懐古する人々 「あっぶなー……ったく。毎日牛乳飲んでんじゃねぇのかよ」 ――怒号と追って来るベンチや街灯を避けながら、梢は呟いた。確かに臨也とは相容れねぇな、とは声には出さずにおく。しかめっ面の珍しい元クラスメートの顔を思い浮かべ、ぼんやりと思う。 あん時はまさか、こんなに長い付き合いになるなんて思ってなかったなぁ。 それは多分、あっちもそうだろう。 ――『あの時点』でここまで見越して自分達姉妹に接触してきたというのなら、折原臨也は戯言でなく予言者でも臨也教の教祖様にでもなれるだろう。 『坂本さん』 『――お姉さん元気?』 回顧する。 その昔、折原臨也という存在を嫌と言うほど胸に留めさせられた出来事を。 懐古する。 あの、騒がしくも楽しかった日々を。 自分がこうもひねくれ、ねじ曲がってしまったのは臨也に一因があることは間違いない。――しかし、自分が今、こうして自由に好きなことをして笑っていられるのも、紛れもなく臨也のおかげである。 『好きだよ、梢』 本気で言っているのかいないのか。 あれから臨也は毎日のように愛の言葉を囁いてくる。 『折原くん』 ――同時に、思い出す。 少女のように、夢見がちで。 幼くて、甘い。 自分とまったく同じ造りだが、 しかし明らかに違う声質。 声だけではない。 姿かたち。 まったく同じ、二つの存在。 目を伏せて、開いた。 やっぱり、臨也には感謝しているのかもしれない。 自分は確かに臨也が原因でこうなってしまったけれど――不思議なことに、後悔はしていないのだ。 『…………折原臨也?』 ならば―― あの時、出会ってよかったのだろう。 「…………あ?」 足を止める。 目の前には―― 「…………」 逡巡しているうちに、相手の方も気がついたようで、偶然だったのだろう少し驚いて、それから顔を綻ばせる。 「…………折原臨也」 対照的に表情を消し、呟いた。 臨也は一瞬不思議そうな表情になったが、それもすぐに「――ああ」と納得したようなそれに変わって。 「一年二組十五番、坂本梢さん」 にやり、と笑んで。 両手を広げ、こちらへ伸ばす。 「お姉さん元気?」「お姉さん元気?」 「――って、言って欲しそうな顔してさ。どうしたの?」そう言って普段の顔つきになった臨也にそっと近寄り、駆け寄り、そばへ寄り―― 「お。ついに梢も積極てっ――ぐはっ!!??」 その胸目掛けて、 思いっきり、 蹴りを叩き込んだのだった。 「げほ……ゴホッ!!」 まともに食らった臨也は衝撃によって後ろへ飛ばされ、背面から地面に倒れ込んだ。想像以上の臨也のぶっ飛ばされ様に、ちょっとやり過ぎたかなぁと思いながらも、脚に残った気持ちのいい感触に手応えを感じざるを得ない。――なるほど、静雄がこいつを追いかけ回すのも分かる気がする。と微妙にずれた思考に偏り始めたころ、視界の端でむくりと起き上がる影が映る。 「っちょ――梢、君、自分の蹴りの破壊力、わかってないだろ……」 「今のはあたしの精一杯だ。静雄にはまだまだ及ばねぇ」 「及ぶわけないじゃん。やめてよ、折角今のところ鉢合わせずに済んでるっていうのに」 「へぇ。ならこの先へは行かない方が賢明だな」 「お?本当にどうしたの、今日は。やけにしおらしいっていうか……しんみりしてるね」 「ぁあ?あたしはいつも優しいだろうが」 「その主張には賛同しかねるよ」 「分かった。もうケーキ作ってやらねぇ」 「あはは。降参」 相も変わらないこのやり取り。 やっぱ感謝はナシだ、と梢は臨也へ向かって歩いていく。「え、第二ラウンド?」と今度は軽く身構える臨也を通り過ぎてそのまま足を進めると、「ちょっとちょっと。待ってよ」臨也は後ろからついて来た。 「店戻るんでしょ。一緒に行こ」 「あ?お前も今から?」 「仕事が早く片付いたからね。けど梢に会えるとは思ってなかったよ。あー、俺ってばラッキー」 「あっそ」 「カフェの方にも顔出そうかな」 「葵が騒ぐぞ」 「だからだよ」 「性格悪ィな」 「今更じゃない?」 「それもそうか」 「それに梢だって人のこと言えない癖に」 「ぁあ?」 「ジュースなら俺が奢ってあげるからさ、シズちゃんみたいな怪物と付き合わないでよ」 「……お前はフランケンシュタインを読んだ方がいいな」 「梢は博士の方がよっぽど恐ろしいって?いやいやそれでも彼は立派な人間であり、モンスターはモンスターだ。あんな奴は愛してやれないなぁ」 「性悪」 「何とでも」 「不思議なことに、お前と話しているとそれがどんな話題であれ最終的にお前が嫌になってくる」 「おやおや。それは頂けないなぁ。こんな人畜無害の眉目秀麗、滅多にいないというのに」 「気持ち悪ぃ」 「けど、そんなところも好きだろ?」 「まさか」 「俺はどんな梢でも好きなんだけどなー」 「ハッ」 「あ。今のシズちゃんの真似でしょ。気分悪いからやめてくれる?」 「やなこった、くそノミ蟲」 「……梢も十分性格悪い」 ← → |