振り連載 | ナノ



 01 はじまりの島



そうだ。これはきっと疲れ目に違いない。そう思ってパチパチと目を瞬かせてみたけれど、わたしの目に映る景色は全く変化しなかった。

「……海……?」

ブワアアアと強い風によって揺れる水面はわたしの座り込んでいる海より少し高い程度の土の小道の両脇に連なっていて、目の前の道は数キロほど先まで続いているに違いない。というのも、よくよく目を凝らしてみると、ぼんやりと、島のようなものが見えているからである。その、島のようなものは山みたいにてっぺんが尖った形をしていた。その上空にはわっか雲がぽっかりと浮かんでいる。わたしは島を観察するのをやめて、両横を改めて見つめてみた。海だ。まごうことなき、海である。とりあえず島に行かなくては、となぜか思い、わたしは立ち上がる。そして何気なく後ろを振り返ってみた。驚いた。

「……ん……」
「ありゃ?」
「──はあ?」
「なんだ、これ……」
「……海?」
「オレ達、なんで──」
「ここ、どこ?」
「う、ひ、な、なんっ」
「え?えっと?」
「と、とりあえずみんな……」
「……斑ちゃん?」

西浦高校野球部の皆さんである、はずだった。というのも、先程まで私服校において普段わたし達が通学する時に着用している、いわゆる『なんちゃって制服』を着ていたはずのみんなが、なんだか、おかしな格好になっているのである。みんなも、「なんだ、このカッコ!」などと騒いでいる。

「え?あの、みんな、だよね……?」
「斑ちゃんこそ、その格好……」
「わたし?なに──ええ!?」

千代ちゃんにポカンとした顔で指をさされ、自分の身体に目をやるとなんちゃって制服は何処へやら、わたしもまた妙な格好をしていた。真っ白なノースリーブのシャツに、胸半分下から足の付け根まで、赤っぽい金属の鎧を纏っている。スカートで、ロングブーツ。腕はアームウォーマーで隠れていて、そして極めつけには、マント。マントである。よく見れば腰には剣の鞘が吊ってある。重さからして、多分入っている。「なんか斑ちゃん、女剣士みたーい。カッコイイね!」千代ちゃん、そんな呑気に構えている場合じゃないんだよ。千代ちゃんの格好だって、つめえりの白いパフスリーブのシャツの上から黒いエプロンのようなもの、蝶ネクタイに膝の隠れる白パンツに黒のロングブーツ。腰にシルバーのチェーンをベルトのように巻いている。元の服装からは掛け離れていた。

「わあっ!?あれー?私、いつの間に着替えたのかな……」
「……千代ちゃん。とりあえず、両横の景色を把握してみて」
「え?……えええー?海?」

やっと驚きの対象がおかしな服装からこの景色へと離れたらしい部員さん達も、キョロキョロとして、「はああああ!?」と口を開けたままにしている。田島くんや三橋くんが水に指をつけて舐めると「しょっぺー!」「し、塩、みずっ」とはしゃいだことから、やっぱり両脇は海らしい。好き自由に騒いでいると、聞こえてくるのは「ちょ……おちつけお前ら!!」われらがキャプテン。顔が青いけれど。さっすがキャプテン。

「おちつけ……落ち着け。うん。お前ら、全員いるよ、な。誰か海ん中落ちたりしてねーな?」
「おお!えっとー」
「三橋、花井、田島、栄口、泉にクソレ、沖と巣山と西広にオレで部員全員。で、マネジは相内と篠岡。……いるな」
「オレは緊急事態でもクソレなの!?」
「ちょっと黙ってろな」
「よし。えっと……とりあえずみんなは無事、と。で、次、ここがどこかだけど……」
「確かオレら、部室でミーティングしてたんだよな?」

一斉に頷くみんな。確かにその通りである。今日は週に一度のミーティングのみの日であり、部室にて隣のストバス部女子からおすそ分けられたお菓子をちょくちょくつまみながら、それなりに練習メニューや他校のチームについての話で盛り上がっていたはずだった。

