■ 起床と朝ごはん
四月十五日。
晴れ。
……らしい。(光の具合。)
午前八時三十分。
……の、ようだ。(目覚まし時計。)
「の、ようだ。じゃねェ。起きろ」
「ぐえッ」
衝撃。
圧迫。
緊縛。
突如として腹部に襲いかかった衝撃に目をやると、なんと腹に踵がめり込んでいた。そして数秒たった今でも変わらずめり込んでいる。めりめりめりめりめり。「ぃいってぇッ!!」慌てて上体を起こしつつ内臓を圧迫しているそれを払いのける。そして、睡眠中の婦女子の腹部に容赦なく踵落としを決めた、この冷徹非情な犯人を見上げた。余裕綽々、愉悦の色を混ぜた笑みを浮かべているそいつはどう見たって高校生には見えない。この冷笑は前科者のそれにしか見えない。
「朝っぱらから何すんの!?」
「腹へった。メシ作れ」
「内蔵出そうだった!あと3の逆数ミリだった!!」
「そうか。それは惜しかったな」
「惜しくないッ!!」言いながら、シーツをまくる。ついでにパジャマの裾もまくった。真っ赤な踵型の跡ができていた。信じらんないコイツ。「五分やる。早く作れ」無理だバカ。無駄に整っている顔に枕を投げつけて即行で部屋を走り出た。仕返しが怖いというのもあるし、それにどうせ余裕で受け止めているだろう。
「あと四分ッ!」
冷蔵庫から卵を二個、取り出して片手ずつで割り、白だし・水を加え手早く混ぜる。それを薄く油を敷いたフライパンに流し込んで次、みそ汁の準備に取り掛かる。と言っても昨夜の残りがあるので温め直すだけだけれど。火をつけて様子を見ながら炊飯器をチェック。よし、ちゃんと炊けてる。とその前に半熟になってきた卵の形を調えつつくるくると巻いて、最後に四角形を作るため側面に軽く押しつけて四隅を作る。火を止めてフライパンに残った熱でしばらく置いておく。あと二分十五秒。食器棚からお皿とお椀とお茶碗と小皿、引き出しからしゃもじと箸を出して適所に配置。あと二分。沸騰する前にみそ汁の火を止めてお玉でお椀に二人分注ぎ、お盆に置く。あと一分五十秒。すっかり形作っただし巻き卵を等分し皿に乗せ盆に、ふっくらしたご飯も二人分よそってあと一分、しゃもじは小皿に置いておく。まとめておいたお盆を両手でしっかりと抱えて、ダイニングのテーブルまで歩く。すでに配置してあった箸の前にテキパキと並べていけばあっという間にちょっとシンプルな朝食(二人分)の完成だ。
「よし五分ジャスト!」
なんて仕事が早いんだ、わたし……!
自分の朝一からの仕事っぷりに酔いしれていると、晋助がゆっくりと入って来た。
「どーよコレ!間に合った!」
「飲みモンはどうした」
「あ?……あーっ!!」
「惜しいな」
まさかのケアレスミス……!
冷蔵庫へ直行。
ドアポケットから急いで牛乳パック(2l)と食器棚からマグカップを二つ取り出してテーブルまで走る。ダンッと音を立ててそれらを置くと、「十二秒オーバーだ。あと注いどけ」情のない声が返って来た。
「くっ……!」
「早く食おうじゃねーか。せっかくのメシが冷めちまう」
「それ、作ったわたしが言う言葉だよね!!」
「いただきます」
「あ、いただきます」
「今日は?」
「十三時から住友ビルで説明会と一次選考。十七時からは別の会社で二次選考。買い物して帰ったら着くのは十九時ごろかな。夕飯何がいい?」
「クリームシチュー」
「またそんなミルキーな……。そんなに身長伸ばしたいの?」
「口の利き方には気をつけねーと、また落とされるぜ」
「イヤミなヤツ!」
「手前も大概だと思うがな」
「晋助は今日何してんの?」
「暇つぶしになりそうなことを探すつもりさ。この腐りきった世の中をブッ壊す、何か手掛かりがあるかもしれねェ」
「あー、また2ch追っかけか。大変だねー。何かいいネタがあればいいよね」
「ネタって言うな。手掛かりと言え」
「追っかけはいいんかい」
「ふ。オレの停学も直に明ける。それまではせいぜいぬるま湯の学生生活を存分に噛みしめているがいいさ」
「ごちそうさまー」
「あ、ごちそうさま」