ベリオ | ナノ




  男子高校生の午後


「──そういえば。折原さんと梢さんって、どういう知り合いなんですか?」

単なる好奇心から発されたその質問は、林田葵をしばらくの間沈黙させるには充分だった。

Bellio

「え……あれ。僕、何かマズいこと聞いちゃいました?」

談笑していた中、急に訪れたにあたふたし出した帝人に「いや」と返すものの、答えあぐねてか「あー」だの「うー」だのと意味をなさない言葉しか出さない葵を見かねてか、帝人の隣に座る正臣が「何だ帝人もついに梢さんのパワフルなビューティースマイルに殺られちゃったのか」と妙な空気の中へするりと滑り入ってきた。

「僕は別にそんなんじゃ……」
「確かに梢さんは美しい。セクシャルな美貌と魅惑の甘い香りに酔いしれちまうのも無理はないさ」
「魅惑のって。甘い匂いはするけどさ……だって梢さん、パティシエじゃないか」
「そんな梢さんに会いたくて毎週のようにここへ通いつめる健気な妻問い現代の光源氏、俺」

「今日もどこか出かけちゃったんですか?」正臣をスルーして投げ掛けられた帝人の質問に、今度は答えることが出来てホッとする。近くの来良学園に通うこの二人は、放課後はよくこの喫茶店へやって来てはオーナーである晃や泉と雑談程度の会話を交わす姿を葵は何度も見かけていた。高校生が若いとはいえ一応社会人である夫婦と親しくする様子は葵にとって珍しいというより意外で、今日はたまたま余裕のある時間帯にホールへ出て来た葵に泉が二人を紹介し、今に至る。何でも正臣の方がこの店の(というかパティスリーの方の)常連である折原臨也繋がりで梢と知り合って以来の付き合いなのだとか。帝人の方も正臣経由で知り合ってからは同様に親しくしているらしい。大人しそうな外見だが意外とアクティブな少年だ、と対して年の差はないが葵は感じた。

「今日はひときわ早かったからな、閉店」
「噂になってるからなー、ここのケーキ!最近は『食べたら幸せになる』とか『両思いになる』とか女子の間で膨らんでるみたいっすよ」
「え、そうなの?」
「帝人、お前って奴は!それでも恋する奥手ボーイか!?」
「奥手は余計だよ!」
「この手のジンクスは奥手なシャイガール達が好きな男を思って一度はやってる実に奥手な恋愛活動だ。いやむしろ奥手なシャイボーイにこそ需要があって、好きな子をデートに誘う時にこの店の名前を出すんで逆に気持ちはバレバレで脈ナシじゃあ決してOKは貰えないという奥手ボーイの間では奥手泣かせで有名なケーキなんだ」
「何回奥手とシャイって言ってるの……」
「へーえ。うちってそんな噂もあったんだな」

それは知らなかった。
と感心する葵の前で尚も正臣が演説を続けているのを帝人はサンドイッチを咀嚼して窓から景色を見ながら聞いている。普段は忙しい時にしか厨房から出てこない葵が客と話し込んでいるので、二人のメニューは兄の晃が作ったものだ。

「つまり、梢さんは俺のものだということだ!!」
「おいしいですね」
「そりゃ良かった」


「梢さんと臨也さんは、同級生だったんだよ」

夕方。
ついに店には現れなかった梢にガッカリしていた正臣が、帰路で唐突に帝人の質問に答えた。思わず、帝人は一歩先を歩く正臣の背中を見る。

「え、来神?」
「ああ」
「じゃあ静雄さんや門田さんとかとも」
「いや、高校じゃなくて中学らしいぜ」
「来神中学……」

そう呟くと同時に帝人は中学生の臨也も想像してみたが、いまいちイメージがわかなかった。「セーラー服姿の梢さんはさぞ杏里に勝るとも劣らないエロ可愛い美少女だったんだろうと思うと悔しくて悔しくて……ッ!!」大袈裟なアクションで落ち込んでみせる正臣の表情は相変わらず見えない。臨也が話題に上がるとそれとなく梢へスライドさせる正臣と苦虫を噛み潰したようなカオをする葵は、どこか似通ったところを感じるのだが。正臣と臨也の関係を知らない帝人には、さっき初めて話した葵と臨也のことなどさっぱり分からない。「梢さんのケーキ、食べたかったな」と呟いたそれは風に乗って届いたらしい。正臣はくるっと振り返って、かつ歩きながらその話題に乗ってくれた。

「やっぱ休日に行かなきゃ駄目かー。土曜とか杏里誘って行こうぜ」
「うん。梢さんと話すのは無理だろうけどね」
「あの人あんま隣に顔出さないからなぁ。よし、俺が土曜に店に行くってメールしよう。未来のダーリン紀田正臣が来ると分かれば梢さんはいてもたってもいられなくなる筈だ!」
「逆効果な気がする。あの人、面倒臭がりだし」
「なにをぅ?養ってあげたい男子オンリーワンのこの俺が面倒臭いわけないだろ」
「そういうところが……あ、きれいな夕日だなぁ」
「あからさま過ぎるッ!」

臨也さんと梢さんもこういう、なんの意味もない会話を延々と繰り返し、学生らしく笑い合っていた時代があったのだろうか。 共に掴み所がなく、よく分からない性格をしているあの二人が自分達より年下だった時があるというのがいやに新鮮で。二人の姿を、見てみたいと思った。






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