きっと劣っているのだろう(ミリア)



てくてくてくてく。
人気の少ない廊下はあまり外から光は入らない。特に何処へ続いているわけでもなく果てに何があるわけでもなく直単に続いているだけの廊下。一本道の筈なのだが、歩き続けていたらそのうちいつの間にか初めの位置に戻ってきてしまう、そんな何の意味もなくふとした危うさでその存在すらをも忘却されてしまうような、そんな遊びで造られた長い廊下を、2人のあまり背が高くない少女達は手を繋いで隣に並び歩いていく。

『…………………あっれえ』

金色の目と髪の毛を持ってした少女は、これはまずいと一人呟いた。呟いている間にも足は止まることなく歩み続けている。けれどしかし、頭の中では必死に寮へと戻る道を暗中で模索しているのだ。

『ねーミリアちゃーん』
と、少女は人間の手で繋がれているもう一人に情けなく声をかける。どうやら寮への戻り方はすっかり忘却の彼方であったようで、少女はこれはこれは自分ではどうすることも出来ないと、普段色々な授業の教室へと先頭立って歩いてくれる、もう一人の黒髪少女に助けを求めたのだ。

『………うーん、うーん』
『……………………ぐう』

どうやら爆睡中のようで。
ミリアちゃんと呼ばれた長い黒髪を持った少女は、腕を引かれながら歩いている体制で、器用にも眠っているらしく。かたくなに目を閉じたまま、微かに少女が手を引くとちゃんとそちらへと足を動かすので重くはないし負担もかからないが、しかし寮へは帰れない。『…………うにゃー』ミセス・ノリスとかいっそ飼い主のフィルチさんとか出てきてくんないかなー、との意図で唸ってみたが、勿論誰も来やしない。『リリーおかーさーん迷子がここにいるよー』だの『シリウスーわたしへの愛はどうしたんだー』だの、後半はさんざあしらっている彼への酷く自分勝手な発言をかましながら、ずんずんと歩いていく。この廊下はずっと一本道なのでいつかどこかには着くだろうと少女は踏んでいたが、先にも述べた通り、この道はもちろん終わりなどないので少女は先程から3回も元の位置に戻って来ていたなどということに気付いてなどいなかったのだ。

てくてくてくてく。

相変わらず少女の独り言(泣き言)と眠っている少女の迷子は続く。このままだと一生寮には辿り着けないんじゃないかと、的を射ている考えを持つが、ここは非常にも彼女のホグワーツではむしろ邪魔にしかならない常識が、いやそんなことはあるまいとそれを否定した。否定してしまった。

まったくやれやれ、と、金髪の少女はもう一人をわずかばかり振り返る。こういう風に時たまよそ見をしたりするから迷うんだとか道を覚えられないんだとか、赤髪の母親代わりが叱咤する其れについてはひとまず、とにかく少女はもう一人を振り返った。歩みは止めない。そして、あーあ、と思う。

さっきの今で、よく眠れるよなあ。
乏されて中傷されて罵倒された挙句にキレたわたしがチャカ出して脅して、それを目の前で見ておきながら当事者本人でありながら、被害者であるにもかかわらず、その後の対応(『これ、いらない』)は実にあっさりとしたものだった。

────3つの愛銃の内1丁、ワイルディ45マグナム。オートマチック・ピストルが内の1つである其れは、時代の遅れを補うかのように徹底的な破壊力と破壊力と破壊力を込めたチェンバーを改造済みである。名前は付けていなかったと思う。いや、付けていたのかもしれなかったが、自分はもうそれを覚えていない。脳が劣性だったのか、心が劣化してしまったのかはもう、判断出来ないところまで墜ちてきてしまっていた。同級生に武器を向けてしまうなんて。───いや、わたしは基から、こんなんだったの、か?

『…………ハレルヤッ、ちゃーんす』

さて少女がそろそろ思考するのにも疲れ果ててしまい意味不明で意味深長なワードを吐いてしまった時、繋いだ手が、ぴくりと反応した。『……………』しぱしぱと瞼を瞬かせ、ぼーっとした顔で少女を見つめている。

『よっす』
『よっす』
『目ェ、覚めた?』
『うむ、醒めたぞ』

こくこくと頷いてミリアは少女の少し後ろを歩いていたのを足早に修正する。『なんだ、無幻廊下に迷っていたのか』と言いながら方向ごと変えて、今度は先程まで道に迷っていた少女が少しばかり引っ張られる形だ。これが本来の隊形だとでもいうように満足気なミリアとは対照的に金色の少女は不服そう。

『…………なんかやだ』
『何がだ』
『…………そこはかとなくやだ』
『何がだ』
『…………ふんだ』

むっつりとむくれてしまったような少女に『悔しければいい加減道を覚えろ』と致命傷を与え、ミリアは迷うことなく歩く。そんな彼女に、いつものように何かを諦めた少女は『ねーミリアちゃーん』と、情けなく声をかけた。

『ミリアちゃんは、化け物なの?』
『違う。人間だ』
『ふうん、それは奇遇だね。わたしもね、実は、人間だったんだよ』
『へえ。それは実に奇遇だな』
『だね。運命かな』
『そうなのかもしれない』

その笑みに、彼女は気付かなかった。

────●●●●。
 力強い声が、頭の内で響く。
 頼もしくもあり、心が寄せられる。
────きっと出会うから。
────お前の悲しみも苦しみも怒りも喜びも楽しみも嬉しみも、凡て分かってくれる子が、お前にもきっと出来るから。そんな大切にきっと、お前も出会えるから。
────お前だって、出会えるんだから。

だから、頑張れ。
…………誰の言葉だったのだろう。
思い出せない。
もう、もしかすると忘れてしまったのかもしれない。金色の彼女と同じように。


どちらともなく、力を込めた。
互いに人間の其れで繋がれた手に。

僕等は劣性ダイアモンド


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