■ ボウリングと企画


やる気のないくせして朴訥とした声で淡々と不純異性交遊がどうとかつらつら御託を並べているまがりなりにも教師だという自覚はあるらしいオッサン(坂田銀八と言うらしい。どこの金八パロだ)があまりにもうるさくって夕食後晋助と共謀して無理くり追い出そうと居座る気満々のオッサンの手足を捕らえて玄関口までは運んだのだけれど『あれ〜もしかしてキミ達俺がいなくなった途端ネット上では公開できないあんなコトやそんなコトをぶちかましちゃうつもりですかァ?いやぶちこんじゃうつもりですかァ?なんだなんだ結局おたくらそーいうコトなワケねーハイハイわかりましたよっと』というようなことを五分間ほど妙に腹の立つ言い方でそんなことを言うものだから『ん、んなワケないでしょ!?バッカじゃねーの!?いーよ別に、いたければ好きなだけいれば!?なんもないし!どーせなんもしないんだし!!』というようなことを咄嗟に言い返してしまったので『何で手前が許可出してんだ』ものすごい目で睨んできた晋助にハッと我に返ったがあとの祭り。片足片腕がフリーになったオッサンは気が逸れた晋助の拘束を解いてすっかりリビングに居座ってしまい、挙句『あ、トランプでもやる?』と懐からカード類を広げ出す始末。もう諦めるしか道はなかった。『わたしはウノ派だコノヤロー』

そして日付は変わって、
四月二十四日(同居生活十二日目)。

「う――――ん……」

わたしは今、
自室(ということに今はなってる)のPCの前で頭を抱えている。

「なんであそこでノったかな。なんであそこでノっちゃったかな」

夜通しで開催されたウノ大会。
眉間に深く皺を刻んで(先に寝ればいいのに)嫌々ながらも渋々カードを手にする晋助。
何もかも投げ出したような見た目とは裏腹に大変な器用らしく終始ニヤニヤしていたオッサン。
――そして、『ももももももう一回!』を夜通し繰り返したわたし。

…………。
そうだよわたしのせいだよ。
自分のせいです。

「う――――ん……!」

自分のせいで今、
提出課題作成に悩んでいます。

「晋助さぁ。ボウリングとか好き?」
「……ボーリング?」

「なんだ急に」という眼で見ているのだろう、背後からの視線を背中で感じてイスを回転させ晋助の方を振り返る。『なんかヒマだから』という理由で、一日外出予定のないわたしでも観て暇を潰そうとでもしているらしく、わたしにあてがわれた部屋のベッド(最初はなかったけど二日目気づけば運び込まれていた)に腰掛けてさっきから唸って悩んで考えて悶えるわたしの背中を見続けていた晋助。「いや実はね」と、机の上に散らばった書類の中から一枚を掬い晋助に見せる。

「……何だコレ」
「『ボウリングを熱くせよ!』これが選考の課題なの。自分で企画を立ち上げて、その企画書を履歴書と一緒に企業へ送付して、一次選考」
「随分と面倒くせーんだな。履歴書と面接だけじゃねェのか」
「今回のはイベント制作会社でね。で、条件が対象を若者にしたところでね。晋助若者だから、何か参考になるかと思って。市場調査ってやつ?」
「ボーリングねえ……行ったことねーな」
「…………え、マジで?」
「過去の産物だろ」

予想していなかった回答に目を丸くする。「いや、確かにボウリングブームは九十年代で過去の栄光だろうけど……」それでも小学生ごろまでは家族とか友達とかと手ごろに遊べるスポーツゲームだと思うけど、とそこまで考えて思い出した。そっか、こいつセレブだっけ。そんな古くさい遊びは好みじゃないってか。

「……いやでも、今のわたしに必要なのはむしろその感覚なのかも」
「は?」
「よしわかった。晋助、ボウリングしよう」
「は?」
「市場調査市場調査♪」

「…………」珍しく、きょとんとした顔。この男のこんな顔を見るのは非常に珍しいことだ。……昨夜のとらぶるですら三秒で普段通り含みのある笑みを浮かべた男である。「ラウンドワンで検索……っと」机に向き直ってネット画面を開き、キーボードを叩く。

