ベリオ | ナノ




  人の出るケーキ



「──は?」
「だァから。来たんだってよ、へーわじま静雄が。ウチに」

Bellio

びきり、と音を立てて臨也の笑顔が引き攣った。そのカオを見た梢が「あはは!臨也のバカ面初めて見たわ」と爆笑し出したので一瞬で引っ込めたが。そのかわりに不機嫌そうに「なんでまだ生きてるんだろうね」と愚痴る。

「ケーキの食べ過ぎで死ねばいいのに」
「馬鹿かてめえ」
「痛ッ!──何すんのさ」
「あたしのケーキを殺人に使おうなんて一億年早いわ、カス」
「梢のケーキは使わないよ。梢の評判が落ちたら大変じゃないか」

一瞬、間が空いて。

「──あたしのケーキはそんぐらいじゃ落ちねーよ」
梢は事もなげに吐き捨てた。

現在の時刻は夜十一時。早じまいも恒例のパティスリーはおろかカフェまでも閉店してしまってから上の階の自宅へと繋がるインターホンを押し、やって来た臨也を迎えたのは梢だった。林田親子は就寝、葵は梢が在宅していたのをいいことに我関さずで「風呂入って来よー」と言って消えた。つまり、留守宅だと分かっているピンポンダッシュでもここまで連打はしないであろうチャイムの音を止めるべく、「今何時だと思ってんだてめぇコラ!!」とドアを思いっきり開けることで臨也の額を攻撃し、昏倒した臨也を引きずって一階に降り、パティスリーの中に押し込んだわけである。──ちなみに。目が覚めた臨也の第一声は「まさか梢の方から二人っきりになってくれるなんてね」であり、梢の返答は「頭わいてんのか」だった。

「あまりにも姉ちゃんがおかしそうに話してたから、そーいやお前仲悪いらしいって思い出してよ」
「つまり嫌がらせで話しのネタにしたってことか」
「悪いかよ」
「いや、全然悪くないよ」

作業台の役割を兼ねた棚の上に座った臨也に対し、梢は壁に寄り掛かったままだ。「座ったら?」と臨也は(他人の持ち店であるにも関わらず)進めたのだが、パティシエである梢はケーキを扱う場所でそんな真似はしない。今臨也が我が物顔で座っている場所も、彼が帰ればすぐに殺菌消毒するのであろう。

「……相変わらず、気持ち悪ぃヤツだなお前」
「ハハハ。酷いなぁ、俺はただ梢のことを愛してるだけだよ」

するりとさらりと。
出て来たのは愛の言葉。

しかし梢は顔色一つ変えず「うぜぇ」と眉を寄せるだけだった。

「わ。今の顔ちょっとシズちゃんに似てたよ。頂けないなぁ」
「知るか。つーか、ケーキ。とっといてやったぞ。おら」
「ん。はい、お金」
「取り置きはいいけどよ、もうちょっと早く来いや。レジももう閉めちまったしよ。あと二秒遅かったら食ってたぞ」
「だったらあと十秒遅く来ていれば梢の食べかけが食べられたってことだよね。うわ、惜しかったな。俺ってなんてタイミングが悪いんだろう」

間。
一秒空いて。

「……いや、八秒あれば完食だな」
「早くない!?」

相変わらず無茶苦茶だ、と思いながら臨也は笑んだ。──そういえば、ゆっくり話をするのは久々だ。普段は面倒臭がりの梢は義弟である葵に臨也の応対を押し付けていると言って過言ではない。昔から自由きままにフラフラとしていたが、まだ出会った当初は掴みどころはあったように思う。

「今日はオレンジタルトだ」と言う梢につられて手渡された箱を覗いてみれば、ショートケーキ一つ用の小さな箱の中に、コーティングでキラキラとしたオレンジの輪切りが乗ったケーキが入っている。冷蔵庫から出したばかりでまだひんやりとしているそれを見て、ふむ、と顎に手をあてる。

「折角だし、ここで食べて行こうかな」

臨也の呟きを聞いて「え、今?」と、ドライアイスを出そうとしていた梢が振り返る。

「家帰って食やぁいいのに。ドライアイスはまだあるぞ」
「俺の目的は『おいしい』ケーキを食べることじゃない。俺は『梢が作った』ケーキを食べて梢を知りたいだけなんだよ。目的はあくまでケーキじゃなくて梢なんだから、梢がいて梢の作ったケーキがある今の状況で食べるっていうのは最高じゃないか」
「……やっぱりお前、気持ち悪いぞ」
「そうかな?よく言うじゃないか、『料理には作った人の性質が出る』って。だからこそケーキ屋も千差万別あって、君の作ったケーキに惹かれた人間が開店前から行列を作る。そうじゃなきゃ、ケーキ屋だってラーメン屋だって何だって、近所に一つあれば充分じゃないか」
「…………」
「だからこそ梢だってパティシエになろうと思ったんでしょ?他人の作ったケーキの味に満足していたら、自分で作ろうなんて思わない。自分だけの味を追究することなんてしようとも考えないわけだ」
「…………」
「俺は何か悪いことをしているかな?」

……再び、間。
しかしすぐに、「──いや」梢は首を振る。

「お前は悪くない。どこも悪くなんてない。──ただ、お前を見ていると、こっちの気分が悪くなるだけだ」

それを聞いた臨也は──
いっそう愛おしげに、梢を見つめるのであった。






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