ベリオ | ナノ




  空っぽのショーケイス



それは──
毎晩、八時を過ぎた頃のこと。
取り立てという立派な業務を終え、
事務所へ戻る帰り道。
そこは──
見かける度に、シャッターが閉まっていた。

Bellio

池袋を拠点に、毎回違う債務者の自宅へと足を運ぶ取り立て二人組、田中トムと平和島静雄。少し前にヴァローナという白人女性が加わり三人組となった彼らは、今日も同じ道を通り事務所への帰路につく。債務者の住所、在宅しているだろう時間などを考慮して計画的にその日のノルマを全うする彼らは、ある程度決まったスケジュールで仕事をこなしている。今日も今日とて一日の終わりのけだるさを各々感じ、会話もそこそこに歩いていた時のことだった。

「──今日も閉まってますね」

平和島静雄が、そう呟いた。

脈絡のない呟きに対し田中トムは「ん?」と静雄の顔を見るが、しかし静雄の視線の先を確認するとすぐに「ああ」と頷いた。そうだなぁ──と同意するトムと静雄が見ていたのは進行方向にまだ少し歩いたところにある、黄色いひさしに『Patisserie Bellio』と書かれた建物である。

「いっつも閉まってますよね、ここ」

それは細長い、ショーケースの分しかない幅に、本来は色とりどりのケーキが並べられていてしかるべきの、空っぽのショーケースと、店員が対応するためのカウンターがくっつけられた、どこまでも無駄のない──というよりは都心駅近くという池袋の住宅事情に負けたような設営であった。まあ、そんな物件はいくらでもあるのだが。しかしそんな様子はシャッターで閉め切られているために見ることは出来ない。どうやら喫茶店とくっついているらしく、すぐ隣には特徴的な黄色の扉と『Cafe Bellio』の看板が見える。そちらは明かりも灯っておりメニューの書かれたボードも掛けられているため、まだ開いているのだろう。

「何でケーキ屋は開いてないんすかね」
「さぁな。ケーキは流行らなかったとかじゃねぇ?」

看板に書かれているカフェとパティスリーの閉店時間は、共に21:00である。しかしパティスリーの方だけにシャッターが下ろされているということは、つまりはそういうことなのだろうか。対象物がケーキ屋であるからか、トムの意見に、静雄の声が「不況っすからね」と同情したようなそれに変わった。

のだが。

「──否定します。シャッターが閉まっている、則ち最初から開店していないという認識、これ誤りです。この店のケーキ、真に美味と噂です。開店の午前十時から多くの女性、購入を目的に並びます。毎日すぐに完売。追加のケーキ、補充制違います。よって早じまい。私達がこの道を通る時間、常に閉店後と断定します」
「…………」
「…………」
「毎朝開店十分前に長蛇の列、見受けられます。次第にショーケースが彩られる様子、非常に圧巻。感動の一言。胸に込み上げる欲求に逆らい、本日も仕事です」
「…………」
「…………」

ヴァローナ。
食べたいんだ……。
トムと静雄はシンクロした。

「……あのよ、ヴァローナ」
「何でしょう」
「明日、昼飯食いに寄ってみるか」
「……ッ!!賛同です。先輩の意見に強く賛同を表明します。ベリオ、店内で食すこと可能です。店内でしか食せないケーキもあるという噂、強い関心を抱きます。十二時から午後一時、ランチタイムにより喫茶スペース、より広く開放します。《その瞬間》が狙い目と推測します」
「つまりジャストに入ろうってことか……」
「無理っすかね?トムさん」
「いや──まぁ、頑張ってみっか。お前らも早く終われるように頑張れよ」
「うす」
「わかりました。訪問、即座に威嚇。可及的速やかな徴収を行います」
「……やり過ぎんなよ?」

明日は色んな意味で疲れそうだ。気合いの入ったヴァローナの返答にそう感じながら、トムはほんの少しだけ債務者を不憫に思ったのだった。






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