023 まずいのでは



ミューちゃんを医務室に運ぶと、ポンフリーは瞬時に表情を深刻なものとし、わたしは即刻外に追いやられてしまった。ミリアちゃんを呼ぼうかと言ったけれど断られた。まだコントロールの不安なヒーリングを、重傷者に適用するわけにはいかないということを、わたしの肩を押しながら早口で言っていた。特殊能力に妬いてんのかもな、とも考える。とにもかくして閉め出されたわたしは一人、廊下に突っ立っている。レギュくんはスリザリン寮に残った。破壊されまくった談話室を修復しなければならないだろうから、というのは表向きにわたしがレギュくんに言い置いた理由であって、実際あれからずっと立ち尽くして何も発さないレギュくんはそれを聞いていたかどうかも定かではないけれど、まあとりあえず引っ張っても動かなさそうだったので放置した。ちゃんと直してくれてるといいな。別に、知ったことではないけれど。名前も知らないゴーストの群れが楽しそうにわたしの身体をすり抜けて遊んでいるらしいけれど、廊下を通る生徒達はそんな姿を気味悪そうに見て遠ざかっていくけれど、わたしはわたしで何となーく、思うところがあるのだから気にならない。ミューちゃん、大丈夫かな……。とにかく出血が酷かったから、心配だ。だからまあ、こうして突っ立っているわけなんだけどね。小さく息を吐いたところで、「千智!」と、誰よりも聞き慣れた声と近付いてくる姿が見えて、自然と胸が熱くなる。

「シリウス」
「よお……っておいシュトラウス伯爵!千智から半身を出すな!」
「ああ伯爵だったのこの人」
「千智も何大人しく遊ばれてんだよー……なに、元気ねえの?」
「ん。シリウス、クィディッチはもー終わったの?ジェームズは?」
「や、休憩中。千智どこいるかなーって地図見たらさ、医務室にいるから」
「心配?」
「そりゃ、するだろ」
「…………」

沈黙したわたしに「あ、照れてる」とニヤついたシリウスの背中を軽く叩く。思いの他力が入ったらしく「いでっ!」叫ばれたのはとにかくとして。心配。心配ねぇ……。

「あ、ニヤついてる」
「…………」
「いでっ」


わたしがケガでもしたのかと駆けてきてくれたシリウスに事のあらましを説明しがてら、競技場に向かって並んで歩く。シリウスが来たことで多少なりとも明るくなった廊下の雰囲気を察知したのか、勢いよく扉を開いて出てきたポンフリーに「治療には時間がかかります!しばらく面会も謝絶します!」と怒鳴られたためである。怒鳴られてビックリしたわたしを宥めるように頭を撫でるシリウスと頬染めるわたしをジロリと睨んだのち、また勢いよく扉を閉められた。「ほんっと治療好きなー」「恋人とか作ればいーのに」のほほんとそんな感想を述べながら、シリウスの勇姿でも見ようと歩き出したわたし達。現状を簡潔に説明し終えると、シリウスは舌打ちをした。

「あのババー、ほんっと人の邪魔すんの好きなー」
「レギュくんはかなりショック受けてそうだった」
「アイツまでババアにんなことされるとはなぁ。……隙が出来たんかな。良くも悪くも」
「良い傾向だと思ったんだけどなあ」
「だーから、アイツにはあんま関わんない方がいいんだよ。レギュラスまで家にそっぽ向くようになってみろ。ババア発狂すんぜ」
「んー……」

濁すわたしの隣で、「オレが好き勝手してられんのは、アイツがいたからだしなぁ」小さな呟きが聞こえてきて苦笑する。なんだかんだ言って、苦労させてるのも迷惑かけてるのも、この人はわかっているのだ。

「なに?シリウスが好きに出来なくなるからちょっかいかけるなって?」
「そー言うんじゃねーけど……まあ、それもあるけど……」

複雑らしい。
自分の利益か、弟の自由か。
譲るわけにもいかないしで、
悩むところではあるらしい。

「わたしだって、レギュくんから話されなかったらそんなことしなかったよ」
「それだよ。大体なんで今更、んなこと言うかなアイツは」
「周りがあまりにも奔放だからじゃない?そりゃ自分もってなるわ」
「周りってーと……」
「お兄ちゃんとかその友達とか恋人とか、自称未来の嫁だとか」
「んー……」
「羨ましいって、思ったんじゃない?」

そう思うようになったのは、やっぱりミューちゃんの影響なんだろう。シリウスもわたし達も所詮は他寮で『違う世界の人間』的に感じていたんだろうけど、彼女のようにああも傍若無人で自由奔放に振る舞われては自分の人生が外からの理不尽に左右されている状態を快く思わなくなるのも仕方がない。やっと城の外まで出てくると、しばらく室内にいたせいか明るさに一瞬目を細める。それに気付いたシリウスが手を引いてくれて、競技場に向かう。

「朝からずっと練習じゃん。頑張るね」
「ん?まあ、来週試合だしな。アーサー達が最後だから気合い入ってんの」
「最後?て、どことだっけね」
「スリザリン」
「…………」

大丈夫かな、
あっちのシーカー。
一身上の都合により、
絶不調だぞ今。


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