意味のない話(ドール寮)



「う、うぉおおおおおおおおお!光れ、わたしの中の何か!」

「煩いわ、千智──ピンスが睨んでいるわよ」千智が滅多にない必死な表情をして、叫ぶ。いつもにこにこへらへら、掴みどころのないような千智には珍しい事で、今のうちに網膜に焼き付けておこうかと思った───けれど、そんなことよりも、此処は図書館なのだった。

「聞こえてないと思うよ」リーマスは大して反応せず我関せずというように薬草学のレポートを仕上げていた。うらやましい。

「ああ、静かに努めるきみも素敵だよ!リリー!」余計な雑音を奏でるジェームズは本の角でその頭を殴ってやった。いやらしい。

「必死な千智もかわいーなー……」両肘を机について本も読まずに千智を見つめる黒犬はにべもない。ねたましい。

「う、うぉおおおおおおおおお!光れ、わたしの中のサムシング!」
サムシングに変えてみたところで光らない何かが光る筈もなくて、千智は何か鬱憤を晴らすように呪祖を打ち込むかのように、一心不乱に洋皮紙に何かを書き殴っていた。

仕掛け人よりはまだ、わりかしまともだと思っていた女友達の人格崩壊に直面してしまったことは、憂鬱以外の何物でも。

「─────嗚呼、どうして人間は、何かしら能力を数値化することに異常なまでの執着を見せてしまうのだろうか。人間は数字が好きだと誰かは言っていたけれど、あれは多分ね、自分の考えを無理矢理にでも正当化してしまうずる賢い人間の暴論だと思うよ」
「まさしくそれは今の千智だと思うよ」

なんとか落ち着いた千智は既にイエローカードを渡されているので追い出されちゃたまらないと皆がかりで抑え込んだ末に漏らした千智の暴論にリーマスがにこやかにストップをかけた。「ああもう!」千智はバン、と机を叩こうとしたのだろうけれど、そこは守株ごとくに阻止した。
「………むー。テストなんて嫌い!」

小さい子供が嫌いな食べ物を残す時のように、千智がふいっと変身術の教科書から露骨に顔を反らす、その仕草がなんだか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。うん、可愛いわ。千智はバツが悪そうに、「………いいよねリリーは、頭良いし」と嘘く。

「別に良くはないわ、千智。私の成績の良いのは私が勉強しているから」
「───努力?」
「ええ、勿論よ」
「そうだよ千智、人間努力が出来ないようになってしまったら全てが終わってしまうからね。ねえそうだろう、リリー」

間違ってはいないけどコイツがそれを言うのは間違いだ。

「そうだぜ千智、わかんねーとこならオレ、教えてやっから」

シリウスが締まりのない顔で言う。
毎度の事ながら、余裕酌々に。

千智は二人の言葉に「あー」だか「うー」だとか適当な唸り声を上げて突っ伏してしまった。
大した努力もなしに、毎回優秀な成績を残してしまうジェームズとシリウス。テスト前に会話するとその節々から余裕がにじみ出ているので、つい苛々としてしまうから、正直なところあまり彼等と勉強会なんてしたくはなかったのだ。

感じてしまう──才能。
知識というよりは知恵、飲み込みの速さに加えて要領の良さ。それらの前では努力なんて、馬鹿らしくなってしまう事が、なくはない。劣等感を感じないといえば、嘘になる。

「───んん、まあ、ねえ───」
歯切れの悪い千智。
微妙に複雑そうな表情で、似合わないと思った。

「───落ちこぼれー、とは言われたくないし。やるだけやるよ」

けれどやっぱり、
最後にはいつも通り、快活に笑う。
そんな彼女が、好きだと思った。

「ミリアちゃんにも教えてあげなくちゃだしだもんね」

そう続けた千智の言葉に、嫌そうに顔を歪めたとある二人の頭を本の角が狙う。


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