言い聞かせる二人(ミリアとセブルス)



…………………。
黙っているばかりでは本作とは違い話が終わらないどころか動かないどころか始まりもしないというので、そろそろだんまりは止めようかと思う。ただしそれは語りべとしての私だけであって。

だから私は、話さないということで。

『……………む』
『歴史書の157ページだ』
『……………む』
『礼はいい』
『……………む』

セブルスはもうすっかり慣れたように、『……………む』で私の意を汲みとれるようになってしまった。同じ『……………む』で、どうして違いがわかるのだろうか。私だってわからないぞ、というか、わかるかそんなもん。セブルスといい千智といい、中々どうして私よりも私の事を随分と理解しているようで。

とりあえず言われた通りに157ページを探すと、課題として出されていた水魚についての詳細が述べられていた。迷うことなく書き写していく。セブルスはそれまでなんとなくこちらを見ていたようだったが、またお得意の魔法薬学書を読み始めてしまった。

『…………』
『…………』
『…………』
『…………』

うむ。
今日はお互いに気分が良いようだ。
静かな図書館。
奥の奥の席。
いつもの二人。

熟年した夫婦みたい。
人生の目標が決まった瞬間だった。

『…………熟年夫婦』
『…………』
『…………熟年カップル』
『…………』
『…………熟年りこ──いや、離婚は違う。違う違う』
『…………』

一つ溢す度に隣のセブルスが血色を良くしていくので見つめていたら本で顔を隠された。───可愛いなあ。

『照れるな』
『て、照れてない』
『照れるな』
『…………わかった』
『うむうむ』

喋っている間も思考している間も動かしていた羽ペンを止めて、洋皮紙の文字に間違いがないかを確認する。というか、私はあくまで英語がわからない身なのであって、この羽ペンは自動翻訳式なのであって、さしあたれば確認というのは形だけなので結局はわかりもしない文字を見つめて達成感を感じているだけなのだ。まるで架空だが、セブルスが手伝ってくれたレポートということで、この課題は今や私の命よりもセブルスの次に大切なものとなってしまったので、全然全くに構わない。文字を見る。文字を見る。やっぱりわからなかった。

『───もうすぐで、夏休みに入るが』

セブルスがふと、思い出したように言う。ぎくりと、らしくもなく、らしくもないはずの、肩が揺れたのを気付かれたくなかったので、座り直して誤魔化そうとした。多分もうバレバレだとは思うのだけれど。そうすることでしか平然と出来ないから。

『どうする?』
『───どうする、とは』
『日本へ帰るのか』
『帰らない。此処に───いる』
『ホグワーツには残れない──知っているだろう』
『それならば千智の世話になる。不可なら適当にその辺、宿を取って泊まる』

とにかく彼処にだけは、戻りたくないのだ。それは知っているという風に、セブルスは目を伏せた。私が家出少女だと、セブルスは知っている。私が家を捨てたのだと、セブルスは知っていた。青白く冷えた手が、がちがちに固まった頭を、そっと撫でてくれた。何かが軽くなったような、そんな気がした。

いつもの苟のような緩やかな時間と、
ほんのたまにだけ見せる、真剣な時間。
私はどちらに溺れているのだろうか。

『───忘れてはいけない』

忘れてはいけない。
覚えていなくちゃ、
忘れてはいけない。

祈るように、繰り返す。

『───忘れてはいけない』

重なった手を払いたくなった初めての衝動

まだまだ泣けない。


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