■ メールと買い物
「あー……つっかれた……」
一日の就活ノルマを本日も見事達成し、選考会場を後にする。選考(今回はグループディスカッション)を同じくした他の就活生らとビルを出たところで別れ、晋助のマンションを目指すべく歩調を速めた。おっと、夕飯の材料も揃えなければ。考えながらカバンからスマートホンを取り出して電源を入れる。しばらく待って表示されたトップ画面には新着メールの文字が。パソコンに来ているメールの方からチェックしていくと、マイナビのオススメする企業メールの中に、エントリーしていた企業が説明会の受付を開始したというお知らせのメールを発見し、すぐにリンク先へ飛ぶ。一方かつかつとヒールを響かせていたパンプスは信号待ちのためいったん停止。待っている間にスケジュール帳を取り出し、説明会予約画面が開かれると開催日時と開催地に一瞬で目を通し自身のスケジュールと照会して希望の日時にチェックして予約ボタンを押す。……ふう、予約完了。
「よかったー……前は全部満席で予約出来なかったからなぁ……」
信号が青になったのを確認し、早足で道路を渡る。東京に来始めたばっかの頃は、ビルばっかおっ建っている新宿西口に半泣き状態だったけれど、これだけ足を運んでいれば嫌でも慣れたわ。念のため印刷しておいたグーグル地図を取り出すことなく、今日は行って帰って来れた。説明会の感じも上々で一次選考も受けてきた。二つ目のグループディスカッションの調子も中々の出来だったと思う。うんうん、と満足しながらブラウザを終了し、今度は携帯の方に溜まったメールを確認していく。まあ、ほとんどがさっきのナビからのメールの重複だろうけど。
「……と、うん?晋助からだ」
あの男が珍しい。
――ということはなく、むしろ選考中と知っていながらも割と頻繁にメールを送って来るため、メールを開く間に大方の予測はついている。
くだらない中二感満載のつぶやきか、
買って帰って来いというおつかい、
または諸々の連絡事項。
『グラタン』
「…………つぶやき……?」
首を傾げた。
「いや、おつかい…………」と唸ったところで、そういえば今晩のメニューは今朝の会話でシチューになっていたことを思い出した。
すると、コレはアレか。
メニュー変更の連絡か。
「――単語単位で呟くなァァァ!!!」
すれ違ったサラリーマンにギョッとされた。
見てんじゃねーよ!
『ブロッコリーは入れんなよ』
『ねェなんでこれは電話?つか入れられたことあんの?グラタンにブロッコリー』
『前の女がよォ、料理が趣味だっつーから作らせたら……ハッ。余興にもならなかったぜ』
『それは災難だったねー』
『いいか。アイツは地球を侵略しに来た天人だ。この世界の腐敗を影で牛耳ってるに違いねェ』
『ねぇ、アマントって何?』
『手前には毎日だし巻を作ってもらってる恩があるから警告してやる。一度アイツらに侵されるともう手に負えね―からな』
『あーうん。普通にマカロニグラタン作ることにするわ。ご忠告ありがとー』
『じゃあな。……世界に気を付けろよ』
『あーうん。気を付ける気を付ける。十五分くらいしたら帰るねー』
今度は何に影響されたんだろう……。
と思いつつまあロクでもないモノなのだろう。
一人で勝手に納得することにするとして、通話を切ったスマホをカバンの中に放り込む。買い物カゴにも冷凍マカロニを放り込み、牛乳を大量に使うのと毎朝そこそこの量を飲んでいるので補充の意味も込めてパックを入れる。必要なものはもう見終えたから、あとはスイーツ的な何かがデザートにあればわたしは非常に嬉しい。晋助から預かっている食費もセール時などを狙って(というか帰りが遅いので自然と出くわすだけなんだけど)切り詰めることに成功しているので懐に余裕はある。デザートコーナーへ行って物色し、少し考えてそのままレジカウンターで会計をする。袋に詰め店を出ると、マンションに戻りがてら一番近くにあるコンビニに立ち寄った。
「んーと……ぷれみあむロールケーキ……ぷれみあむ極生チョコケーキ……なんだそれうまそう……」
「でもレアチーズケーキも捨てがたい……何てったってブルーベリーソースがもう惜しげもなくかかってるからねトローッとじゃなくて『オボロシャアァァァァ!!』だからねコレ」
「いやでもウチ今晩グラタンだしさすがに乳製品は控えるべきかもしれなくもなくないかもしれない……」
「いやいやなくなくなくないかもしれないよ案外。乳製品ってホラ、モノによって全然味も形態も違うからさァグラタンソースのトロッとしたのとレアチーズケーキの濃厚な舌触りが案外イイコンビになるんじゃねーの?あっついのと冷たいのとでアップとダウン両方経験できるってスゲーじゃんスイーツで一試合終えられるカンジがお得じゃん」
「いや何言ってんだアンタ」
「……あれ。おたく誰?」
「こっちのセリフだァァァァァァ!!」
誰だコイツ。
いつの間にか真横でシンクロで頭を抱えていたらしい男を指差した。うろん気、というかまったくのやる気なさ気な目を隠そうともせず目だけをこちらへ向け、すぐに陳列棚へと戻す白髪頭の天然パーマ男。
「……ていうかそれ、カゴの中。イチゴ牛乳じゃん。つーか更に苺も牛乳も別個に入ってんじゃん。どんだけイチゴ牛乳作りたいんですか」
「いやァ、最近俺の好きなイチゴ牛乳会社が2l作らなくなっちまって困ってんだわ。また新たなイチゴ牛乳会社開拓すんのも面倒くせーし、いっそ俺が新たな調合を開発してイチゴ牛乳会社に売りつけてお金をもうけるのもいいかなと思いました。アレ作文?」
「イチゴ牛乳会社って何。そんなピンポイントにドマイナー扱ってる企業あったっけ?社名は?説明会いつ?」
「何おねーさん、アンタ就活生?大変だねェ最近熱くなってきただろスーツでお疲れ様です」
「いいから説明会の日時を教えろォォォ!!!」
「晋助。明日イチゴ牛乳の会社に行ってくる」
「どうした」