お礼は十枚重ねましょう 「……あ。トムさん」 「よう」 「いらっしゃい。今は結構空いてますよ」 「ケーキ、まだあるか?」 「いくつか取り置きのが」 「おー。良かったな静雄、ヴァローナ」 「…………っす」 「ありがとう、ございます。昼食時に来店が不可となった時の落胆、絶望が解消。夕刻に再びケーキが食べられるとは想定外です。ミルクレープと同等の重ねて感謝を通達します」 「あ、ミルクレープありますよ。イチゴのミルクレープ」 「…………!」 「席へご案内しますね」 Bellio 金髪に碧眼、ただしヴァローナのような『外国人』の顔立ちではなく──しかし『日本人』らしいかと問われるとそうではない、いわゆる『ハーフっぽい』造りの女性は極めてにこやかで努めて静々と、どこまでも自然な所作で三人を奥のソファー席へと案内した。店内にはちらほら人を見かけるが、いわゆる人気メニューであるケーキが主な客層とする若い女性などは時間帯のためか目立たない。代わって年配の人間が目立ち、コーヒー片手に読書をしている姿は恐らく、この時間特有のものであろう。 「悪ぃな、取り置きなんて」 「気にしないで下さい。うちではしょっちゅうなの。──ほら、今本を読んでるお客さんもね。常連さんで、取り置きをしておいて、時間になったらケーキをお出しする人がちらほら」 「……やっぱ、すげぇな」 ──それにしても、トムさんはいつの間に店員とここまで打ち解けたんだ? 前回、ただ一心にケーキを腹にためていた静雄は首を捻りながら、談笑するトムと女性店員を見つめる。その仲睦まじい様子はともすれば恋人同士にも見間違えてしまうようにすら見えるが、しかし確か人妻って言ってたような……と逡巡する。ヴァローナは「静雄先輩、速やかに飲み物を決定することを要求します。そうすればケーキが来ます」とメニューを押し付けてくるので、ミックスジュースに決めた静雄はトムの視界に入るよう、メニューをひらひらさせる。「ああ悪い」と気が付いたようにトムはウインナーコーヒーを女性店員に注文した。静雄とヴァローナも飲み物を頼むと、女性店員はにっこりと微笑みを崩さずに「少々お待ち下さい」と一度カウンターにいる男性店員にオーダー表を渡し、ケーキを取りに行くのだろう厨房の方へ消えた。 「静雄。今のが林田泉さんだ」 「はあ」 「次来たら紹介してやるよ」 「はあ」 「…………。お前なあ」 「あ、すんません」 はあ、としか答えない静雄に声を出しかけたトムだが、しかし静雄が困惑しているだけだと知っているため「ま、すぐ仲良くなれるって」と肩を叩くに留める。泉が銀の盆に重ねた皿と大きな箱を乗せて戻って来たと同時に「ウインナーコーヒーとミックスジュース、ダージリンです」と、男性の店員がテーブルに各々の注文の品を置き「ごゆっくり」とカウンターへ戻って行った。その際、泉と目を合わせると幸せそうに微笑みを交わしたため、あ、夫婦だ。と感じる。 「お待たせ致しました。本日のケーキをお持ちしました」 「推定十個、静雄先輩と分割すると五個。これは申し分ないノルマと判断します。早急にどのケーキを食べるかの決定権を得るための勝負を所望します」 「ふふ。お好きなものからどうぞ、ヴァローナさん」 「……!疑問です。何故私の名を把握しているのですか。説明を要求します。如何なる組織の類ですか」 「ああ、すみません。トムさんから教えて頂きました。トムさんの後輩さんの、ヴァローナさんと平和島さん」 「えっ」急に自分の名前が挙がって思わず声を上げてしまう静雄。それにより静雄の方を見た泉と目が合い、更に笑いかけられたものだから、静雄はパッと逸らしてしまう。 「……納得しました。同時に、不足を主張します。私の情報だけが漏洩、不平等です。即座に貴方の情報の開示を要求します」 「私は林田泉といいます。泉と読んでください」 「泉、さん。ですか」 「泉で良いですよ」 「片方のみの呼び捨ては不平等と推測します。泉さんを限定として、公平な交流を希望します」 「……じゃあ。ヴァローナ」 「何でしょう、泉」 「……女って早ェなあ」一部始終を見守っていたトムが呟いたそれには頷けるものがあるが、しかしトムだって相当手が早いではないか。と静雄は完全には同意しかねた。──というより、自分が遅いだけなのでは。とも思う。笑顔でヴァローナ(と自分)にケーキの説明を始めた泉を実際に見て話して話しているのを見て、いい人だと思った。人好きのする、話しやすそうな、気さくな人だと感じた。 ← → |