインでシェアプレイ出来るものでして……つまり、わたしとかなめちゃんが各々そのゲーム機を持っていて、そしたら2人はパーティが組めるんです。もちろん一人でもプレイ出来ますが、その場合はパーティが最低一人、コンピュータがつくことになります」
「へえ。凄いな」
「更に旅の途中、とあるエリア内では他のユーザーのパーティと遭遇することがあります。もちろん、ラストは別ですが。その中でだけはそれぞれの『世界』が重なって、ひとつになるんです。その他では同じ内容の『世界』ですが、平行していて交わることはありません」
「でもこれ、まだ販売してねーんだろ?だったらそれはねえよな」
「そのはずです。ゲーム機の発売の方に合わせますから。機械の方は、来年の5月27日に発売予定です」
「……遠いね?」
「5月27日というのが、重要な日なんです。なんでも、ドラクエが初めて市場に出た日だとか」
「ちっとも重要じゃねえ!」
「泉くん。ちょっと大事な話をしています。ツッコミはご遠慮ください」
「うるせえよ」
「ま、まさか阿部くんに叩かれるとは……想定内!」
「予想してんじゃねえか」

なんでドラクエ?と首を傾げる水谷くんを筆頭とするみんな。そんなの、ミレーユお姉さんが可愛いからに決まってるじゃないか。と返せば「テリーのワンダーランドの方!?」と驚かれてしまった。

「というのは冗談で。単純に、ひじりちゃんがドラクエ好きだからなんじゃないかな?」
「はー……まあ、発売日は置いといて。相内、このゲームのルールというか、話?はどうなってんだ?」
「あ、うん。概要としては、100年前から次々と奇怪な出来事が起こる世界をどうにかしようと立ち上がったプレイヤーが旅をしていく。途中は怪奇現象やモンスターを相手にしながらレベルを積んで、ラスボスに勝ったら世界に平和がもたらされるという、まあ定番のストーリーかな」
「独創性ねーのな……」
「RPGなんて、言ってしまえばお約束の展開の方が大衆向けしますからね。世界救済ネタは皆さん大好きというわけです。それに今回はひじりちゃんのお父さんの会社からではなく、ひじりちゃんからの依頼というか『可愛いちょっとしたお願い』でしたから」
「園田、アイツ何させてんの……」
「大好きなひじりちゃんのお願いというわけで、テスト1週間前の授業中はほぼそちらに割り当てました」

だから授業中ずっとキーボードカタカタ言わせてたワケね……と、隣の席の泉くん。彼は数学の授業で先生にあてられるとこっそり指でつっついてくるのである。多分、自分でやってみた答えをひじりちゃんによく「イズミ間違ってやんのー」とからかわれているから、自分の答えに自信がないらしい。ひじりちゃんは『違う』ということしか教えないから泉くんは拗ねるのである。もちろん、ひじりちゃんはからかっているのである。

「──以上が、大まかなストーリーの説明です。続いてこのゲームのルールについて。まず、お約束的な規則として、HPとは体力──生命エネルギーのことであり、生きとし生けるわたし達みんなに存在します。0になると、死亡というよりはカンオケに入ることになります」
「えっ、でも、死亡とカンオケって同じじゃねーの?」
「このゲームの場合、カンオケに入ったプレイヤーは移動する時はパーティに引っ張られる形で一緒に移動します。復活の呪文を唱えたり、教会に行けば生き返ります。ドラクエのように」
「斑ちゃん、やっぱりドラクエ好きなんじゃあ……?」
「けれどわたし達の場合はどうなるかわからない。さっき千代ちゃんが転んだ時、実際にケガをしています。わたしもモンスターを倒しながら突っ切って、擦り傷まみれです。だから『試してみよーぜ!』というのも危険すぎるのでオススメしません」

わたしの傷を確認して、慌てて頷くみんな。「なので、HPは絶対に0にしてはいけません」当然のことを改めてしっかり言い付けておいて、他のルールの説明へと移ることとする。えっと、言わなければならないことは──

「……あ。あと、例えば阿部くんのような魔法使いにはお約束、MPというものが存在します。0になると魔法が使えなくなります。が、HPとMPは道具を使うか、食べたり寝るかすれば回復することが出来ます」
「なるほどな」

さすがにもうツッコミは入らないものの、これも参考はドラクエである。……いいんだ。元々、ひじりちゃんに渡したものはあくまで『案』のかたまりなのだから。基本的なプログラムを彼女の父親の会社のネットワークと共有する形で組んでいるので、細かい修正は行えるのである。

「そして大事なのは、プレイヤーは職業によって戦闘の可能不可能が決まります。この中にも、戦うことが出来ないプレイヤーがいるんです」
「えっ!」

声をあげたのは田島くんだった。「相内!オレは!?オレ戦いたいー!」わたしが答える前に花井くんは「お前はどー見ても戦えるヤツだろ」と、鎧と剣を指摘した。安心したらしい田島くんはニッカリと笑顔である。

「えっと、戦闘に参加できない職業は……まず、三橋くんの、探検家」
「ヒッ!?」
「え、三橋戦えねーの?」
「オ、オレ……」
「いーよ三橋は戦わなくて。ケガしたら大変だろ」
「……阿部……」
「そして吟遊詩人の栄口くん」
「あー、なるほど」
「エースとセカンドいっぺんにレギュラー落ちしちまったな」
「別に戦闘は試合じゃないよっ!……そして、占い師の西広くん」
「あーあ。レギュラーなれなかったな」
「西広くん、ムリにノらなくてもいいんだよ……?……そして、あとは千代ちゃんかな。記録者だからねっ」
「そっかぁー、戦えないのか。なんか残念だなあ」

