■ お蕎麦とフラグ


「今日っのごっ飯っは何じゃっろなー」
夕方すっかり日も暮れた頃、門前仲町の本社オフィスで開催された広告制作会社説明会の帰り。選考希望者全員に提示された一次選考の課題の内容を悶々と考えていたものの新宿駅を降りるともう家で飽きるまでにちゃんねるで政治腐敗や国家体制批判を吐露し続けている晋助のことしか思い浮かばない。不良でイケメンでセレブで中二のくせに、ご飯は三食きっちり食べるし以前はどうだったのか知らないけれどわたしには結構栄養のバランスやら調理の質やらを追究してきてかなりウザ……しっかりしているのできっとご両親の教育はよかったのだろう。一度会話の最中にお腹が鳴った時あなり恥ずかしそうにするもんだから無言で昼食を作る手をマッハにしたものだ。この生活ももう十日が過ぎたけど、一番気まずい思いをしたっつったらそれぐらいか。年頃の男の子と大人の魅力溢れるお姉様が一つ屋根の下で同居しているのだから、もうちょっと何かしらのとらぶるがあったっておかしくないような気もするのだけれど。でもあったらあったらで気まずくなって今の居心地いい空気がなくなるのならまっぴら御免というもので。とりあえずわたしは晋助においしくて栄養のあるご飯を与え就職活動をネタに余興になっていさえすればふかふかのベッドとパソコンとプラグとスイーツ代と食材が手に入るのだからわたしってとっても運が強いんだなと思いましたってアレ、作文?まあ昨日のうちに食材は補充し終えているので、少し疲れていることだしまっすぐ家に帰って夕飯を作ろう。そういや夕飯何にしよう。昨日は酢豚だったから今日は何かあっさりしたものがいいけれど。お蕎麦とか食べたいかも。でも夜までに帰宅しているのに麺類とか手抜きだと思われやしないだろうか。いやでも蕎麦って一回言っちゃったからもう胃が蕎麦になってるよ。蕎麦しか受け付けねーよとか言ってるよこれ。ちょうどそば粉も家にあることだしここはいっちょ実ちゃん特製手打ち蕎麦にして食通(変なこだわりがある)晋助の舌を満足させてやろうではないか、というところまで思考してうんうんとひとり頷いているといつの間にかマンションに到着していた。

「シンスケー!今日晩ごはん蕎麦ね!昆布蕎麦か津軽蕎麦かわんこ蕎麦か板蕎麦かへぎ蕎麦かけんちん蕎麦かにしん蕎麦か釜揚げ蕎麦か皿蕎麦かかき蕎麦どれがいいー?」
「……お前、いっそ料理人の道を目指した方がいいんじゃねーか?」


同居生活十一日目。
以前受けた二次選考の結果が駄目でうなだれていたところに新たなエントリー企業の説明会予約開始に浮足立つわたしを阿波踊りする猿でも眺めるかのよう(いや見たことないんだけど)な目でわたしを見て暇を潰していたらしい晋助だったが三分で飽きたらしく無言で自室に戻って行ったため無意味に騒ぎ立てることを止めてまじめにスケジュール帳と照らし合わせて都合のいい日を割り出して予約をとる。やれやれ、本当にキリがないな。と思いながらもこうやって次から次へと募集を行ってくれなければ持ち弾なんてとっくに尽きているはずだ。まったくありがたいことである、とでも言い直しておくことにする。ウェブを閉じて、ついでにスマホも閉じて、ふうと一息吐いてから。シャワーでも浴びようかと立ち上がって浴室へ向かう。今日も今日とて選考会上がり。三社連続のハードスケジュールで心身疲労も半端ないのだから、今日は先にいただこう。風呂について特に晋助から何も言及されていないし、まだ夕方だから入りやしないだろう。ハンガーと着替えを置いてパンツスーツを脱ぎ、髪をおろして洗顔料片手に浴室へ入った、

化粧と汗と疲労を洗い流し、風呂から上がる。
頭からタオルを被り、濡れた髪と身体を拭こうと両手をタオルにあてがった。

時。

「…………」
「…………」
「…………」
「……あり?」

脱衣所の扉が開いた。
………………開いた!?

「ぎゃ――――ッ!!?」
「オボロシャアアアアァァ!!!!」

掴もうとしていたタオルを前面に投げつけた、
――あっ!しまったもう隠すものがない!!
タオルを顔面からかけられてうごうごとしている間にどうしようどうしようとわたわたしていたのだが――はたと我に返る。

「えっ何何何?何このとらぶる?ついに俺にもこういうギリギリお色気シーンが回ってきた?そっかそーだよなとらぶるだって単行本で大事な部分加筆修正されてんだから銀魂だって単行本になったらこういうオイシイ展開が待っててしかるべきだと思うワケだよさらに言えば小説だからねコレ媒体違うから見てオイシイだけじゃなくて聞いてオイシイ触れてオイシイことが待ち構えていたりしていいワケだよね」

…………誰だこいつ。
地球のありとあらゆる巨悪(晋助談)が揃って首つり自殺をしたとしても晋助は絶対こんなこと言わない。しかもさっきこいつなんて叫んだ?わたしの聞き間違いでなければ『オボロシャアアアアァァ!!!!』っつったよな?うん違う。晋助違う。晋助そんなキャラ崩壊すること言わないもん絶対。中二のセリフというよりはオッサンのセリフだもん。わたしはうごうごとしているオッサン(仮)に「とったら殺すぞ」と吐き捨てた。

「このっ……早く出てけオッサ――」
まだうごうごとワケのわからないことを並べているオッサン(仮)に再び口を開きかけた時。
「おい銀八、てめーそこで何して――」
ひょっこりと顔を覗かせたのは。
今度こそ。

「…………」
「…………」
「…………」
「……ほォ」

…………泣いていい?

[* 前] [次 #]

「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -