「千智は小さい頃から本が好きやったなあ」 と。 しみじみ思い出すようにカイが言って、オレは「あ、やっぱり?」と返したのだが、その声が少し擦れていたようだったので、カイが煎れてくれたコーヒーを一口含ませ、飲み込む。ゴクリと、思いの外よく響いた。 「ほんっと、千智の本好きには参るって。恋人になった今でもオレ、よく本で吊るもん」 「てゆーか、ホンマに小さい時はまさしく本の虫でなあ。本にしか興味のないよーなで、オレはよく、あいつの将来を心配したもんや」 「今でも心配?」 「そやな。やっぱ妹やし。たまに色々、似合わんコト考えてるみたいやし」 「やっぱ、千智にゃー笑顔がイチバンだよな!」 「そーやんな!あの無垢な笑顔も!」 「邪悪な笑顔も!」 「自己チュースマイルも!」 「甘えんぼなスマイルも!」 「シリウス!お前ホンマえーヤツやな。よーわかっとる。おにーさん、安心」 「じゃーたまにオレと千智がイチャイチャしてる時とか邪魔しに来るの止めてもらえないか」 「いやー妹煩悩でゴメンネ?」 カイのことを本来ならば愛する恋人の兄であるのだからして「お兄さん」とか「兄貴」とか、あるいは年上なんだし「カイさん」とか呼び名を選ぶべきなのだろうし、7つも年の離れたカイに向かってタメで喋るというのも常識で考えればまずないことなんだろうけど、そこはやはり愛する恋人の兄貴なだけあって、カイにはまるで何かしらの引力が働いているかのように当たり前に当たり前ではないことをさせてしまうような力があるように思えるので、オレは初めこそ出会い方に多少の後ろめたさ(飛び蹴りした)があるもののカイのことを「カイ」と呼ぶしタメ口だってきく。だってそれでもカイは普通に「なにー?」って笑うし、他の生徒にもまるでクラスメートに話しかけるような風にカイと談話するヤツは結構いる。例えば仕掛け人のメンバーなんかそうだし、あの女たらし的な性格で同性にも友達のような気軽さをもつカイはたまに男子生徒の集団に混じって「あの子かわいーよな」とか、「お!見えた!白!」とか騒いでいたりなんかするから、怒るのはその女子生徒なんかじゃなくてオレの愛しい恋人でありカイの妹である千智だったりするのだ。ジェームズには「以前のきみとつるんでるような感覚だよ」とか言われたので殴ったけど復唱したリーマスは怖くて殴れなかった。 「いやいやいやいや。しっかしまさか、おにーちゃんが魔法省でバリバリやってる時に、まさか愛する妹に恋人がいたなんて!」 「……聞いてなかったのか?」 「んー。久っ々に千智から電話もろた時は色々忙しかったから」 「はあ」 「ラザニアちゃんちの後始末、それとステラちゃんちの憂いを払拭するんとか、まあ色々や」 「はあ」 「で、それも顔合わせたわけやなかったから結局再会したんはオレが夏休み中に金借りに行った時やったかな」 「……何やってんだお前。魔法省って、給料いいんじゃなかったか?」 「部署によっても違うけどまあ中堅や」 「あっそ。で、久々に会った感想は?」 「うわこの子むっちゃツンデレやん」 「おい」 「いや、マジな話。そんでオレは、こーゆう千智も萌えるなあと思った」 「こら」 「妹、萌え!」 「殴っていい?」 え、コイツまじで今まで千智のことそんな目で見てたの?ここは愛する恋人の恋人として恋人の兄に一発ぶちかましても多分以前のような気まずさなんて残らないだろうと拳に息をあてたのを見たカイが「千智に嫌われちゃうよーん」とか言うからフリだけに留めた。 「けどカイを殴ったとしてもむしろ千智はオレの頭を撫でてくれると思うぜ」 「うわーそれ言ったらおしまいやーん」 「ツンはカイに、デレはオレに!」 「それ最悪やん!」 「つーかお前さ、マジで女子にあんな囲まれて嬉しがってるわけ?」 「いきなり話変えんといてや。あーうんもちろん、オレ女の子大好きやもーん」 「ホントか?マジで近親相姦とか狙ってたりしねえの?」 「……オレ、そんな飢えて見えんの?」 「ていうかオレもさ、千智が来るまでは結構、アレだったから」 最高の相棒達が以前のオレのああいうところだけは決して好んではいなかったということは知っていた。何度リリーに煩く言われても付き合いをやめなかったオレにリーマスが言ったことは「きみは愛を知らないからね」という一言だけで、それはあの腐りきった家庭とその腐った果実を目当てに蔓延る周りを容易に連想させていたのでオレはその臭いに鼻を曲げながらも何か甘い匂いを出すヤツはいないのかと嗅ぎ回っていた犬だったのかもしれないと、今もそう思ってた。けどいつまでも受け身の愛を探すだけでは駄目なのだと気付いたあの日のことは、とても子供のそれとは思えないような千智の笑顔と一緒に根付いている。それがリリーに対して積極的なジェームズを少しだけ尊敬することに結びついて、尊敬してしまったばかりにちょっと行き過ぎた発言や行為をしてしまって千智にうざがられた時期もあったけどそんな感じで今は幸せだからこうしてカイと、まともに顔を突き合わせていられるのだ。 「親に与えてもらえなかった愛を求めて飢えたっていうか……。そういえば千智も親のことは話さねーけど嫌いみたいだし、だから兄妹のお前もそうなのかなって思うんだけど」 「んー、やぁ、オレは親でなくとも、愛をくれた子はおったから。お坊っちゃんのキミとはちゃいますぅー」 「え、元カノ?」 「んーん。ただ優しかっただけの子や。けど、慈愛に満ちててん」 「へえ」 言っている意味がよくわからなかったけど頷いた。 「────や。もしかすると、あの子のことをこそ、《母親》、呼ぶべきやったんかもしれんなあ」 そう言って、にっこりいつものように笑っていたカイの目はサングラスのせいで見えなかったけど、多分遠くを見ていたんだなあと何処かで感じた。 恋人とその恋人の兄 |