■ コーヒーと時間とお夕飯
「信じらんない!」
十分後。
「信じらんない信じらんない、最低最低最低!何なの!何なのコレ!いいわけ?こんなグダグダなとらぶるがあっていいわけ!?ねえ!?」最速で着替え。髪を拭き。恐怖の脱衣所から脱出したわたしは今、リビングの一人がけソファ(いつもは晋助が使っている)の前で仁王立ち、力の限り声を張り上げたし、過去最高に巻き舌を発揮してみせた。「集●社に講義のファックス一晩中送り続けたろーかコラアァァァァッ!!!!」
「うちにファックスは付いてねーぞ」
「晋助はなんでそんな平然とコーヒーを啜れるの?しかもたった今多大な精神的ショックを与えられたばかりのわたしに淹れさせたよね、しかも挽くとこから!それでここ来るまでこんな時間かかってんだよ?わかってる?」
「飲みたくなったんだから仕方ねーだろうが。裸ごときでいちいち騒ぐんじゃねえよ」
「飲みたくなったって何?裸見てコーヒー飲みたくなるって何?コーヒー飲みたくなる裸って何なの?どういう意味を含んでるの?」
「そうだな……培養がまだ足りねえ」
「お前ホンマブッ殺したろかゴルァ!!!」
「関西弁なってんぞ」いたって冷静に高級豆を使ったコーヒーを一人すする晋助はすまし顔。……だけれど普段ならこうやって大人しく他人とソファの二人掛けなぞ許しているわけがないのだから、一応事態の認識は済んでいるようである。単に普段割と言いなりになって大人しくしているわたしのマジギレに圧されているという可能性だってあるけれど、でもそんなひ弱いヤツではないのだろうし、やっぱり単純に先ほどのとらぶるにはあまり興味が沸かなかったのかもしれない。……相手がわたしだしな。
「いや……まあ許そう晋助は。晋助はいいよウンあんまり良かァないけどとりあえず晋助は許そう晋助は」
何てったって家主だし。
逆ギレされて追い出されたらヤだし。
そして晋助にあまり非はない。
あるとするならば――
「えー。なんでなんでェー。高杉のヤローだけ特別待遇ですか。えこひいき断固反対ィー」
――そう。
この、白髪頭の天パオヤジだけだ……!
「恩人だからだ何か文句あっか」
「恩人っつったら俺だって恩人でしょーが。ホラ前会社一つ紹介してあげたでしょ?ホラあの、イチゴ牛乳の会社」
「アレお前かァァァァァ!!!あそこ説明会行った次の日に倒産したわ!縁起悪いわ!!つーか紹介っつーなら委任状の一つでも書いて選考スキップさせてから言えコノヤロー!!」
「ウソ、マジで!?潰れたの!?チクショー!!これから俺はどうやってイチゴ牛乳を補給すればいいんだァァァァ!!!」この男、どこかで見た風貌だと思っていたら以前コンビニで見たことのあるオッサン(確定)である。聞けば晋助の担任の先生だと言うじゃないか。「晋助くん、キミいつから就活生なんて飼ってたの。名前なんてーの?ちゃんと世話してる?」などとのん気に話しかけ気さくに肩を組もうとして隣から鉄拳を食らっている。……ホントに教師かこいつ。今まで見たこともないようなぞんざいな扱いを受けているオッサン(確定)が教師、しかも担任だなんてとてもじゃないけど信じられない。
「つーか実ちゃんよぉ。風呂で裸見られて悲鳴上げるって今時どんな純情ガールですかチミは。この動く生殖器と同居しててそんな基礎的なとらぶるで動じてちゃあリトのハートは射止めらんねーんだよ正直リトももううんざりしてると思うよ。恥ずかしがって男責めるぐれーならそもそもこんなとらぶるが起きないように常日頃から気を付けるべきであってだな」
「他人が突然上がり込んでくることなんか織り込んでられっか!晋助が部屋戻ったからこの時間ならひと眠りするんだと思って安心して……!」
「まあ、確かに寝てたが」
「そのせいで俺がチャイム鳴らしたの聞こえなかったんじゃー世話ねーよな」
「じゃあ返事なかった時点で帰れやァァァァ!!!」オッサンがこれ見よがしにプラプラと掲げているのはこの部屋の合いカギ。こいつはこれを使って部屋に侵入してきたのだ。なんでこんなモンをこんなオッサンに……と思い晋助を見遣ると、予想外に苦々しげな顔をしていて驚いた。なるほど、どうやら晋助も本位ではないらしい。
「返せ、不法侵入者」
「駄目ですぅー。これはお前の親御さんから預かってるんですぅー。頭下げてお願いされてるんですぅー」
…………。
ソファに座った。
ここまでフニャフニャなオッサン見てたら力むのも馬鹿らしくなってきたのだ。いいわもう。過ぎたことだ。今までで一番の目つきの悪さでオッサンからカギを奪取しようとする晋助を薄ら笑いでかわしまくるオッサン。反射神経は良いらしい。
「で?実ちゃんはなーんでこんな片目写輪眼の中二少年と同棲してんの?」
「お金がないから」
「……オイオイオイ。まさか高杉、お前就活生の弱味につけこんで金をエサに家賃として身体を……」
「ハッ。どんな三流AVだよ」
「待って待って。AVに三流とかあんの?」
「そりゃオメーさん、AVだって立派な人間様の文化的芸術活動による映像作品ですからね?一流だって二流だって三流だって王道だって外道だってあるよ。ちなみに俺のオススメは」
「待って待って。初対面の女性に一体何を暴露しようとしている?」
やっぱとんでもない大人だ。
あまり関わり合いにならないようにしよう。
……壁時計を見ると先の一件から結構時間が経っているらしいので、このオッサンは晋助に任せ、わたしはさっさと夕飯の支度でもするか。そっと席を立ってキッチンへ向かうことにした。「……で。何の用だ」わたしの座っていた自分の席に座り直したらしい晋助がそう話を切り出すのを最後に耳に入れ、リビングを後にする。
「はーい晋助。今日のメニューはご飯に千切りジャガイモとひき肉のお焼きに特製ドレッシング、あとポテサラとレタスとトマトとみそ汁でーす!」
「うわすっげ!何これうまそー!食っていい?ねえ食っていい?」
「お前に言ってねェェェェ!!帰れこのノゾキ!!」
「あ。ちなみにコレさっきコンビニで買ってきたロールケーキね」
「お箸とお茶碗って余分にあったかなー?」
「…………」