008



ひょっこり、
と。
ちょうど動き出した汽車の、
とある空いてるコンパートメント。
姿を表したのは男女の子供だった。
いや、世間一般で言うとオレも子供に属すらしいのだし、正確に表現するのならばオレと同年代の男女といった方が正しいのか。自分とは違う、烏のような漆黒の髪を見つめる。自分とは違う、夜のような闇色の瞳を見上げる。雪のような肌を覗く。赤く色付いた唇を見やった。

「ハジメマシテ」

にっこり、と、その口元が弧を描く一連をただぼんやりと目に入れていたのだが、女の方がそう投げ掛けたのにハッとすると、オレも軽く頭を下げた。ホグワーツの制服にはこの汽車の中で着替えるのだと千智には言われていたのでオレは普段着で、実際に今まで見かけた、生徒らしき子供も私服を着ていたのだが、この男女に限ってはこの前店で購入した黒基調の制服を着ていた。「ここ、誰かと待ち合わせていたりするのかなっ」女の方が、空欄状態にあるオレの向かいの座席を指さして尋ねてくるので、横に振った。まともに知り合いすらいないのだ、誰かと待ち合わせなんてしているはずもない。

「あ、じゃあ空席?わたしたち座ってもいいかな。他はみんないっぱいでさっ」
「いいよ」
「ありがとうっ!ほらあんたも、お礼言って!」
「……どうも」
「……ども」

男の方は女に背中を叩かれるとぺこりと会釈らしきものをした。オレも同じことをして返してみたのだが、どうも女の方は気にくわなかったらしい。

「もっと気持ちをこめんかいっ!」

ばしーん。と。頭をはたいた。口調もトーンも変わった。男の方は2、3歩その場からよろめいて、それから次にこちらを軽く睨んで「ありがとう」と言った。その視線にたじろぎながら、オレも「どういたしまして」と言った。言わされた気分だった。

「うん。よしよし」

満足そうに何度も頷いた女の方は、自分の持っていた、男の方のものと同じ形のトランクを男の方に手渡しし、自分はそのまま歩いてきてオレの向かいの座席にどっかりと腰を下ろした。……………。なんだこの女。しばらくして、トランクを上に上げた男の方が、女の方の隣に座って、オレ達はそこでちょっと黙った。けどそれはたった一瞬のことで、

「あんた、マグルなん?」

そう尋ねてきたのは女の方だった。
オレは首肯しかけたが、そういえば数ヶ月前に千智が言っていたことを思い出して、「母が魔女だった」と答えた。女の方が「じゃーお父さんは魔法使いやなかったってことやから、混血かぁ」と納得したように頷いたが、オレにはそれを肯定することが出来なかった。

「そっちは」
「あ、うちら?うちらはただのマグルやよ。イキナリ『あんたは魔女!』って手紙来てびっくりしたわー」
「……お前、その」
「お前ってゆーなっ!ええか、うちにはなあ、『色刃すたれ』ってゆー、素敵なお名前があるんじゃい!」
「……………」

びっくり。
どころじゃない。

「……………」
「………うふ」

誤魔化されるか。

「あ、ええとだからっ、うちのことは、『すたれ』呼んでなー」あははははっ、と誤魔化すように空笑いをするすたれに、隣の男の方が無言のまま、呆れたように見つめていた。オレと目が合うと、そらした。

「……じゃあ、すたれ。その喋り方って何?方言か何か?」
「あ?あー、うん、方言。ちゅーてもこれ、ジャパンのやねんけど……うちら英語喋れんかったから、こっち来る時、校長センセに魔法かけてもろてん。やから、うちらにしてみれば普通にジャパニーズ話してるつもりやねんけど、そっちには英語のなまりみたく聞こえるわけや」
「へえ……すごいな」
「でも変やろ?やからうちら隠そう思て、なるたけ標準語喋るようにしよなー話しててんけど……やっぱムズイわ」
「別に。変わってるなと思ったけど、無理して口調変える必要ないんじゃないか?その話し方面白いし」

