■ 夜と朝


「――実?」

深夜。
日付変更を過ぎたころ、寝室にと宛がわれた一室の扉が静かに開く。振り返り、入って来た姿に「晋助」と応じる。「眠れないのか」と言葉を紡ぐ平坦な声にかぶりを振る。違う。眠れないのではなく、まだ眠るわけにはいかないのだ。

「エントリーシート。今日の説明会の企業がさ、提出期限明後日だから。明日投函しなきゃで」
「……書いてンのか」
「おうよ。見る?」

ぺたぺたと可愛い擬音に何となく笑いながら。近づいてくる晋助をデスクに招いて一枚の用紙を手渡す。勝どきまで出向いて参加した説明会の企業は大当たり。わたしのストライクゾーンドンピシャの仕事内容に、イーエス作成だって力が入る。色々と考え込みすぎてこんなに時間がかかってしまったのだけれど、無事下書きも清書も終えて、あとは消しゴムでシャーペンの筆跡を消し投函の準備をするだけである。「コレ全部一日で書くのか」晋助はA4サイズ×見開き×裏表にわたり展開する項目とビッシリ記述された文章を目で追って、感嘆――というよりは辟易したように呟いた。

「一社あたりね」
「…………」
「まとめて何社か書く時もあるけど……あはは。手が腱鞘炎になりそうだよ」
「よくやるな」
「えへへ。まあ、もう一年とないですから〜」

笑いながら、文章を推敲するのに使用していたWordを閉じ、ついでにノーパソもシャットダウンしてしまう。明日出さなければならない履歴書やイーエスはもう書き終えたので、今日は早く封筒にしまい、もう明日の選考の支度だけしてそろそろ眠ることにしようか。「…………」こうして晋助も、気にかけてくれていることですし。と言えば最悪追い出されかねないので口には出さないけれど。眉を寄せてじいっとイーエスを睨んでいる晋助から取り返し、消しゴムで文字をなぞるようにシャーペンの線を消していく。

「オイ、さっさと」
「もうちょいだからねー。コレ消しゴムかけて封筒に入れて糊貼るだけだからー」
「……明日も出し巻作れよ」
「わーってるって。晋助好きだねぇ出し巻」
「店開けるんじゃねーか」
「あははっ!だし巻の?専門店?」
「何笑ってやがる」
「いやいや、それもいーかもねぇ。開業!てか晋助も会社員とか似合わないから大学卒業したら会社創るとかでいいんじゃない?……ブッ」
「オイ今なんで吹き出した?」

ハマり過ぎて自分で笑った。
高杉社長。
何ソレ似合い過ぎる!


「おーっはよーん!しーんすけ、おっきてー♪」
「…………良かったな」
「えっ?まだ何も言ってないよ!」
「瞬時にわかるわ」
「おやおや」

思いっきり開け放ったドアとわたしの声で見事に覚醒させられたらしい晋助は渋々といった動きで緩慢にベッドから起き上がった。「俺を起こしたからには、メシはちゃんと作ってあんだろうなァ?」との言葉に勢いよく頷けば、フンと鼻を鳴らし、立ち上がってのろのろと歩き出す晋助。それに続いてわたしも足取り軽く後を追う。

「メニューは」
「炊き込みご飯のおにぎりとかにかま入りのだし巻き卵、きゅうりのっけ冷奴に茄子と豚肉の生姜焼き風、あと豆乳みそ汁の具はカボチャとしめじと青ネギ♪」
「みそ汁は」
「ダシから取りましたっ!」
「……ふん」

「朝から騒がしい奴だ」と言いつつ薄い笑みを浮かべ、キッチン前で立ち止まったわたしを置いて洗面所の方にさっさと歩いて行った。よしよし、だいぶご機嫌だぞ。朝食のメニューごときで機嫌をとることができるのならば軽いものである。

「いただきます!」
「いただきます」

……東京でこんなしっかりと朝食がとれるなんて!
晋助様、今日もありがとう!

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