022 ブラック違いではない



「ミスターブラックううう!!」

バタァァアアン!と思いっきり扉を開けてみた。扉は思いっきり開き、一度壮大な音を立て、その衝撃で金具が外れて厚さ30センチの金属板の扉は真ん中で割れ、破壊された。その音と、破片と埃の舞う出入口とわたしの存在にどうやら驚いたらしい3年生の諸君(スリザリンとグリフィンドールの合同らしい)、あと魔法生物飼育学の教授(名前なんだっけ)は一斉にわたしを凝視し、それからわたしが思いっきり叫んだところの人物である優等生に目をやった。イケメン優等生は目を見開いてはいたが、しかしわたしが一瞬で彼の席まで移動し「どうしよーっ!」と肩を揺すり始めると眉をひそめた。驚愕で、ではなく怪訝そうに。

「何です千智さん。僕はレギュラスです。千智さんが用のあるところのミスターとはブラック違いですよ」
「ちっがあう!いや正直わたしが高速移動で駆け寄るミスターはシリウスだけでありたいところだけれども!」
「なんだ、またケンカでもしたのかと思いましたが」
「わたしとシリウスがケンカなんかするわけないじゃん」
「ほら、『熱愛バカップルのお騒がせ騒動』」
「ああ……あれはまー別物で……ってそうでもなく!わたしが用があるのはアンタだレギュラス!」
「心外ですね。僕は千智さんに激怒されるようなことをした覚えはありません」
「怒ってねーよ!」
「入口の扉を見て下さい。あんな無茶苦茶な破壊を怒りのはけ口として利用された以外に一体何と見なせますか」
「あああああ……!話が進まん!」

コントしてる場合じゃないでしょうが!レギュくんがまさかのボケを披露してくれたおかげでイライラは絶頂に達し、もう後輩の授業中なんておかまいなしにその腕をひっつかみ、引っ張って教室を出る。ちょっとした勢いと進んでいたらしい老朽化のせいで壊れた扉は、まあ、多分、誰かレパロしてくれるだろうと素通りした。「ちょ、何ですか千智さん」抵抗はしないがわめきながら引っ張られるレギュくんに、きみのお母さんが来たこととミューちゃんに会いに行ってしまったことを伝えると一瞬狼狽した。

「どうして母が来るんですか」
「ミューちゃんは完璧『レギュくん狙いの女の子』って立ち位置でしょうが。そいでここ最近はレギュくんも心開きかけてる感じだったし。マグルに奪われるーって思ったんじゃないの?まあシリウスも、半マグルのわたしに奪われたわけですし?身も心も」
「ちょっと見て来ます」
「え、無視?」
「ふざけてる場合じゃないでしょうが」
「きみがそれを言うか」

今日は何だかノリのいいレギュくんは早足でさっさと行ってしまった。さてどうなるだろうか、と残されたわたしは突っ立ったまま思案するけれども、まったくわからなかった。レギュくんが親よりもミューちゃんを選ぶとは考えられないし、そもそもレギュくんは他人と争うことがあまり好きではないようだった。だからスルースキルは徹底していて、例え嫌いな相手にも、嫌悪は滲み出るかもしれないが自ら行動を起こすことをしない。それは多分、お兄ちゃんと両親の背中を見て育ったからだろうと思う。とにかくレギュくんはヴァルブルガさんとミューちゃんの対面に乱入するために行くのだろうが、彼が彼女らに対してどんな言葉をもってどちらの選択をするのかは全く予想出来ない。どう収まるかもわからない。人の気持ちはわからないことだらけだな、とそこまで考えて、わたしはもう見えなくなったレギュくんの跡を、ゆっくりと追った。ここまで来たら、とことん野次馬根性だ。


「やめ──っやめろ!!」

初めて彼が叫ぶのを聞いた。必死の形相。困惑していて、混乱しているのがハッキリとわかる。何故ならわたしも、彼と同様に困惑し、混乱しているからである。スリザリン寮に入るレギュくんに追いついて、合言葉を言ってもらい、一緒に入る。そして一瞬で視界に入ったのは、クールでスタイリッシュなレギュくんに、そのスタイルを見失わせる程の、惨劇だった。石造りで寒色系の統一がされた談話室は、真っ赤な血ですっかりペイントされきっていた。高級そうな装飾や絵画、壁紙変わりに組み合わされている岩までもが破壊されきっている。こんな惨状にした当人であるところの二人からは、呪文を唱えるどちらか一方の声も、一方的にやられ続けるもう片方の悲鳴も、聞こえない。静かだ。ただレギュくんの叫びだけが聞こえた。そしてただ様子を見ていたわたしは、口を開く。やめろ、そう言ったあと、レギュくんが言葉を失ってしまったからである。ピクリとも動かない片方の喉笛に杖を突き付けて、殺さんとするもう一方に向けて、言葉を紡いだ。

