ベリオ | ナノ




  ロマンをともに食しましょう


「――つまりさぁ。ケーキっつーのはロマンなわけだよ」

東池袋公園。
15時頃。
金髪にバーテン服の男――平和島静雄は目前に広がる青々とした空を眺め、肺に溜めた白い煙を吐き出して隣の気配を窺った。

「ケーキ食うと、何だかハッピーな気分になるだろ?うまいケーキを食うとみんなが笑顔になる。だから誕生日とか結婚記念日とかに食うんじゃねえか。そして嫌なことがあるとついついドカ食いしちまう。ブルーな気分を盛り上げるために、脳がケーキを欲してるっつうことだ」

隣に座る、金髪にコックコートの女――坂本梢をしばらく見つめる。そしてスッと下にやると、太股の上にちょこんと置かれた紙袋が映る。クラフト地に黄色のデザインで、筆記体で『Bellio』と書かれており、脇には金色の花が咲いている紙袋だ。中には箱が入っており、ちゃんと蓋はしてあるのに、いい匂いがこちらまで香ってくる。静雄は生唾を飲んだ。

「あたしは昔っからケーキが好きだったわけじゃあない。生クリームは甘ったるくて食えなかった。だから誕生日のケーキは大好きなイチゴの乗ったショートケーキじゃなくいつもチョコケーキさ。イチゴの乗ったチョコケーキを売っている店は近所にはなかった。実はそのケーキ屋で特注デコのシステムがあったことを知ったのは、成人してからのことだ」

中身は何だろうか。
ふんわりと漂ってくるのは、フルーツ特有の爽やかな香り。
チョコレートの匂いもする。

「生クリームは食えなかったが、生クリームを作るとこを見るのは好きだった。店の奥で白い帽子かぶったおじさんが泡だて器でカシャカシャやるのを、ショーケースそっちのけで見ていた。小6の頃、おこづかいで買ったスーパーの激安泡だて器が全ての始まりだったような気がするよ」

ひくひくと動く鼻。
くぎづけの視線。
透視は出来ないが想像が膨らむ。

「ケーキには夢の象徴だ。ケーキはロマンの形容だ。店に来るガキどもを見てみろ。奴らの目は、将来の夢を作文に書く時以上にキラキラ輝いてる。あいつら全員、あたしのケーキにロマンを感じ、夢を見ているわけだ」

自慢げになるわけでもなく。得意顔をするわけでもなく。滔々と、真顔で、にこりともせず、『夢』と『ロマン』を吐き出す梢。「つまり、ケーキはロマンだってわけだよ」そう結論付けると、ずっと聴衆であった静雄の方を向いた。

「…………」
「…………」
「無視してんじゃねえぞ、こら」

Bellio

「東京デザート共和国?」

「――って、ナンジャタウンのか」と続け、チョコクリームのついたプラスチックのフォークを咥える静雄。梢はうまそうに目を細めるそれを興味深げに観察しながら話を続ける。「そ」

「そこでイベントがあって、東京範囲で話題の洋菓子店なんかが出店すんだと。うちにも声がかかって……ちなみにテーマは『おとぎの国』」
「おとぎの国……おかしの家か?」
「あたしのイメージは『チャーリーとチョコレート工場』だけどな」
「スケールでけぇな」
「ロマンだろ?」
「ロマンだかどうだかは知らねぇが……うまそうだ。やんのか?」
「……んー」

ツヤのあるドーム型のチョコレートケーキにフォークを入れると、スッと抵抗なく切れる。その柔らかさと、断面にあらわれたムースの層に感動しつつ、口に入れるとじんわりと効いてくるリキュールと、ほろ苦いスイートチョコレートと甘酸っぱいベリーのムースのハーモニー(梢談)に舌つづみを打ちながらも、歯切れの悪い回答に首を傾げる。面白そうな企画だし、すでに胸中壮大なイメージを膨らませているらしい梢の言葉からして、てっきり受けるものだと思っていたのだが。「考え中」と一言で言葉を切って腕を組む梢の様子は何というか、珍しい。この奔放女が悩んでんのは珍しいな、と静雄は思い、話を聞くことにした。もちろん、ケーキを食べながらではあるが。

「なんで、決めかねてんだ?」
「いやほら、あたし一人で店やってるだろ?材料仕入れんのもケーキ作んのも売んのも、基本的に自分でやってっし。そっちにまで手ェ回んねーと思うんだわ」

「そういや、お前売るのもやってるよな」と、静雄は初めて梢のケーキを食べてからは何となく店の前のコースを通るようになってから得た情報を思い出してそう相槌する。「誰か雇わねぇのか?バイトとか」と聞いたのは、通常の営業であろうと一人では色々と大変だろうと思ったからであり、一人売り子がいれば梢がケーキ作りに時間を回せるようになるため、仕事帰りにケーキを買って帰ることが出来るのではないかという淡い期待を抱いたためであるのだが、梢の返答はこちらも冴えない。梢が言うには、Bellio自体が家族総出(休日には幼児のひとはまでスタッフになる)という特殊なメンバー編成をとっているため、パティスリーは梢一人の独立した店とはいえ他人を雇うというのもあまり気が進まないのだとか。「ああ……、でも、店出すんならお前一人じゃー無理なんだよな?」舌でムースを味わいながらそう言った静雄に「だから悩んでんじゃんか」と、梢は唇を尖らせた。

「んー。どーしよっかなー」
「悩め悩め。お前が悩みなんて持つのは多分一生、これっきりだ」
「どーいう意味だよ」
「いっつも好き勝手やってんじゃねぇか。俺が自販機を倒す度にどっからか現れやがって。ジュースはタダじゃねぇんだぞ?」
「その代わりこうやって試作品食わせてやってんじゃねぇか」
「俺が奢ってるわけじゃねぇし」
「じゃあいらねーのか?」
「食うけどよ」

即答かよ、と笑う梢。
静雄はフイと横を向いて、最後の一口を咀嚼し終える。「ごっそさん」「お粗末さま」と恒例のやり取りを済ますと立ち上がる梢に、静雄は「解決してやれねーで悪ぃな」と声をかける。その言葉に虚をつかれて静雄を凝視すると、静雄は照れ臭さを滲ませた声でぶっきらぼうに「んだよ」と言った。

「……いや、俺、あんま人に悩み相談されたこととかねぇから。どう言えばいいのかとか、よくわかんねーし……」
「…………」
「んだよ」
「…………ツンデレ?」

「ぁああああああっ!?」一瞬でドスの効いた地響きのような低い声が、のどかな公園に響き渡る。静雄の手がそれまで自分の座っていたベンチの肘掛けをガッと掴むのを見て、慌ててその場から離れた。「人がせっかく気ィ遣ってやってんのによぉ……っ」ブオン、と勢いよく空を切る物体・ベンチは静雄の右手で持ち上げられ、槍投げのように構えられる。

「だぁれがツンデレだこらああああああっ!!!!」
「うおっ。あっぶねえなおい!」
「死ねえええええっ!!」
「おいおい……。照れ隠しにも程があるだろ……」
「手前が言うんじゃねえええッッッ!!!」
「はいはい。じゃーまたなー。ヴァローナによろしくー」
「うおおおおおおおッッッッ!!!!」






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