「で、今気付いたらここにいた……、…………。ワケわかんねえ!」
「はいはーい!トリップってヤツじゃねーの?この前みたビデオで確かそんなんやってたぜ!」
「た、タジマくん、そ、れ、えー……ぶ……い……の……」
「タージーマァァ!!」
「マネジいんだから考えろ!」
「あ、忘れてた!」
「あ、大丈夫だよっ!千代ちゃんの耳はわたしが塞ぎましたっ!」
「行動、はやっ!」
「つうかお前も女だろ!」
「忘れてました」
「忘れるか!?んなカッコしといて!」

千代ちゃんの健全な心を死守したわたしは阿部くんに叱られてしまった。ショック。っていうか、んなカッコって。阿部くんこそ、そんな変な服着てるくせに。しかも杖なんか持っちゃって。まるで魔法使いじゃないか。…………。……ん?

「なーみんな!オレの服さー、なんか勇者みてーじゃねー!?鎧と剣あるぜ!」
「う、ヒッ。カッコ、いい!オレ、の、コート、と、帽子、探検隊、みたいっ」
「花井は狩人じゃね?弓あっぞ」
「泉だけ妙に現代風だな。それ何?」
「殺し屋かな。銃入ってた」
「沖は剣士かー、いいなぁ」
「巣山は忍者じゃね?アミアミのやつはいてるし」
「水谷は……なんだ?ピエロ?」
「西広は占い師っぽいね」
「栄口は何だろ、スナフキン?」

自分達の服装についてワイワイと盛り上がる部員さん達。千代ちゃんは「みんな素敵なカッコしてるねぇ」と朗らかに笑っている。先程泉くんと栄口くんの格好が何だかわからないと言っていたけれど泉くんは殺し屋ではなく賞金稼ぎだし、栄口くんは吟遊詩人だ。スナフキンはムーミンに出てくる妖精だ。ついでに三橋くんは探検隊ではなく探検家で田島くんは冒険家、水谷くんは道化師だ。どうしてそんなことがわたしに分かるのだろうかと考えてみて、途端にわたしの笑みは引きつった。

「なーなー!なんかこれさあ、RPGゲームみたいじゃねー?」
「おー」
「そーだ、これもコスプレじゃなくて、職業の服みたいだし」
「じゃーこれ夢?」
「いでででで!イズミ!オレの頬をつねんないで!」
「…………」
「じゃーモンスターとか出てきたりすんのかな」
「道の向こうさー、なんか島みたいなの見えてんね」
「行ってみる?」
「…………」
「あっ!そーいやしのーかの服装って何なんだろーな!」
「え?あ、なんだろうね?」
「……記録者だよ」

そしてわたしは戦士。わたしがそう答えて、引きつった笑みをみせると、「なんで相内わかったの?」田島くんが大きな声でハキハキとしゃべる。みんなが、なんだどうしたとわたしの顔を見やる。

「えっと、あの……えっと……」
「斑ちゃん?」
「相内、どした?」
「気分でも悪いのか?」
「……いや、あの……そうではなく……みんな、怒らない?」
「はあ?」
「何言ってんの」
「わたしのこと、嫌いにならない?」
「なんないなんない」
「何かわかんねーけど、言ってみ」

わたしは、みんなから目を背けて、ついでに身体ごと向きを変えて、ぼんやり見える島らしきものを見つめる。たっぷりと間を置いて、わたしは言った。

「多分、きっと、もしかしたら、ここ、わたしの作った、ゲームの中……」

かもしれない。


かもしれない。と続けたわたしはその場で正座をすることに。部員さんや千代ちゃんは揃って円を組み、わたしをぐるりと囲む形で座っている。これは何かのイジメなのかもしれない、と思いつつ、怖い目を向ける人(阿部くんと花井くんと泉くん)やキラキラした目を向ける人(水谷くんと沖くんと田島くんと三橋くん)や、そんな周りの反応に苦笑する人(巣山くんと西広くんと栄口くんと千代ちゃん)をそれぞれ一瞥して、さらにわたしの存在を出来る限り小さくして、思い口を開く。