「って、えー!?何これ辺鄙なトコにしかないじゃん!」
「ソッチじゃそんなにあるモンなのか」
「結構主要街にはあるんだよ、梅田とか千日前とか心斎橋とか東大阪とか枚方とか!京阪やJRや地下鉄、色んな沿線の近場にあって……。じゃーボウリング場で探すかなぁ……。地域格差だ」
「違うだろ」
「お、新宿にもあるんだ。……でも池袋の方が盛んそう、いっぱいある」

……と、いうわけで。
池袋駅徒歩二分の場所にある、某ボウリング場。
年中無休、二十四時間営業を掲げるここはその特徴から夜間の利用は多いらしいが平日の昼間となると学生もまだ授業中だろうしで利用者は少なく、ほとんど待つこともなくレーンも空いていた。「廃れてんな」と漏らした晋助の頭を軽く叩いておいた。

「準備オッケー!」

シューズを履いて、キティちゃんのボール(女性限定)を手に。「うおおおおお!」と自分でも作っているのがバレバレな掛け声とともにボールをリリースし、初級ストライクを決めた。明らかにロウテンションな晋助が連れであるため、わたしがノらなければ非常に盛り上がらない場となってしまう。ムリに連れ出してきた以上、それは避けたいのだ。十本のピンが綺麗に倒れたことに満足して「どーだ!」と座っている晋助を見る。

「投げ方がダセェ」
「えー、そんなことないよぉ。まあ確かに晋助のキャラとは合わないかもけど……あ、そうだ。メモメモ」
「何してんだ」
「思いついたらメモッてんの。所見とか意見とか要望とか。こんなのあったら便利なのになーとか、そこからアイデア出るかもしんないでしょ?」
「……へえ」
「ホラいーから晋助はさっさと投げる!」

「おー!倒れた倒れた!」
「名付けてトルネード投法だ」
「投げ方?ああ、動画で見たことあるよ」
「……チッ。どこのどいつがパクりやがった」
「いや、百パー晋助が後出だから」

自分が考案したキメ!シュートが他人によって既に登場していた。わたしの一言にムキになった自尊心を傷つけられたらしい晋助はそれから、すこぶる面白い見世物を見せてくれた。

「これはどうだ」
「フック。普通の軌道だね」
「これは」
「バックアップっていう悪い投げ方らしいよ」
「ならこれは」
「おお、フライングイーグル。初めて生で見た」
「これならどうだ」
「ダブルドラゴンアーチっていう技みたい」
「何だそのムダに強そうな名前!」

晋助が初めて声を荒げてツッこんだ。
余裕がないらしい。

「ちょっとお前レーンに寝ろ。上を飛ばしてストライクとるから」
「いやちょっと危ない危ないあぶない!だいたいそれホールオーバーっていう大技!」

実際は最高五・六人並べた状態で投げられるらしいけど……初心者(しかも今日初めて投げる人間)が無茶しすぎだろう。わたしを巻き込むあたり。ボールって重いんだぞ。

「これで文句ねェだろう」
「キャーッ!なになに何今のすっごい!こんな投げ方初めて!見たことない!晋助すごいね今のもっかいやって!」
「…………フン」

一気に余裕のある皮肉げな笑みに変わる晋助。
もう一回をせがむとしかし声は弾んでいるのがわかる。

「わーっ!すっごーい!!天才ボウラー現る!!」
「…………」

予約していたゲーム数が終わった。
晋助は延長を希望した。


「……お前。こんなんで企画できんのかよ」
「え?結構集まったから、煮込めばいいのができると思うよ」
「ホントかよ」

帰り道。びっしりと書き込んであるメモ帳をほらっと掲げれば「いつの間にそんな書いてんだ」と溢す。そんな晋助に笑いながら、その隣に並んだ。

わたしはメモ帳を何ページも埋められたし、
晋助の横顔も、そこそこ満足しているようだ。

「今日ご飯何にしよーね?」
「……ケーキ屋でも寄ってくか」
「ひゃー!晋助くん太っ腹!出し巻作る?」
「食う」

会話が弾み、足取りも軽くなる。
オレンジ色の光に照らされて、猥雑とした池袋の街を二人並んで歩いた。

まあ、スコアは散々だったけどね!

[* 前] [次 #]

「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -