027 ご都合主義なら仕様です


「――して、ミューはどこへ行った?私の可愛い妹は、一体どこへ消えてしまったと言うんだっ!」

ミリアちゃんが吠える。
わたし達四人しかいない医務室というのはどうにも閑散としていて、がらんどうで、人の声がよく響いてしまうのが難点だ。本人は場の空気を読んで激しく否定してなかったことにしようとしている程であるが先ほど廊下ですっ転んで膝が擦りむけてうっすら血が滲んでいるのでとにかく手当をしようと差し伸べた手を大して痛くもない全力の力でぺしーんと叩かれてしまったため、彼女の膝は少々痛々しいことになってしまっていた。

「わたしらが来た時には既にもぬけの殻でさ……。あの鬚なら何か知ってるかもしれなくてポンフリーが今連絡取ってくれてるけど、あいつ今理事会出てっからさ……」
「そんなものあてにできぬわ!」
「自分の才能棚に上げてヒデー言い草だな。校長だぜ?」

「……いや、まあ、わたし達が思っているよりもあの鬚が万能じゃないってのは冬休みに判明しているわけだけど……」そういう細やかな部分だけで言えば、ミネちゃんの方がよっぽど頼りになると言っていいくらいだ。苦笑気味に返し、けれど眉を寄せ苦渋と言って差し支えない苦しげな表情をしているレギュくんに口をつぐむ。そうだ、今はこんな軽口叩いている場合じゃない。――けれど、だったらどうしたらいい?

「…………」

目を瞑り、しばし考える。
――けれど、何も浮かばない。
――くそ。
いつからわたしはこんな役立たずになった?

これじゃまるで――
――ただの子供じゃないか。

と。

「……てれぱしー・わいやりんぐ」

透き通った静かな声がその場に響いた。
つい一分前までやかましく騒いでいた声だ。
全員の目が彼女に向く。

「そうだ、それだっ!」ミリアちゃんは急に顔を上げてそう言ったかと思えば、ぐりんとわたしの方を向いて両肩を掴んできた。

「一時期お前がやたらとセブルスに使っていたあの腹立たしい道具ならば、意識と意識を繋ぐ道具であるところのあの糸ならば!――ミューの意識に侵入し、居場所を特定することができるではないか!!」
「何だそれ、ンなモンあったのか?」
「そんな便利なものがあるなら早く使って下さいよ!」
「てれぱしー?んな中二みたいなネーミングの道具なんてあったっけ?」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「自分の発明した物くらい覚えておけぇーっ!!」

殴られてしまった。

「お前の変な発明品のせいで、私が一体どれだけの目に遭ってきたと思っているんだ!?」確かにわたしの部屋をいつも綺麗にしてくれているのは部屋ではお母さんぶっているミリアちゃんで、発明品という名のがらくた置き場で何度かミリアちゃんが不用意にモノを触ってゴワゴワになったりキラキラになったりギラギラになったりヌルヌルになったり、とにかく色々筆舌し難い目に遭遇しているという過去があったりするのはここだけの話だけれど、ある。がしかし、目ェひん剥いてここまで必死こいて言う程でもなかろうに。というかこの子よく覚えてんなそんな昔のこと。三年の時頭に叩き込んだはずの変身術の基礎方程式はうろ覚えのくせに。あまりに打って響かない彼女は過去にミネちゃんを泣かせたことがある。悔し泣きのミネちゃんなんて初めて見たから記憶によく残っている。

しかし――
テレパシー・ワイヤリング。
意識の海に潜る術――か。

「でもあれ、結局対象が近くにいないと使えないブツだからなぁ……やっぱまずはあの子見つけ出さないと」と、その仕様を説明すれば、三人、特にレギュくんは重く溜息を吐いた。三人、特にレギュくんがわたしに向けるまなざしが結構痛い。何だこの、羽虫でも見るような目は。元はと言えばきみらの問題じゃないか。……ぐすん。

「ブラック。お前のあの、例の……地図は使えんのか」
「あ?……ああ。名前は載ってなかったよ」
「単純に校内にいないってことなのか、あるいは探知されないようにあの子自身が何かやってるってことなのか――」

けれどその場合、あの子は自らの意思で行方をくらませ、捜索されることを自ずから拒絶しているということになる。
その場合――

「――!そうだ。お前の兄貴なら、探知できるのではないか?」

透き通った静かな声がその場に響いた。
つい三十秒前まで姦しく騒いでいた声だ。
全員の目が彼女に向く。

「え?……カイ?」
「以前言っていただろう。空間捜索がどうとか、周囲認知がどうとか、『特殊』という言葉を盾にして滔々と」

いや、捜索ではなく『空間創作』なのだけれど。――けれど――確かに、そうか。人の夢にまで侵入し、人が最も苦手とするゴーストである『彼女』まで引っ張って来ることができる程の使い手である奴ならば、あるいは可能なのかもしれない。

「……というかわたしはミリアちゃんが当時のわたしの説明を覚えていたということに一番驚きだよ」
「理解力は乏しいがな、記憶力はお前ほど衰えているわけではないのだ」
「あの……衰えてるって言い方やめてくんない?」

言ってる内容には相違ないが言い方がなんか癇に障る。えっへんと胸を張るミリアちゃんの両頬を思いっきり引っ張ってむにむにしてやった。「むおおおおおお」けれど名案は名案、うんうんと頷いて最後には彼女を称えた。

「いやまあ、とにかく魔法省に連絡して、あのバカを呼び出してもらうか――」
「そうですね。あんなちゃらんぽらんな美人とあれば見境なしにだらしなくなる女ったらしでも一応教師なわけですし」
「有事の際には意外と活躍するんだよな。意外と」
「うむ。便利なお助けキャラのようにまるで都合のいい設定がふんだんに詰め込まれているのだから、せめてこういう時に役立って貰わねばな」

「なんや好き勝手なこと言ってくれてるやないの、キミら」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

今、何か非常に耳障りな方言が混じっていなかったか。

「よっ!忘れモンしたからちょっと寄ってみたよん☆」

「いた――――っ!!!」
「手間が省けた、ちょうどいい!!」
「さすがお助けキャラですね!」
「ご都合主義バンザイ!!」
「ちょっ……もうちょっと何かないん!?せめて『助かった』とか!」
「だったら忘れ物何か言ってみろよ。絶対別に今必要なヤツじゃないだろうから」
「というかさっさとあいつ探して下さい」
「カイってそのうちいつの間にかヴォルデモートとか倒してそうだよねーわたし達の平和な未来のために」
「ああ、すると非常に書きやすくなるよな」
「特に最後何言ってんの!?」

『ホグワーツでは、救いを求める者にそれが与えられる』――鬚の言葉が、これ程までに胸に響いたことってなかったよ。ありがとう鬚!!「何この扱い……」半泣きのカイに付き合っている暇はないので、とにかく四人がかりで疲れているであろう身体に鞭を打とうと脳内で出来うる限りの罵倒の言葉を思案したのだった。


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