「…………朝?」 「ぐー」 「…………」 隣で、ミューちゃんの腹部に覆いかぶさるようにして眠っているミリアちゃん。目をこすりながら、窓を見るとカーテンで遮れなかった光が医務室内をやわらかく照らしている。ミューちゃんの寝顔を見ながら話しているうちにどうやら眠ってしまったらしいと気付くと、わたしは口笛でフォークスを呼び、一瞬のうちに書いた手紙を彼に持たせた。シリウスは忍びの地図で多分予想済みだとは思うけれど、一応経緯だけ知らせて安心させてやろうというわけである。フォークスが目にも留まらぬ速さで出ていくと、ふう、と息を吐いた。ミューちゃんはまだ目を覚まさない。今日でもう四日目だった。本当に、何かの呪いでもかかっているのではと疑ってしまうくらいに眠り続けているが、ポンフリーの治療には間違いがない。一本一本が絹のようにしっかりとしたツヤのある髪の毛を撫で、ミリアちゃんに防寒呪文をかけておく。ポンフリーは既にいなかった。眠っていたわたしにローブをかけ直してくれたらしい彼女は、まあ目をつむってくれるのだろう。要注意患者がいるのにここを開け放すのは、わたしたちがいるからのようだった。いざとなればのヒーラーも、いる。一息つき、肩にかけられたローブに袖を通そうと身体を起こしかけたところで── 「──失礼します」 からり、と。 音。 人が、入って来た。 聞き覚えのある声と、まっすぐこちらへ向かってくる足音で、わたしは思わずミリアちゃんの隣で同じようにベッドに突っ伏してしまう。所謂寝たふり、というやつだ。思わずドキドキと胸を鳴らしながら、そうしているうちにベッド周りのカーテンを開けた人物を窺うように、本当に薄く、目を開いた。 「……千智さん?」 「…………」 「……寝ているんですか」 レギュくん。 最後に見たのは、スリザリンの談話室に立ち尽くす背中だった。あれから三日経ち、何らかの整理が出来たのだろうか。レギュくんは箒を片手に、クィディッチのコスチュームに身を包んでいる。──ああ。そういえば、シリウスが言ってたっけな。今日なのか、試合。だからポンフリーもいないわけだ。「……まだ、起きませんか」レギュくんは呟いた。わたし達がいるのと反対側へ移動したらしく、わたしにかかっていた影は離れた。お見舞いに来たのかと思ったけれど、レギュくんは椅子を出す様子も手土産もなく、ただミューちゃんを見下ろしている。 「──今日は決勝戦だ」 「…………」 「──これに勝てば、寮杯はうちが優勝です」 「…………」 「シリウスはビーターだから、僕の相手はあくまでポッターですが──僕はどちらであっても負ける気はない」 「…………」 「……お前が、言ったんだろ。シーカーになれって」 「…………」 「それなのに──何で」 「…………」 ──わたしは、これを聞いてしまってもいいのだろうか。急に、自分はここにいてはいけない人間のような気がしてしまった。だから、今からでも、眠れるように目をつむる。ひたすら目をつむる。目をつむる。決して、レギュくんを見ないように。けれど、聞いてしまう。聞こえてくるのだ。決して生じるはずのない音が。 「……行ってくる」 頬に、触れた音。 その温かさに、きっと安心したはずだ。生きていることを安堵したはず。ミューちゃんを見るその目のまなざしを、わたしは知ってはいけない。ミューちゃんに触れるその手つきの優しさを、わたしはきっと知るべきではない。本当ならばその声の悲しさや切なさや淋しさ、そういった全てのものをわたしは知るべきではなかったのだ。彼も彼女もきっとお互い、そういうのを誰にも打ち明けることを良しとしない子で、多分お互いにしか理解して欲しいと思ってはいないだろうから。 「…………」 ──やっぱりわたし、 今回はでしゃばり過ぎたのかな。 遠ざかる足音に、そう呟いた。 「ばかばかばかばかばかっ!」 と、大して痛くもないゲンコツをわたしに降らせるのは、現在進行形わたしにおんぶで競技場まで運んで頂いているミリアちゃんである。黙っていればそりゃあもう麗しい美少女姉妹の寝顔を見つめているうちに、気付けば決勝戦の開始時刻が15分前になった事に気が付き、ミリアちゃんを叩き起こして未だ眠り姫のミューちゃんをそのままに走っているわけであるが、しかしミリアちゃんの寝顔が可愛過ぎるのが悪いのだと、わたしは思うのだけれど。やっぱりわたしが悪いのだろうか。 「もっと早う走れ!試合に間に合わんではないか!」 「でもさー、わたしが急ぐのは納得だけどさー、ほっ。よっと。何でミリアちゃんがそんなに怒るかなぁ。クィディッチに興味ないんじゃなかった?」 「馬鹿め。そんなもの、セブが『一緒に観よう』と言ってくれたからに決まっておろうが」 「なるほど。ミリアちゃんは本当にセブセブ一色だね」 「セブに会いたい。セブとデートしたい。セブとキスしたい。セブにひっつきたい。セブと」 「煩悩の塊だね」 「聞こえが悪い」 「あたっ」 今、殴られるところがあっただろうか。色欲の塊となったミリアちゃんはその後もセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブ唱え続けて結構うるさかったため、わたしはグリフィンドール席に行くより先にレイブンクロー席の一番後ろに一人座っているセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブセブにミリアちゃんを届けてから、リリー達の待つグリフィンドール席にまたもやダッシュ。そんなタイムロスを食らってもなお開始時間には間に合ったのだから、誰かわたしを褒めてほしい。わたしの駿足にドン引きしているみんなにそう言うと、ピーターとリリーがわたしの頭を撫でてくれた。いい子はいた。 「千智──!!!」 「あ!シリウス!」 パフォーマンス中の選手は好き自由に空を飛び回り観客に多彩なアピールをしているわけであるが、ちょうどグリフィンドール席付近に飛んできたシリウスはわたしに気付くと、試合とは全く関係のない事を叫び出した。 「ハニー!今日も目茶苦茶愛してる!!」 わかったからその無茶苦茶かっこいいスマイルを誰にも見せないで、ダーリン。 |