「……まず、事の発端は、ひじりちゃんのお父さんの会社が新たなゲーム機を開発したことにあるん、だ」
「ヒジリ?」
「相内とおんなじクラスの女子だろ」
「オレも同じクラスだぜ」
「──ん。で、そのゲーム機は、ゲームボーイカラーをモデルにした、一見二つ折りの電子辞書みたいな風貌をしているの。でも画素数はすごくって、なんと500万画素」
「スゲー!」
「そのゲーム機は当然、きたる日に向けて発売するためにゲームのカセット製作に取り掛かるんだ」
「なんで?」
「バカ。ゲーム機だけ売ったって誰も買わねーからだろ」
「うん。複数のゲームメーカーがそれぞれ新しいゲームを、新型ゲーム機用に考えて製作するっていう契約を交わしたらしいよ。それでその依頼が、わたしのところにもきた」
「…………」

なんで来るんだよ。というツッコミが阿部くんや花井くんの目から無言で飛んでくる。おめめキラキラ組はいっそう表情を明るくしてスゲースゲーと漏らしてくれているけれど、この際スルーすることにする。

「それでわたしは引き受けました」
「だからなんでだよ!」
「阿部。声に出したら負けだぞ」
「だって……皆さんテストテストって、つまんないことばっかりしてるから……わたし特に授業中、ヒマで……」
「おい、こいつ殴っていい?」
「剣で切られるぞ」
「相内案外凶暴だからな」

失礼な言葉を吐かれた。
いじけようとすると、吟遊詩人、もとい栄口くんが優しく「それで?」と続きを促してくれたのである。わたしは頷いた。

「わたしが考えたのは、RPGです。モンスターを倒したり、奇怪な現象を解決したりするゲーム。一人でも大人数でも楽しめるようなものにしたくて、色んな職業を作って、世界を作って、名前をつけて……ゲームはとりあえず完成して、わたしはそのカセットをひじりちゃんに渡しました。お金を貰いました」
「金の話はいい……」
「ちなみに相内、それ作ってたのってテスト週間前の授業中?」
「もちろんです」
「うわ、殴りてえ……」
「相内、サン、すごいっ」
「だよなー!オレらゲンミツに居眠りしないのでセーイッパイだもんな!」
「それで、どうして今私たちがいるのが、そのゲームの中になるの?」
「……おんなじ、だから……」
「同じ?」
「みんなの着てる服のデザインや、この道、海に囲まれた道、あと、あっちに見える、島。わたしがカセットにプログラムしたのと、全部同じなの」

絶句。
阿部くんも花井くんも泉くんも三橋くんも田島くんも水谷くんも沖くんも巣山くんも西広くんも栄口くんも千代ちゃんも、そんな表情だ。

「これ、もしかしたら……夢なのかもしれない……から、いつか覚めるのかもしれない。けど、夢にしろ夢じゃないにしろ、このゲームは、物語を進めるゲームです。だから……わたし達は、ここでじっとしているわけには、いかない、と、思い、ます……」
「どーなんだろ……」
「夢、なのかな?」
「わっかんね」
「とりあえず頬はいてーけど」
「それも夢なのかも」
「……じゃあこれ、ホントにRPGゲームの中ってコトなのかよ!」
「阿部くん、RPGはそれだけで既にロールプレイングゲームの略であるので、RPGゲームっていうのは間違いだな。ロールプレイングゲームゲームになっちゃう。よくいるんですよね、間違っちゃう人」
「お前腹立つな」

阿部くんが真っ先にいつもの調子を取り戻した。続いて少しずつ、さっきまでのザワザワが戻ってくる。冒険家。探検家。魔法使い。賞金稼ぎ。狩人。吟遊詩人。剣士。忍者。占い師。道化師。記録者。そして女戦士。これが夢だとかそうじゃないだとかを置いといて、この場に12人という大人数がいることは、そして常時戦闘可能プレイヤーが数人いるということは、中々心強いものなんじゃないかと思ってしまう。なぜなら、モンスターが出るから。

「相内!とにかくあの島に行けばストーリーは進むんだろ?」
「う、うんっ」
「なら行こーぜ!」
「そうだな。そこでまた、そのゲームについて教えてくれよな」
「そ、そうだねっ!急がないと、ダメだねっ!」
「ん?急ぐ?」
「うんっ。ここ、海だから。満潮になったら、この道、水没するからっ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「それを早く言えーっ!!」