009



「グリフィンドール!」

しわがれた声を張り上げた帽子が示した寮からは、大きな歓声と拍手、たまにピュー、と口笛。赤と金のネクタイをしている寮生の顔を、帽子を脱いで手に抱えたまま、ぼんやりと見た。笑顔。それは実に楽しそうで、嬉しそうで、仲良さそうで、眩しい、笑顔。今日から自分も、この人達に囲まれて、7年という年月を過ごすのかと思うと、嬉しいような、少し恥ずかしいような。マクゴナガルという女の教授にそっと肩を押され、オレはグリフィンドールのテーブルの、空いてる席まで向かう。その間にも「よろしくな!」とか「今日から家族だ!」とか、暖かい声には泣きそうになった。堪えたけど。肩を叩かれたり頭を撫でられたり微笑まれたりして、ようやく真ん中の方に空席を見つけたので腰を下ろした。ふう、と息を吐く。顔を上げた。向かいにはすたれがいた。……………。「ぴーす」……………。

「……………」
「無視かいっ!」

バン!とテーブルを叩かれた。
すたれはそうして叫んだけど、今は組み分け儀式の真っ最中、生徒達は揃いも揃ってざわざわ騒いでいるので、騒音にはなり得なかった。オレはそれをしっかりと確認してから、「さっきぶり」と片手を上げた。

「カイもグリフィンドールなったんや。一緒やね」
「ああ。すたれもグリフィンドールだったんだな」
「見てなかったんかいっ!」

アルファベット順の組み分けということで、いろははI、日渡はH、オレの方が組み分けは先。ということは、オレが寮生からの洗礼に圧倒されながらここまで歩いてくるまでの間にすたれの組み分けがあったということだろうか。それに加え、オレより先、あるいは同時にここまで来た。だとすればすたれはよっぽど小回りが利くのか。「まあそんなことはどーでもいいねんけどな」すたれはさっさと流して、そして片手を差し出してきた。

「よろしく!」
「……よろしく」

そうしてオレ達は握手をした。
周囲では組み分けで衝撃の嵐が吹き荒れる中、オレ達は他に知り合いがいない者同士ということもあって、顔を付き合わせて喋る。

「なんや、せっかく同じ寮になるんやったら、うち男に生まれたら良かったわ。そしたら相部屋になる可能性もあったのに」
「言っておくけど、24時間一緒にいたって、オレはすたれみたいにテンションを上げることは出来ないぞ……」
「えー?うちそんな高くないよ。これはスタンダード」
「つまりまだ上があるってことか……」
「えへへ」
「あ。そういえば、れたすはどの寮に入るんだろうな」
「……てんちゅーっ!」

殴られた。
……ていうか、チョップ?

「何するんだよ」
「あほか!うちとれたすの苗字は同じ!『す』たれで『れ』たすやから、うちが先!れたすは、うちのすぐ次や!」
「ほぉ」
「何なんその反応!友達やのにひどい!うちは可愛い弟の組み分けが気になって、聞耳立てながら来たっちゅーのに!」
「それは悪かったけど」

……さりげなく、
友達って、
言われた。
……………。
どうしよう。
嬉しい。

内心だけで嬉しがっていると、すたれはプクッと頬を膨らませて「れたすは違う寮になってん」と言った。どこ?と尋ねると指で示す。差された方へ目を凝らすと、なるほど。緑に銀のネクタイをしめたれたすが、無表情で座っていた。

「あの子、スリザリンやねん」
「…………ああ」

スリザリンか。
千智から聞いたことがあった。
その時千智は『7年間生活していくのに不適切な寮』だと言っていたが、実際はどうなんだろう。不適に笑んで、あちこちで誰かを指差して耳打ちし合ってる緑を纏った生徒達に、れたすは馴染むことが出来るのだろうか。マグル生まれとのことで、寮についても何も知らない風なすたれに、オレは説明する。

「スリザリンっていうのは……聞いた話なんだけど、魔法使いの血筋を重視する《純血主義》の人間が集まる寮らしい」
「え、そうなん?嫌やわ、そんなんマグルのあの子とか肩身狭なるんちゃう?」
「多分。まあ、スリザリンにもマグル出身はいるから、一人になるってことは」
「あーあ……いや、あの子多分、友達とか、出来んと思うわ」
「え。どうして」
「だってあの子、喋らんやん」

そこですたれは少し苦笑気味に言った。出会ってから今まで、散々笑ってはしゃいで騒いでいた姿が嘘みたいに、静かに『姉』の顔をしている。

「ジャパンではれたす、もっと明るかったんやけどね。方言出んのが嫌ならしくって、すっかり無口になってしもた。……故郷のこと、恥ずかしい思てるんかな」
「……そうは思わないけど」

声のトーンの低いすたれに、どう対応していいのかがわからなくて、とりあえずそうとだけ返した。


「おい」

と、声をかけられたのは数日後。
夕食を終えて寮に戻ろうとした時のことだった。ちょうど人気のない道を通っていて(つまり迷った)、振り向くと、れたすが立っている。ネクタイは、緑色。何?と聞こうとした声は発されることなく、れたすのそれにかき消される。

「……すたれを、」
「ん?」
「すたれを、頼む」
「…………」

それだけ言って。
それだけ言って、れたすは踵を返して去っていく。その様子を、オレはただ見ているだけだった。


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