■ 笑顔とスイーツ
「しーんすーけくーんっ!!」
「今日は何だ」
「一昨日受けた二次選考が突破ですっ!!」
「そうか」
「夕飯は何がいいですかッ」
「肉じゃが。麺つゆなんざ使うなよ」
「はいはいはーい♪あ、晋助」
「何だ」
「おやつと今晩のデザートに、百貨店スイーツを買ってもいいですか晋助様ッ!!!」
「……フ。三個までなら許してやる」
「ぃやった――!!さすが晋助様!器が大きい!!」
合格通知を見事にお届けしてくれたスマホのメール画面を晋助に見せつける。選考が通った、プラス我慢に我慢を重ねていた魅惑の百貨店スイーツに手を出していいというお許しを得たことで晋助を持ち上げて調子付かまた例のよくわからない発言に拍車をかけることとなろうともなんのその。この生活を始める際に晋助から預かった食費の袋からコツコツ貯めてきた(晋助は『ンな貧乏臭ェ真似しなくていい』と言うのだけれど、あいにくとわたしは貧乏性なのだ。)スイーツ代を財布に突っ込み、意気揚々と買い物の準備をする。今日は午前中のみで選考が終わって、ノルマのエントリーシート提出も無事郵送で終えたため、日中はフリーダムなのだ。久しく私服で思いっきりふかふかのソファに飛び込めば「おぉふ……」とよくわからない声がでるくらい気持ち良かった。この肌触り。この弾力。一体どんな天然高級素材を使っているのかわたしには見当もつかない。
「ジャガイモでしょー、牛肉でしょー、ニンジンでしょー、タマネギでしょー、ゴボウでしょー……あと何だっけ」
ごろごろと久々の悠々自適なアフタヌーンににやけながら、指折り肉じゃがの材料を数えいく。
「糸こんにゃくを忘れちゃいけねーよ。……なんでゴボウが入ってんだ」
「え、入れない?ゴボウ。あとシイタケ」
「は。邪道だな」
「ふーん、わかった。じゃーデザートはどこがいい?」
「どこがってのは何だ」
「だからーっ、どの百貨店で買うのがいいか!ケイオーでしょー、オダキューでしょー、タカシマヤでしょー、伊勢丹でしょー、あ、でもパークタワーのところのケーキも食べてみたいなあ……」
「オレが知るか。大体、百貨店ならどこ行ったってそれなりに数といいモン置いてるんじゃねェのか」
「だーかーら、迷うんだってば!気になったの全部買う余裕ないし、買えたって一人じゃ全部食べらんないんだから!」
「買やァいいじゃねーか。ブクブクに太って、スーツが入らなくなるまで太ったら、面白ェしな。いい暇潰しになる」
「キャーッ、恐ろしいこと真顔で言わないでよーっ!!」
「……四個買っていいから、ボリューム下げろ。うっせぇ」
「ハイッ、晋助様」
敬礼した。
頬杖ついて、半ば呆れ顔だった晋助は「……誰かを思い出すな」と不意に口角を上げる。ハッ、と嘲笑も混じっているのだけれど、隻眼は確かに年相応の少年のごとく愉しげに揺らめいた。「何、友達とか?」と尋ねれば「……嫌いじゃねーさ。バカで酔狂な奴らはな」と独り言だろう呟きが返ってくる。ああそろそろまた一人の世界に入っちゃう頃かなぁ。と感づく。学校の友達のことでも思い出しているのだろうか。何か問題を起こしての停学と自宅謹慎処分だと思うのだけれど、このゴーイングマイウェイな晋助がそれに大人しく従っているというのが少し意外だったりもする。この人なら夜中に街へ繰り出して片っ端からブッ壊そうとしたり好きな時に学校へ行って好きなだけ友達と会ったりとか、できそうだ。……まあ、発言は色々と危険だけれど、晋助と出会って早五日、共に生活をしている中で行動としての暴力性や残虐性は今のところ見せておらず、頭と口は悪いが基本大人しい感じの美青年なので、どうして停学なのかはわからないのだけれど。
「……じゃ、スイーツ選びに行って来るね」
「肉じゃがの材料も忘れんなよ」
だって晋助、優しいしね。
困っていたわたしを、こうして自身の暇潰しのためとはいえ助けてくれている。もう身も心も、ついでに涙までボロッボロだったあの時のわたしには、晋助が神様に見えたのだ。
自然と顔が綻んで。
いってきまーす!と意気揚々に部屋を出た。
玄関を通り埃一つ落ちていない廊下からエレベーターで一階まで下りるとオートロックのフロントドアを潜る。数十歩かけてようやく敷地内から出られたわたしは振り返り、改めて今、自分が生活している一室の建物を見上げた。
晋助は、神様だと本当に思った。