「何やってるんですか──ヴァルブルガさん」
「あら、千智ちゃん。それにレギュラスまで。わざわざ連れて来てくれたのね。けれど、もう用は終わるのよ」
「……ミューちゃんを、殺しに来たんですか?」
「いいえ。私はただどんな子かを見に来ただけ。今日のところは、本当にね。」
「んじゃあその杖は何ですか」
「それはこの子が失礼なことを色々と言うから。親がいなくて我が儘に育った子供に、大人の世界の厳しさを教えてさしあげようと思っただけよ」
「それなら──もう充分でしょう」
「あら、ホント」

目を閉じてぐったりとして指一本動かさないボロボロのミューちゃんを示して言うと、ヴァルブルガさんはさも今気がついたと言わんばかりの声色で「あら、ホント」と呟いて、ミューちゃんと距離を置いて杖もしまった。教えてさしあげようと思っただけ。そう言ったが、どう見ても彼女が我を忘れて魔力を総動員し、一発で仕留めるでなく痛めつけた上で最後に殺す意図でした破壊活動にしか見えない。その光景は、ハッキリ言って異様である。ヴァルブルガさんが実力行使に出るとは考えなかった。ヒス状態であったとしても、もっと大人で落ち着いた、もっと陰湿で嫌がらせ的な行動をする人だと思っていた。それが例え、『ただ一人』の息子を奪う女に対してであっても。直接手にかけようとするほど彼女を激昂させたらしいミューちゃん、一体何を言ったのだろうか。レギュくんはまだ動かない。表情もそのままだ。視線はミューちゃんに向けられたままである。ヴァルブルガさんと二人に向けられていたが、彼女がミューちゃんから離れたのでミューちゃん一人に焦点がいっている。ショックなのだろう。母親がクラスメートを殺そうとするシーンを目撃してしまったのだ。彼が動かないので、わたしがミューちゃんに駆け寄って、その鼓動を聞き、とりあえずミューちゃんが生きていることを再度確認した。ヴァルブルガさんは、「それじゃあ私、人が来ない内に帰るわね。お邪魔しました」と、なんと普通の声色で、普通にこちらへ手を振り、「レギュラス。勉学に励んでより精進しなさいね」と普通に息子に声をかけ、普通に踵を返し、普通に談話室を出て行ってしまった。あまりにも普通過ぎて、わたしも動けなかった。彼女が見えなくなって、やっと動けた。動く気に、なれた。

「……何、だったんだろ、あの人……。一体何を言われたら、大の大人がこんなことするんだよ」
「…………」
「家のこと乏されたんだとしてもさ、シリウスである程度耐性ついてるんじゃないの?」
「…………」
「──っと。いやともかく、まずはミューちゃんを医務室に連れてかなきゃ。それとミリアちゃんも呼んだ方がいいかな……」
「…………」
「……レギュくん?いつまでボケーッとしてる……つもり──」

いつまで経っても何も言わないレギュくん。ショックだろうがなんだろうが、とにかくミューちゃんを助けるのがこの場の最優先事項だろうが。と叱咤するつもりで、ミューちゃんを抱き起こした体勢のままレギュくんを振り向いた。

「…………」
「……レギュくん?」

傍から見ていたら、彼の視線は二人に向けられていた風に見えるかもしれない。その光景があまりにショックだったから。でも多分違う。ミューちゃんの位置からレギュくんを見ると、すぐにわかった。母親がクラスメートをいたぶっていた。その状況を認識してからレギュくんは多分ずっと、ミューちゃんだけを見ていた。この、信じられないものを見るかのような表情で、ミューちゃんをずっと。目を閉じて、ぐったりとしたまま動かない。微かな息の音が聞こえて、鼓動は少し弱い。服はボロボロでほつれたり破れていたり、星柄のタイツは裂けている。シャツが真っ赤に染まっていて手足には擦り傷から魔法による傷が広がっている。ミューちゃんの杖はどこだろうと辺りを見回して、見当たらなかったので瓦礫の中かと思いきや、その小さな身体を抱き上げた時に彼女のローブから落ちてきた。わたしも、信じられないような目を、ミューちゃんに向けたのだと思う。ただ、それでも最優先事項は医務室だった。


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