そう言うと、すたれは「ほんま!?」と目を輝かせて、向かいのオレに飛びつかんばかりに身を乗り出して尋ねてきたので、思わず身を引いて、何度も頷く。すると「ありがとー!そう言ってもらえると、気ィ楽なるわー。なっ、れたす!」と、すたれが隣の男子に向き直ったので、どうやらそいつはれたすという名前らしかった。

「すたれ。さっき何度も『うちら』って言ってたけど、そっちの──れたすも同じ方言なのか?」
「ん?うん、せやで。てゆーか、実はうちらツインズ。『色刃すたれ』に『色刃れたす』で、姉弟。双子やねん」
「…………似てないな」
「やろ?二卵性ソーセージやもん」

率直な感想を述べると、心なしかれたすの方に睨まれたような気がした。相変わらずニッコニコしているすたれと比べると、顔だけでなく、一見双子だとは思えない。けど「よろしく」と言って手を差し出せば(人とよろしくする時には握手をするもんだと七生に言われたことがあった、)ちゃんと握ってきたので、悪い奴ではないと思う。

「…………うん。いいんじゃないか、なんか、個性って感じで。オレはその方言、好きだ」
「ほんまに?うわー、おおきに!実はこっち来る時……言うてもこっちのエアポート着いた時やねんけど、この喋り方したら、えらい妙なもんでも見るような顔されて。な、れたす?」
「……………」
「無視かい。まぁえーけど、とにかくただでさえジャパニーズはイエローマンキーで目立つっちゅーのに、こんな喋り方やと、ますますナメてかかられるわ」
「そんなものなのか?」
「そんなもんなんや」

はぁ、と大きくため息を吐くすたれ。
れたすはそんなすたれの頭をポンポンと叩いている。慰め、のようだった。

「オレは羨ましいけどな。インパクトあるし。……えっと、『おおきに!』だっけ?」
「……なんや、あんたがそれ言うたら、ネタみたいやわ。金髪金目で、王子さまみたいな顔してんのに」
「……ネタ?」
「ウケ狙いのことや」
「……ウケ?」

「お笑いのことや」と、すたれはおかしそうに笑いながらそう言った。ふとれたすの方へ目をやると視線が合って、れたすは慌てたように反らしたけど、表情はさっきより柔らかかった。

ガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタン。

「そーいえば、まだあんたの名前、聞いてなかったやんな?教えてーや」
「あ、オレ?オレは、カイ」
「カイ?かっこいーな。苗字は?」
「確か、『日渡』だったハズ……」

『カイ』という名を名乗るのは慣れた。千智につけてもらった名前だし、なんかしっくりくるし。けどダンブルドアにもらった『日渡』の称号は、未だに言葉にするのを一瞬躊躇ってしまうのだ。「何で『確か』なん」そう尋ねられたので、オレは答えようとすたれの方を向いたのだが、すたれはきょとんとした顔で隣を見ていた。

隣。
すたれの隣。
つまりそれは、

「…………れたす?」
「何で『ハズ』なん」

尋ねられた。
「そこ食い付くんか!」すたれは何か、そんなことを言いながら、れたすの胸のあたりに手刀(平手?)を、びしっと寸止めで食らわせていた。

「あー……まあ。複雑な事情で家族がいなくなったから、名前を付けてもらったんだ。苗字は呼ばれる機会があまりなかったから、まだ慣れない」
「『付けた』って、誰が?」
「苗字はダンブルドア」
「ほな名前は?」
「……あー……」

この時オレは、一体何と答えるべきだったのだろう。
あるいはこの時オレが、違った回答を提出していたとするならば、オレの生涯はもう少し、救いようのあるものになっていたのかもしれない。

でもそんなものは、
ただの泣き言でしかないものだった。

ガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタン。

汽車は運ぶ。

人間を。
生物を。
生活を。
変化を。
革命を。
事件を。
矛盾を。
整合を。
余興を。
本題を。
疫災を。

間違いなく、
運んでくるのだった。


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