戦いたかったらしい千代ちゃん。残念そうに笑って、すぐに「記録者ってなあに?」と尋ねる。わたしは「ああ」と、そういえばそれについての言述がまだ済んでいなかった。「以上述べた人以外は全員が戦闘プレイヤーなので、力を合わせて頑張りましょう!」と締めくくった。

「……以上って、えっ!?オレ戦えるの!?ピエロも戦えるの!?」
「戦えるんだよ、残念ながら」


記録者というのは、ドラクエ内で言うところの『冒険の書』を記録することの出来る唯一の職業だったりする。ドゥームズディ・ブックではないけれど、この書は最後の最後の方で必要になるアイテムである。旅をしてきた道のりや倒したモンスターや経験などを記録したものは各々のパーティの、旅の総集編みたいな存在になる。ゲーム上の設定としてはセーブという機能も果たすものだけれど、わたし達の場合は死ぬ寸前にゲーム機本体の電源を切るというワザが使えないので意味がない。ついでに言うと、現在のパーティのHPやMPなども把握出来るというものなの、であーる。実にご都合のいいシロモノであるのだった。なので各パーティに1人、絶対に必要なプレイヤー。そして記録者は非戦闘職種であるので、千代ちゃんは戦えない。わたしの設定上でも記録者がカンオケに入っている時には書を記録することが出来ないので、記録者は守らなければならない存在なのである。ということをかみ砕いてみんなに説明した。

「そっか、なるほどな」
「じゃーみんな、ゲンミツにしのーかを守ろーな!」
「戦えるヤツらは戦えねーヤツらを守らなきゃいけねんだな」
「戦えない人は戦闘以外で活躍出来るんだよね?」
「何か篠岡、姫みたいな?」
「おー。合ってるじゃん?だってマネジだし」
「成る程。ここに剣下げたマネジが1人いっけど」
「あー、阿部。そりゃ言っちゃいけないお約束ってやつだろ」
「相内サン、オレ、守ってくれる……オレも、し、のーかサン、守る……」

主に泉くんと阿部くんの言葉にあからさまな悪意を感じたものの、わたしが伝えたかったアクティブディフェンダーとサポーターの関係はみんなしっかりと認識してくれたみたいなので、次の説明へと移ろう。わたしはここで初めて、メモ用紙にペンを滑らせた。「なにこれ、イナズマ?」田島くんのインスピレーションは惜しからずも当たらじ、というやつであり、わたしはちぎったメモをみんなに見えるように真ん中に置いた。

「これはこの世界の地図みたいなものだねっ。細かな村の名前とかは置いといて、重要な土地の話をするから聞いて下さい。あ、でも……」
「なあに、斑ちゃん?」
「製作者側からの立場としてはー……やっぱり詳細なネタバレだと驚きが減るっていうかー……」
「つまり簡潔に言うと?」
「驚いてくんなきゃつまんない」
「まーゲンミツにそーだよな!」
「お前ら黙れよ」
「なので今から物凄く曖昧であやふやな事柄をいくつかほのめかしますので軽ーく聞き流しておいて下さい」
「聞く気も失せるわンな説明!」
「さて。わたし達がこの世界にやってきて最初にいた地点がこの、てっぺんらへんです」

泉くんをスルーした。出来たのは多分さっきいっぱい頑張ってモンスターを倒してレベルが上がったからだと思う。わたしはペンで場所を指し示し、「そして今いるこの島が、そのすぐななめ下らへん」島のあたりに丸を描いて、リール・ドゥ・ボンジュールとフランス語で書いた。「読めない!」と文句を言われたので、はじまりの島、とその下に書いた。

「この島ではお約束、主人公が旅についての知識をある程度得て支度をして出発することを目的とした場所で、島周辺のモンスターも、島より北はレベル1だけ、他は1から4くらいのレベルのものだけって比較的弱いものばかりだから──」
「しばらくはこの島と外を言ったり来たりを繰り返して、オレ達のレベルを上げた方がいいってことか」
「うん。花井くんの言う通りです。で、南に進んでいくと小さな森があります。この森を抜けるためにも、経験は積んでおいた方がいいと思います」
「森ぬけたら?」
「森を抜けたら、小休止的に村が存在しますので休んだり、レベル上げたり」
「都合いいね……」
「全部こいつの都合で創られてんだからタリメーでしょ」
「阿部くん。泉くんに『お口チャック』の呪文を唱えてあげて」
「いや、オレまだ呪文知らねーし……その前に泉と同意見だし。……てか、んな呪文あるのか」
「一つのボケに対して3つもツッコミをいれたら場が締まらないよ、阿部くん」
「だったらもっと上手くボケろや!」

つうかツッコんでやっただけありがたいと思え!と阿部くんはまたもや複数返しというボケ無効化を発動させてしまう。なんだろう。阿部くんは案外優柔不断なタイプなのかもしれない。「お前らのマンザイって激しいよなー」栄口くんが眉を下げて笑った。

「そんな、まだまだです」
「マンザイのつもりだったのかよ!」
「いいから先へ進めよ」

花井キャプテンは力なく言った。